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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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緊急依頼


「何が起きてるんだろう?」


 その問いに答えられるものはいません。

 迷宮から戻ってきたばかりのレンリ達と同じく、街の人々もまだ事態を把握してはいないようです。しかし、何が起きているかを知らずとも、不穏な雰囲気というのは自然と伝わるもの。


 物が壊れる破砕音。

 兵士が駆ける足音。

 不安交じりの話し声。


 不安とは流行り病のように伝染する性質があります。

 たとえば自然災害などの場合、状況次第では有害なデマの流行や食料品の買い占めなどのパニックを誘発しかねません。


 とはいえ、まだ何が起きているのかも分からない段階。

 この辺りまで届いてくる音が悲鳴や怒号であればもっと緊迫感も出てくるのでしょうが、まだどこか現実味に欠ける漠然とした違和感程度にとどまっています。

 まるで不安を感じていない者や、そもそも平時との空気の違いに気付いてすらいない者も少なくありません。火の手が上がっているのが西側の市壁の外側、新市街予定地ということもあって、良くも悪くもまだ他人事のような感覚があるのでしょう。


 建設中の建物が焼けたり壊れたりするのもたしかに大変な事態ではありますが、今の新市街はまだ完成した建物も少なく、物好きな見学者や諸々の作業員以外はほとんどいないスカスカの状態。何が起きているにせよ、それが人や建物の密集した現市街でなかったのは不幸中の幸いと言って差し支えないはずです。



「うーん、流石にこれから買い物って感じじゃなくなっちゃったね」



 レンリの口調も、周囲の例に漏れず、まだどこかのんびりとしたものです。慌てるよりは落ち着いていたほうが良いことは間違いありませんし、それが必ずしも悪い事とは言えませんが。


 そうして、逃げるでも現場に向かうでもなく成り行きを見守っていると、次第に新しい情報が聞こえてきました。いずれも、現時点では真偽の不確かな噂レベルでしかありませんけれども、



「なんでも、街の西にヤバい怪物が出たらしい」



 という点ではいずれも一致しています。

 しかし、その外見特徴はまるでバラバラ。

 やれ竜のような鱗に覆われているとか、いや表面はガラスのようにツルツルしているとか、見上げるような巨体だとか、いや意外と小さいらしいとか、鳥のように飛ぶらしいとか、いや地面を掘り返しているらしいとか……人から人へと伝わる過程で尾ひれが付いてしまったのか、まるで要領を得ません。


 いくら魔物にしたって、普通はもっと特徴に一貫性があるというものです。

 たとえ複数体の魔物が相手だとしても、同一種類の群れでもない雑多な魔物が協力して街を攻めることなどまずあり得ません。



「魔物なら俺達も行ったほうがいいんじゃないか?」


「でも騎士団の人達がもう行ってるみたいだし、下手に部外者が混ざったら連携の邪魔になるかもしれないよ」


「まあ……それもそうか」



 ルグは応援に行くことを提案しましたがレンリは消極的。

 単純に疲れそうだったり危なそうだからという個人的理由もないわけではありませんが、下手な手助けはかえって邪魔になるかもしれないという意見も決して嘘ではないのです。

 レンリやルグや、特にルカは少し前と比べても見違えるほど腕を上げましたが、それはあくまで個人としての強さ。訓練された軍隊による集団としての強さとはまるで性質が異なります。

 周囲を見渡せば三人よりもよっぽど腕が立ちそうな冒険者の姿もチラホラと見受けられますが、彼ら彼女らもまだけんに徹しています。下手な手出しはかえって邪魔になるということを理解しているのです。


 それに何より、騎士団にはシモンがいます。

 街中の兵士達が動員されているような状況なら、トップの彼が事態を把握していないなんてことはあり得ません。シモン個人の戦闘能力に配下の集団戦力が加われば、たとえ大型の竜種が相手だろうと物の数ではないでしょう。 



「ああ、そういえばヒナ君。さっき、ウル君がなんとかって言いかけてたね?」


『あ、そうだった。お姉ちゃんがね……』



 だからこそ、まだレンリにも雑談に興じる余裕がありました……が、その質問に対する答えは別の大声によって遮られてしまいました。


 学都の中央広場前にある冒険者組合ギルド。その建物から飛び出してきた職員達が、音魔法の補助を用いた大声で周囲一帯に呼びかけたのです。



「当組合所属の皆様! たった今、緊急依頼が発令されました! 大至急、武装して西の新市街予定地へ向かってください! 本件は拒否権のない強制依頼となります。繰り返します、本件は強制依頼となります!」



 ギルドによる強制依頼。

 組合に加入する際に「そういう制度がある」という説明は冒険者全員が受けています。自然災害の際の避難誘導や救助活動への協力、公的な軍事力だけでは手に負えないほどの大量の魔物の襲来など、いずれも滅多にないことではありますが。


 他の依頼中であったり、プライベートな時間であっても関係なく、これが発令された際には最優先で取り掛からなくてはなりません。もし、この指令を聞いた上で意図的に無視したとなると何かしらの処分や罰金、預金の凍結、この街で活動するのに必要な資格の取り消しもあり得ます。

 自分の持ち家があるほど裕福な者はともかく、少なくない数の冒険者がギルドが仲介した割安の賃貸物件に住んでいます。資格取り消しとなったら安くない罰金を取られた上、住んでいる家をいきなり追い出されかねないわけですから、最低でも現場に顔を出すくらいはしないわけにいきません。



「まあ、それなら仕方ないな」


「うん……ちょっと、怖い、けど」



 一行の中で、「強制」の対象となるのはルグとルカの二人。ヒナは当然として、一緒に冒険はしていても職業冒険者ではないレンリは従う必要はありません。



「なんだか本気で危なそうだし、別に無視して逃げちゃってもいいんじゃない? ギルドをクビになっても私が直接雇用するって手もあるしさ。住む場所くらいならどうにでもしてあげるよ」



 これは、一応レンリなりの不器用な気遣いなのでしょう。

 生活の基盤が失われるよりも命のほうが大切だと。

 無論、それはルグもルカも分かってはいますが、



「いや、やっぱり行ってくるよ。心配してくれてありがとな」


「ルグくん、が……行くなら、わたし、も……離れたくない、から」



 生活のために嫌々行くというだけではありません。

 本当に街の存亡が危ぶまれるような事態が迫っているとすれば、仲間や家族や顔見知りの人々が危険に晒されかねないということ。もし、そんな瀬戸際で逃げ出してしまったら、そして仮に自分だけ逃げて助かったりしてしまったら、それはきっと死ぬよりも辛く苦しいことでしょう。



「そうかい。じゃあ、もう止めはしないけど、本当にヤバそうだったら程々のところで逃げたまえよ。特にルー君はその場の勢いで他の人のために命を懸けたりしそうだからね、ルカ君はいざとなったら無理矢理担いででも逃げるように」


「いや、俺もそんな進んで死にたがるような真似はしないぞ?」


「う、うん……すごく、気を付ける、ね……っ!」


「え、ルカまで? 俺ってそんなに死にやすそうに見えるのか……」



 ヒナとはまた違った意味でルグの正義感の強さについて心配されたりもしましたが、ルカが近くでブレーキ役を務めるのなら赤の他人のために命を捨てるような真似は、多分、しないでしょう。もしやらかしそうになっても、ルカが力尽くで止めてくれるはずです。



「じゃあ、行ってくる。荷物だけ頼んでいいか?」


「行って……きま、す」


「はいはい、行っといで。お土産は要らないからね」



 幸か不幸か、迷宮から出てきたばかりで武装はバッチリ。今日は迷宮攻略とは言っても、ほとんど船に乗っているばかりだったので疲労もほとんどなく、気力体力も充実しています。

 食料や寝具などの邪魔になりそうな荷物を置くと、ルグとルカは他の冒険者達と一緒に街の西へ向けて駆けていきました。








 ◆◆◆








 そうして二人が去った後。  



『えっと、我も何かできることはないかしら?』


「何か、って言っても迷宮の外だしね」



 ヒナも街のために何かしらの協力をしたいようですが、迷宮の外では普通の子供並みの力しかないのです。現場に駆け付けたところで足手纏いにしかなりません。脅威の正体が未だ不明とはいえ、騎士団ばかりか冒険者まで駆り出すほどの大物が相手なら、多少の水やお酒を浴びせたところで効果などないでしょう。


 しかし、ヒナの能力は液体操作や液化能力だけではありません。



「……あ、いや。ヒナ君にできることがあるかもしれない」


『本当っ? 我にできることなら何でもするわ!』


「うん。それじゃあ、ちょっと確認して欲しいんだけどさ――――」




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