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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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ソレ


 学都西側の市壁外。連日、金槌やノコギリの音が鳴り響き、早くも街らしくなりつつあった新市街予定地は、今や戦場も同然の様相を呈していました。



「三番隊と五番隊が正面から抑えろ。他の隊はその間に側面に回り込め!」


「魔法兵部隊の配置完了。ゴーレムの生成を開始します!」



 ルグとルカ、そして同じく緊急招集を受けた冒険者達が現場に到着した時には、既に学都方面軍の兵隊が果敢に戦っていました。彼らにとっても急な実戦であるはずなのに、連携の乱れはありません。これも日頃からの訓練の賜物です。

 部隊の規模は十人程度の小隊から百人以上の大部隊まで。

 各部隊が防御や陽動、攻撃など各々の役割を流れるようにこなし、疲労や怪我が深刻にならないうちに新鮮な体力を持つ別部隊と交代。後方には治療や武具の破損に対応する支援部隊も控えており、まるで軍事教本に書かれている内容をそっくりそのまま演じているかのような光景です。

 演習ならまだしも、実戦の場でこれだけ動ける軍団は決して多くはありません。事前情報なしの実戦という同条件で同じことができるとすれば、G国内では国中の精鋭を集めた首都の近衛騎士団くらいでしょうか。


 ――しかし。



「それで結局、何と戦ってるんだよ?」



 しかし、現在ソレと戦っている騎士団の面々ですら、ルグの呟きに答えを返すことはできません。いえ、むしろ一番疑問に思っているのが最前線で対処に当たっている彼らのはずです。


 自分達は、いったい何と戦っているのか?


 ソレは、決まった形を持たない歪な球形。

 見た目からはガラス玉のような硬質の印象がある……かと思えば、スライムのようなドロドロのゼリー状になったり、フワフワした毛皮がいきなり生えてきたり、ツノやキバらしき突起物や、鳥のような翼が突き出していたり、爬虫類の鱗や植物のような樹皮に変化したり、生えてきたはずのそれらが融けるようにして消えてしまったり、その形状にまるで一貫性がありません。


 サイズにしても同様で、一瞬にして三階建ての家屋ほどに膨れ上がったかと思えば、逆にギュっと縮んで人が手で抱えられるくらいにも。色合いすらも目まぐるしく変わって、赤、青、黄、紫、桃、橙、黒、白、等々と光り輝きながら常に変化し続けています。


 とてつもなく美しいようでもあり、吐き気を催すほどおぞましいようでもある。

 見る者の印象すらも一定ではありません。

 ソレを正しく認識することができない。あるいは、人間がソレを認識してしまったら狂気の深淵に飲まれてしまうのかもしれない。真偽はさておき、そんな予感すらも感じさせる……というのが現時点でのソレ単体での評価でした。


 ただ珍しい生物が現れたというだけならこれほどの大事になってはいません。

 そもそも、いくら奇妙な存在であっても一体だけであれば騎士団の総力や冒険者まで引っ張り出すほどの人手は必要ないのです。むしろ第一級の精鋭だけ集めてきたほうが、足手纏いや同士討ちの危険を恐れずに全力で戦えるという考え方もあるでしょう。


 残念ながら、この敵には、“敵達”には通用しませんが。

 

 意思や思考があってそうしているのか、それとも単なる本能なのかは不明ですが、ソレはどんどんと分裂して数を増やしているのです。一体が二体に、二体が四体に、四体が八体にという具合に、ほとんど倍々のペースで。



「魔物、なのか?」


「わ、わかんない……けど……」



 現時点での数は、およそ三十ほど。

 分裂に限界があるのかも、そもそも人間への敵意があるのかも不明ですが、このまま街のすぐ近くで増殖を続けたら学都が丸ごと呑まれないとも限りません。滅多にないはずの強制依頼が発せられたのも、これを見てしまえば納得するしかないというものです。


 武器や魔法で切り落とされた破片からは増えないのが、この状況ではまだしもの救いでしょうか。

 とはいえ、そもそもソレに戦っているつもりがあるのやら。

 叩かれても、切断されても、焼かれても、凍らされても、特に反応らしい反応は見せません。騎士団側に少数の負傷者を出しながらも、まだ誰も重傷者や死者がいないのはそのおかげでしょう。負傷した数名も接近時に突然生えてきたキバやツノに自分から突っ込んでいったような形になったのが原因で、いずれも軽傷です。


 攻撃を受けたソレの部位は塵のようになって消えていくのですが、またすぐに変形し拡大縮小を繰り返すものだから、ちゃんとダメージを与えているのかすらも不明でした……が、ここで戦況が動きました。




「はっ!」



 酒樽ほどに小さく縮んでいたソレの一体が、全身を塵と化して完全に消滅。

 シモンが一呼吸の間に数十もの斬撃を放ち、それこそダメージを受けていない部分がないほど徹底的に、ソレを微塵に切り刻んだのです。



「見よ、決して倒せぬ相手ではない! 各隊、敵が縮んだ瞬間に火力を集中せよ!」



 再生も増殖もできないほどの一瞬に攻撃を集中させれば、打倒することは不可能ではない。

 ソレも決して完璧な不死身というわけではないらしい。

 団長であるシモンの戦果を受けて、騎士団の各部隊は大いに士気を増しました。まあ、最高指揮官が最前線に赴く判断については賛否ありそうですが結果オーライというものです。





 そして。



「冒険者諸君、応援感謝する。通報によると今から九十分ほど前に建設中の大博物館、その敷地内の仮倉庫から正体不明の怪生物が発生したということだ。現場付近の作業員は無事だったが発生地点の倉庫は完全に倒壊。アレの正体が何なのかはこちらでもまだ把握していないが、断じて街に入れるわけにはいかぬ」



 それについては、学都の住人である冒険者達も全くの同意見。

 現状、積極的に攻撃を仕掛けてくるような凶暴さは見られないとはいえ、それもいつまで続くか分かりません。ただ増殖させるだけでも、一晩もあれば学都の現市街を丸ごと埋め尽くすほどに増えてしまう可能性があります。


 同じ能力を持ったソレが倍々で増えていくとすれば、食い止められるのは一定以下の少数の間だけ。五十か百か、あるいはそれ以上までつかは不明ですが、いずれにせよ人力で対処可能な限界点を一度超えてしまえば、もはや抑え込むことは不可能でしょう。



「戦える者には遊撃隊として騎士団側の討ち漏らしを潰してもらいたい。戦闘能力に自信がない者は負傷者の後送や物資の運搬、各所への伝令、市民の避難誘導など出来る範囲で協力を頼む」



 いくら腕が立つ者でも、軍団規模での集団戦の訓練をしていない冒険者を騎士団の既存部隊にそのまま加えるのは余りにリスクが高い。

 が、今は一人でも多く人手が欲しいのも確か。

 ならば、外部戦力である冒険者にはそれぞれの臨機応変な判断で自由に動いてもらうのがベスト。言葉を変えれば「行き当たりばったり」とも言いますが、じっくり作戦を練ったり訓練をする暇などあるはずもなし。



「では、諸君らの健闘を祈る。くれぐれも死なないように!」



 こうして騎士団の戦場に冒険者達も加わり、正体不明の怪生物との本格的な戦いが始まりました。



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