第三迷宮、攻略再開?
それから五日ほどは平穏無事に過ぎていきました。
レンリ達は毎日ヒナに付き添って歩き……というと、なんだか献身的であるかのように聞こえそうですが、実質、ずっと一緒に遊びまわっていたのと変わりません。
ルカの伝手で市内上空の遊覧飛行を楽しんだり、屋台飯の食べ歩きツアーを開催してみたり、劇場で演劇鑑賞をしてみたり、地味にブームが続いていたらしい大食い大会や腕相撲大会を荒らし回ったり。
ウルの友達だという近所のチビッ子達と一緒に遊んだりもしていました。
首輪やらロープやらを装着している関係上、自由に走り回らせるわけにはいきませんが、おままごとや簡単なボール遊びなど、ヒナも大いに楽しんでいたようです。
「やっぱり、ヒナ君もそれ造れるんだ。一応聞いてみるけど、それ、何の意味があるのか知ってるかい?」
『さあ? 見当もつかないわ』
ちなみに、しばらく前にウル達が造れるようになった小さい迷宮はヒナも造れるようですが、それにどういう意味があるのかは彼女も知らないようです。現状では観賞用以外の使い道がありません。この能力については相変わらず謎のままでした。
そして、本日。
「さあ、今日は何をして遊ぼうか」
『あの』
「おや、ヒナ君から何かリクエストがあるのかい?」
『いえ、そうじゃなくて』
「まあ、毎日外遊びばっかりっていうのもワンパターンの感が否めないよね。それなら、今日は目先を変えて部屋の中で読書に耽るというのはどうかな」
『皆で本を読むのも素敵だとは思うけど、ええと……』
「なんだい、歯切れが悪いけど?」
今朝もいつものように第三迷宮に迎えに来たレンリ達に、ヒナはとても言いにくそうに告げました。
『あの、我のために色々してくれて、色んな場所に連れていってくれるのは、とても嬉しいし感謝しているの。それは本当よ。でもね、その……貴方達、お仕事とか勉強とか第三迷宮の攻略とかしないで、毎日遊んでばっかりで大丈夫なのかな、って』
言いにくそうに、言いにくいことを告げたのです、が。
「……ところで、ヒナ君や」
『なにかしら?』
言いにくいことを物怖じせずに言う。言えてしまうという点に関して、レンリの精神力――主に図太さとか無神経さとか、そういった方向性の――は、ヒナを遥かに超えていました。
「まあ、あれだ。本来は自分で言うようなことじゃないのは重々承知だけど……ここのところ私達がキミに対してしたあれこれは、あくまで無償の善意に基づくものであって、決して何かしらの見返りを求めてのことではない。そこまではいいかな?」
『え、ええ?』
本当に自分で言うようなことではありません。
対人経験豊富とはとても言えないヒナでも、自分の行為を「無償の善意による」などと自称する者が非常に胡散臭いことくらいは分かります。
「そう、無償の善意なのだよ。無償の。だから、ヒナ君に何かしらのお礼をして欲しいなぁ、とかは全くこれっぽっちも思っていないんだけど……でもまあ、キミがそれでもと言うなら、その気持ちを受け入れないこともないというか」
『え、ええ……? それは確かに、我としても何かお礼はしたいと思ってたけど……そ、それ、自分から言う?』
「おっと、勘違いしないでくれたまえ。さっきもお礼なんていらないって言ったじゃあないか。ただキミがどうしてもと言うなら、その誠意を受け入れないのも悪いかと思ってさ」
絶対に不利な言質は取らせません。
また「悪」に該当しそうな発言も決してしません。
ここまで十日ほどの付き合いの中で、レンリはヒナの暴走のトリガーとなりそうな要素を、恐らくは本人以上に正確に把握していました。直接的で分かりやすい「悪」ではなく、回りくどく分かりにくい言い回しを用いている限り安全はほぼ保証されている、と結論付けていました。
不特定多数の外的要因が存在する街中で暴走を防ぎ切るには至りませんが、こういった対面での会話であれば、その理解は大いに有用です。
『そ、それで何が欲しいの? 我、お金はそんなに沢山ないけど……』
「ははは、キミからお金を巻き上げようだなんて思わないさ。ただ、ちょっとね。ほんのちょっとだけ融通を利かせてくれたら嬉しいとは思うかな」
融通を利かせろ、ではなく、利かせてくれたら嬉しい、というあたりがポイントです。これならば脅迫や強要にはなりません。かなりギリギリの線ではありますが、これならばヒナが自分の意思で実行したということになります。
『融通を利かせるって、我に出来ることなんて自分の迷宮のことくらいしかないわよ?』
「そう、だからいいんだよ。ほら、この迷宮って次へ進む前に試練とかあるだろう? で、これは単なる例え話であって、私はそれについての簡単な確認をしたいだけなんだけど……あれってキミ達の裁量で免除とか出来ないのかな?」
なるほど、姉はこんな具合に嵌められたのか。
実際、試練を免除しようと思えば簡単にできるのだ。
正直に言ってしまえば、そんな手があったのかと感心する気持ちすらある。
この人間のこれまでの行為が、こうしてある種の譲歩を引き出すことを狙った私利私欲と打算に基づくものだったのか、とは思わない。別に失望もしていない。あれが本当の善意だったことくらいは分かる。それに対する感謝もある。
が、それはそれとして、このズルをしたい、楽をしたいという気持ちもきっと本当。
今、自分は我を失うほどに怒ってはいないけれど、それはルールの隙間を巧みに突かれたようなもの。善悪で言えばきっと悪なのだろう、とも思う。
なのに嫌う気になれない。
むしろ、その逆。
人間は、本当に複雑怪奇で興味深い。
ヒナは意外にも怒りや呆れではなく、むしろ好意にも似た好奇心を自らが抱いていることに小さな驚きを感じ……まあ、それはそれとして告げました。
『いや、そんなの駄目に決まってるでしょう』




