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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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非想起:善ではなく、悪でもなく、されどそれは……


 これは今より少しばかり前のこと。

 時期尚早と見たがゆえ、告げられることのなかった独り言。



『強い敵、というだけなら問題はないのです』



『ただ強いだけ、ただ悪いだけの相手なら、あの子達の開花を待つまでもありません。あの一家に任せておけば大抵のことは片付くでしょうし。まあ、あまり頼り切りになるのはよろしくないですけど』



『とはいえ、アレは悪とは言い難いですからね。ただ、倒して終わりというわけにもいきません』



『ああもう、面倒くさいったらないですよ……神様なんて言っても実際やってるのは雑用みたいなことばかりですし、誰か代わってくれませんかねぇ?』



『……まったく、我ながら厄介な真似をしてくれたものです』








 ◆◆◆







 現在。

 学都西方の郊外。

 昼食を済ませた一行は街の外にまで足を延ばしました。



「へえ、ちょっと見ない間にずいぶん工事が進んだみたいだ」



 レンリ達が遊んだり修業したりしている間にも『新市街計画』は着々と進んでいました。自然のままの野原だった土地は真っ平に整地され、舗装され、まだ数は僅かながらも新築の建物がそこかしこに見受けられます。



「もう土地の売却も始めてるみたいだね。ただの空き地だったのが大金に化けるんだから、鉛を金に変える錬金術も顔負けだ」



 良い場所はすでに国内外の資産家や大商人が押さえているようで、早くも建物の工事が始まっていたり、「売約済み」の立て札が立っていたりします。元々遊んでいた土地に高値がつくわけですから、伯爵家の財政はまた大いに潤うに違いありません。諸計画への投資額を回収できる日も遠くはないでしょう。


 博物館。

 学校。

 神殿。

 運動競技場。

 個人の邸宅。

 商会の拠点。

 ちょっと見回しただけでも、色々な建物を作っているのが分かります。

 もう何か月かすれば、それらが次々に完成するのでしょう。



「ヒナ君はどれに行ってみたい?」


『えっ、我? そうね、博物館は面白そう。世界中の珍しい物が見られるんでしょう?』


「うん、それじゃあ完成した頃に一緒に見に行こうか……おや?」



 簡易的な柵で仕切られているので建設現場の詳細については把握できないのですが、博物館の建設予定地の中に、もうすでに小屋らしきものがいくつか並んでいます。



「なんだろう、作業する人が寝泊まりする場所かな?」


『それにしては造りが頑丈すぎないかしら。あんなに大きい錠前がドアについてるし、工事の資材置場って感じでもなさそうだけど』



 サイズ的には小屋ですが、造りとしては蔵に近い頑丈なものです。柱や壁も太く分厚く、おまけに常に誰かしらが入口に立って番をしています。明らかに宿泊所や資材置場とは趣が違いますが……。



「あれは、我が()博物館に収蔵する品を一時的に保管しているのである。最終的には取り壊すので仮倉庫といったところであるかな」



 その疑問の答えは、意外なところから聞こえてきました。

 レンリ達が振り返ると、そこには見覚えのある熊のような巨漢が。その更に後ろにはお供の従者達が控えています。



「これはこれは、伯爵閣下。ご無沙汰しています」


「はっはっは、元気そうで何より! 先日の晩餐会以来であるな。おっと、そう固くならず気楽にして欲しいのである」



 レンリが如才なく挨拶をし、他の皆も続いてぺこりと会釈をしました。ヒナだけは伯爵と初対面ですが、それでもなんとなく「偉い人」だというのは雰囲気で分かったようです。



「我輩は建設現場の視察であるが、諸君も見学を?」


「ええ、そんなところです」


「うむうむ、向学心があって大変結構。それで先程の話の続きであるが、あれは大博物館の収蔵品をしまっておくための仮倉庫なのである。建物(ハコ)があっても中身がスカスカでは格好がつかぬゆえ、建設と並行して方々(ほうぼう)から急ぎ買ったり借りたりしているのである」



 宿泊所や資材置場ではなく、倉庫であれば頑丈な造りと厳重な管理にも説明がつきます、が。



「倉庫、ですか? 失礼ながら少々不用心では」


「はっはっは、気遣い無用。特に高価だったり貴重だったりする物は、ここではなく我が屋敷で厳重に保管しているのである。ここにあるのは、言い方は悪いが、値段や貴重さという点では二級品以下ということになるのであるな」



 レンリの心配は杞憂だったようです。

 この倉庫に保管してあるのは、最悪、盗まれたり破損しても取り返しがつく程度の物。大博物館の目玉になりそうなグレードの高い品は、ここよりも厳重に守られた領主館でしっかりと守られています。仮に良からぬ企みを抱く者がいたとしても、まさか領主館に盗みに入ったりはしないでしょう。

 



「そうそう、我輩本日の予定はこれで終わりゆえ、諸君さえ良ければ我が館で保管している品物を見に来るといいのである」


「おや、よろしいのですか?」


「うむ、殿下の友人なら構わぬであろう」



 レンリ個人としては、正直、答えに迷う場面です。

 ここまでは、対「偉い人」用の猫を被った丁寧な対応をしていましたが、このまま続けるのは、はっきり言って面倒くさい。幸いと言うべきか、伯爵の性格上、ここで断ったとしても機嫌を損ねたりはしないでしょうが、



『へえ、どんな物があるのかしら?』


『我は何か自慢できそうなのを見てみたいの!』



 ヒナとウルのチビッ子組はもう完全に行く気でいました。

 ここで断ったら、さぞやがっかりすることでしょう。

 これでは選択肢などあってないようなものです。



「自慢できそうなものであるか? それなら、北方山脈のドワーフ帝国より借り受けた宝剣など見応えがあるのである。こう、柄や鞘に色とりどりの宝石が散りばめられていて、刀身も透き通るように美しく……」


「行きましょう。早く、速く。さあ、皆も!」



 それに、レンリが好みそうな品物もありそうです。

 貴重な名剣を見られる機会を、刃物マニアの彼女が断るはずがありません。多少の労力などなんのその。一瞬にして誰よりも乗り気になっていました。






 ◆◆◆







 視察を終えた伯爵の馬車でレンリ達が去った数十分後。

 博物館建設予定地の仮倉庫にて。 



「リストにあるのは、これで全部だな」


「ちゃんと番号通りに並べろよ」



 作業員達が新しく馬車で運ばれてきた品物の確認作業をしていました。

 ソレを運んできたのは、つい数時間前、駅前の料理店でヒナが通常と異なる反応をした馬車なのですが、もちろんこの場の彼らがそんなことを知るはずがありません。



「ええと、こっちの包みの中は石……いや、何かの生き物の化石か?」


「なんだ、小さい欠片ばっかりでつまんないな。同じ化石でも、この間の古代竜の頭みたいなやつなら面白いのに」


「後がつかえてるんだから口より手を動かせよ。よし、確認終わり。こいつは三番倉庫に運んでくれ」



 布包みを開き、事前の連絡通りの品物が入っていることを確認したらチェック完了。なにしろ次から次へと新しい荷物が届くのです。荷物の中身が空っぽだったり、大きく破損していれば対応も違いますが、そういった明らかな異常がない限りは一つ一つの確認に長く時間を割く余裕などありません。


 もっとも、いくら慎重に観察しようとも、この時点でのソレはちっぽけな化石の欠片でしかありません。異常があるかどうかなど分かるはずもなし。大昔の、正体不明の何かの化石。そこそこ希少ではあっても、金銭的な価値はほとんどないでしょう。


 ――どくん。



「ん?」


「どうかしたか?」


「ああ、いや、なんでもない……空耳か?」



 だから、気付かないのも無理はありません。


 ――どくん、どくん、と。


 まさか、血液どころか水分も涸れて久しい化石が、まるで生きているかのように鼓動を打つなど、そんなことは絶対にあり得ないはずなのですから。



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