それを『当然』って言える奴は……
『……ありがとう』
騎士団本部の一室にて。
ヒナ自身が諦めてしまっても関係なく、決して彼女の幸福を諦めない。そうした皆の気持ちは、彼女の心に確実に届いていました。
『嬉しいわ。とても、嬉しい……けど』
とはいえ、予測不能の突発的な暴走は、精神論だけで解決する問題ではありません。求められているのは、もっと確実で現実的な対策です。そんな都合の良いアイデアがあるかというと……。
「実は、対処法の一つ二つはもう思いついてるんだ」
『そ、そうなの?』
それが、あるのです。
レンリの言葉に、ヒナは驚きを隠せません。
「ただし、あくまでも対処法であって解決法と言えるかは分からない。それでも、少なくとも迷宮の外でキミが誰かを傷つけてしまう可能性はグッと減らせると思うけど」
『そんな方法が! お、教えて!』
ヒナにとっては、今後の迷宮人生の方向性を左右する重要な問題です。まだ具体的な方策を考えていなかったシモンやルカやルグも、興味深そうに耳を傾けています。
「まあまあ、ちゃんと教えるから落ち着きたまえ。そうだね、まずは……シモンさん。ここの備品にアレってあります?」
◆◆◆
三十分後。
レンリ達は予定よりもかなり遅い昼食を摂っていました。
元々はヒナも一緒に食事をすることになっていましたが、流石にすぐに釈放とはいきません。書類上の体裁を整え、そして先程レンリが言っていた「対処法」の準備をするまで、数日は騎士団の施設内で過ごしてもらうことになっています。
まあ、現状ではヒナ本人も拘束されることを望んでいますし、食事も近所の飲食店から出前が届けられるという厚遇ぶり。この程度ならシモンの裁量で自由にできるのです。
「果物や海鮮も美味しいけど、そればっかりじゃ飽きそうだもんね。次に会いに行く時は何か差し入れでも持っていってあげようか」
「う、うん……お弁当、とか」
キノコソースのパスタを口に運びながら、レンリ達はそんなことを話していました。第三迷宮は新鮮な果物や海産物が豊富にあって、これまでに見てきた迷宮の中でもかなり食のバリエーションが豊かではあるのですが、ずっとそればかりでは流石に飽きも来るでしょう。留置所の中とはいえ、普段とは趣の違う食を楽しめば、ヒナの気分もいくらか上向くかもしれません。
「それにしても、なんだか変なことになってきたね」
「変って、どれのことだ?」
レンリの言葉にルグが疑問で返します。
なにしろ、今日の出来事で変でない物事などほとんどありません。
用意した『デストロイ号』で迷宮の攻略をしていたら、宝箱に入っていたモモと再会し、ヒナと出会って誤解を解き、一緒に迷宮の外に出たらトラブルに巻き込まれ、シモンを頼るべく騎士団に向かい……と、ほんの半日足らずで様々なことが起きました。これでは「変なこと」と言っても何を意味しているのかさっぱり分かりません。
「ああ、違うよ。今日あったことじゃなくて、例の頼み事のほう」
レンリが変と言ったのは、例の返事を保留中の頼みについて。
「これじゃあ、もう協力してるのと同じようなものだろう? それが手のひらの上で操られてるみたいで、正直ちょっと面白くないかなって」
今日の出来事は、あくまでも偶然が連続してそうなっただけ。
そこに何者かの意図が混ざる余地はないはずです。
しかし、ヒナの現状をどうにかしようと動くのは、例の頼み事を引き受けたのと同じようなもの、かもしれません。
第三以降の問題児を更生させて、今よりも扱いやすい迷宮にする。
ヒナの悩みを解決することは、そうした結果に繋がるのかもしれません。
それが何か悪いのかというと決してそんなことはない。
むしろ誰にとっても良いことなのですが、ただ、ひねくれ者のレンリとしては良いように使われているような感覚がどうにも面白くないのです。現状では、それらの感覚が単なる被害妄想である可能性もまったく否定できないのですが。
「でも、あいつを見捨てる気はないんだろ?」
「まあ、そりゃね。半端に期待を持たせてから、やっぱり止める、なんて流石に可哀想だしさ。見捨てるつもりなら対処法がどうこうなんて最初から言わないよ」
「そっか。はは、そうだな」
「ふ、ふふ……そう、だよね」
レンリの言葉を聞くと、ルグとルカは顔を見合わせて小さく笑いました。
「うん? 今、どこか笑うとこあったかい?」
「はは。あ、いや、そういうんじゃないんだ」
「ふふ……うん、なにも……おかしくない、よ」
「いや、何もないってことはないだろう。え、あれ、私そんなに変なこと言った?」
自慢の記憶力に物を言わせて先程の会話を思い返してみるも、レンリには二人の笑いどころが分からないようです。さっきの発言が偶然に何かの冗談になっていたわけではありません。事実、ルグ達が笑ったのはそういった理由ではないので当たり前なのですが。
「だって、これ言ったらレンは怒りそうだしなぁ」
「ほら、怒らないから教えたまえ。今の話のどこに笑いどころがあったんだい?」
「分かった、分かった。教えるから怒るなよ…………いや、レンがすごく良い奴だなぁって」
「……は?」
レンリは、彼女にしては珍しく、まるでワケが分からないという風にぽかんと口を開けています。
「だから、レンが本当はすごく優しくて面倒見の良い親切な奴なんだなぁって思ったら、つい、な。なんか笑えてきた」
「うん……本当は、すごく、優しい……よね」
「……いや、いやいやいやっ、違うから! 全然優しくないから!」
「だって、ヒナのこと見捨てる気はないんだろ?」
「それはそうだけど、そんなのは当然のことであってだね……」
「それを『当然』って言える奴は優しいんだよ」
弱点を突かれたレンリは、見る見るうちに顔を赤くしていきました。
普段は誰が相手でも気後れしないのに、「優しい」とか「良い奴」だとか、そんな方向から本音で褒められると、途端に照れて真っ赤になってしまうのです。
ルグ達もそれが分かっているから最初は誤魔化していたのですが、まあ、本人が正直に教えろと言ったのだから仕方ありません。レンリとしても約束した以上、怒るに怒れないでいます。
「レンリ、ちゃん……優しくて、好き……ルグくんの、次くらいに」
「うんうん。レンは本当に良い奴だからなぁ」
「や、やめ、やめたまえ! 私は全然そういうのじゃなくてだねっ」
「ふふ、たまに……照れ屋に、なるのも……可愛い、よね」
普段、ルカが誰かをからかうことなど滅多にないのですが、こうしてレンリを褒めて恥ずかしがらせることに、新しい楽しみを見出してしまったようです。
「レンリちゃん、は……頭も良いし、格好良いし……小さい子にも、好かれる、よね……みんな、本当は、優しいの……わかってる、から……それから……」
「今日は珍しくグイグイ来るね、ルカ君!?」
「だって、全部、本当のこと……だし……ふふふ、可愛い」
幸か不幸か、トラブルに次ぐトラブルの影響で、本日はもうこの後の予定はありません。ルカがレンリをからかって遊ぶ時間は、まだまだたっぷりありました。
◆◆◆◆◆◆
《おまけ》




