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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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ルールとルールの例外


『趣味です』


 釈放されてから三十分足らずで、実に六回もの職務質問。

 もはや職質を受けるベテランと言っても過言ではないでしょう。

 また、普段の生活ではあまり意識する機会はありませんが、学都の治安を守る衛兵隊の能力と熱意の高さを実感する貴重な体験にもなりました。体験したいかはともかくとして。



『我の趣味です。この人達は我がお願いして一緒に来てもらっていて、この首輪を着けて外を歩くのが……その、すごく良くて』


「そ、そうか、最近の子は進んでるな……」



 幼女をペット用の首輪とロープで拘束しているという、一般的な感覚からすれば相当に怪しいスタイルではありますが、本人が望んでそうしているというのであれば話も違ってきます。

 それでもかなりギリギリではありましたが、一応、即逮捕のような事態にはなりませんでした。どれだけ黒に寄っていようとも、グレーであるということは、つまりセーフだということ。最初のうちは暗い顔をしていたヒナが、街中を歩くうちにだんだんと笑顔を見せるようになってきたこともプラスの材料になっていたのでしょう。

 それはそれで、幼くして異常性癖に目覚めた恐るべき子供……という風に見られるリスクはありますが、ヒナ自身(と、ついでにウルも)はそういった見方をされていることに気付いておらず、真摯に説明したら分かってもらえた、くらいに思っているようです。だからまあ、気にするほどの問題ではありません。気付いてしまったら、羞恥のあまり即刻自害しかねませんが、その時はその時です。



『……、っ』


「あ、また……」



 それに、これで暴走のリスクを軽減できると思えば安いもの。

 案の定、いえ残念ながらと言うべきか、もう何度か我を失くしてしまっていました。

 ゴミのポイ捨てだとか、些細な口論だとか、そういった行為を見かけただけでスイッチが入ってしまいます。分かっていたことではありますが、ヒナにとって街中は刺激になるモノが多すぎるようです。

 とはいえ、それはあらかじめ分かっていたこと。

 リードの端はルカの手にギュっと結ばれているので、ヒナが一人で走り出すことはできません。それに万が一、リードが解けたり千切れたりした際の備えとして足首のロープもあるのです。ここまでは十分に想定内と言えましょう。



『ん……良かった、何も起きてないみたいね』


「ああ、大丈夫だから安心したまえ。それにしても、だんだん自失から立ち直るのが早くなってきているようだね。実験の繰り返しで慣れたのかな」



 ヒナが怒りに我を忘れて、拘束に引っかかるか衝撃を受けるかして停止し、そこから正常な状態に戻るまでの時間はランダムで、およそ数秒から数十分。

 しかし、この数日間の千回にも及ぶ実験の中で、自失から回復するまでの平均時間が少しずつ早くなってきていました。レンリがわざわざ砂時計を使って計測し、データを取っていたことなので単なる気のせいというわけでもありません。レンリは決して、自分の怪しげな欲求を満たすためだけに怪しげな実験を繰り返していたわけではないのです。



「このまま、もう一万回くらいやってみない? もしかしたらキレた直後の一、二秒以内とかの短時間で正気に戻れるようになるかもしれないよ。もう釈放されちゃったから、あの場所を使わせてもらうわけにはいかないけど」


『い、いちまんっ!? けど、それでなんとかなるなら……ううん、でも流石に』


「ははは、まあ上手くいく保証は何もないけどね」



 まあ、これについては希望的観測の域を出ない予想ですが、仮にそれほどの短時間で自失から回復できるようになれば、余計な物を身に着けずにヒナ一人だけでの外出もできるようになるかもしれません。

 今日は皆も付き添っていますし、まだしばらくは付き合う気ではいるのですが、当然ながらレンリ達がこの先ずっとヒナにかかりきりになることはできないのです。やはり、根本的な問題を解決しない限りは、完全な自由を手にすることはできないのでしょう。








◆◆◆








 幾度かの暴走と職務質問の危険を乗り越え、そのどちらの対応にも慣れてきたあたりで一行は昼食を摂るべく食堂に入りました。



『やっぱり外は楽しいわ。ここのご飯も美味しそうだし』


「それは善哉。ちなみにこの店はチーズ料理がオススメだよ」



 結局、午前中は特に決まった目的地もなく街中をぶらぶら歩き、歩き回っているうちにいつの間にやら出発地点だった騎士団の近くまで戻ってきてしまいました。

 より正確には、学都の南側に位置する騎士団本部から少しだけ西に移動した鉄道駅のすぐ近く。駅前には多くの飲食店が並んでおり、ランチを食べるには良い環境です。


 ヒナは勾留中にも近隣の飲食店の出前料理を食べていたのですが、流石に普通に店で食べるのと一緒くたにはできません。食べ物の味というのは、それを食する環境にも大きく左右されます。

 景色を楽しみながらの食事なら東の河沿いのレストランが真っ先に候補に挙がりますが、この駅前の辺りもそう捨てたものではありません。窓の外を見れば遠方から運ばれてきた品物を運ぶ荷車の群れ、大勢の旅行者や移住者など、見応えという意味ではこちらもなかなかのものです。タイミングが合えば、迫力のある列車の走行シーンも見られるかもしれません。

 穏やかなだけの風景と違い、ヒナにとっては劇薬にもなりかねませんが、ここまでの道中でレンリの考えた対策の有効性はすでに実証されています。


 あまり過敏になる必要もない。

 人間、大抵の物事には慣れるもの。



『何を頼もうかしら、……っ』


「おや、今度は何を見たんだね?」



 だから、またもやヒナが我を失くしても、もはやその理由について深く考えることはありませんでした。もっとも、この時点での彼女達にソレの危険性が分かるはずもありませんが。


 此度の自失の直前、ヒナが窓の外に見たのは何の変哲もない荷馬車。

 別段、御者が何かのマナー違反や悪事に加担していたわけでもありません。


 なのに、彼女は反応した。

 人の悪性にではなく、積み荷の危険性に対して。

 それも直接視認するのではなく、近くに存在を感じただけで。

 幾度となく繰り返した実験で証明されたはずの、ルールの例外。

 その意味に彼女達が気付き、きちんと考えるまでには、まだしばらくの時間を必要とするのでありました。








◆◆◆◆◆◆



《作画コストが低いおまけ漫画》


挿絵(By みてみん)




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