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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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それは、荒れ狂う海のように


 正しいことをしたい。

 世の中を良くしたい。


 「彼女」の原動力となっているのは、そんな世の善なる人々が抱くような、ありふれた願いだったのかもしれません。正義感、と言い換えてもいいでしょう。


 正義の為に悪を滅する。

 善を為すべく不善を排す。

 それだけであれば、さして珍しくもない。社会制度が正常に機能している国家では、当然あるべき仕組みでもあります。


 ただし、正義感による行動の全てが必ずしも正義になるとは限りません。

 たとえば、すぐ目の前を歩いている人物が指名手配中の凶悪犯だと気付いたとして、その無防備な背中をいきなり刺すことは正義とは言い難い。少なくとも近代的な司法制度においては、そうした行為の正当性を認められる可能性はかなり低いでしょう。


 第三の守護者、ヒナの抱える問題というのは、つまるところ、そうした行き過ぎた正義の暴走。本人にも制御不可能な衝動にありました。


 燃え盛る炎のように。

 荒れ狂う海のように。

 その大小に関わらず、彼女の憤怒は全ての悪を許さない。






 ◆◆◆






 ヒナを連れたレンリ達が歩いていると、少し離れた酒場の店内から酒瓶の割れる音や怒声が聞こえてきました。つまらない、単なる酔っ払い同士の喧嘩です。

 近所迷惑ではありますが、凶悪犯罪とは到底言い難い。あと数分もすれば騒ぎを聞きつけた兵士が駆けつけてきて、すぐに解決するであろう些細なトラブルです。


 厳密に考えれば現時点でも器物破損や傷害の罪になるのかもしれませんが、誰かが大きな怪我でもしなければ、喧嘩の当事者への沙汰は店への謝罪と弁償、それと厳重注意くらいで済んだかもしれません。悪くとも、数日ほど牢屋で頭を冷やしてもらう程度でしょうか。


 しかし、結果的に、そうはなりませんでした。

 彼らが何らかの罪に問われることはありませんでした。これから哀れな被害者になる彼らにとっては、あるいは逮捕されたほうが遥かにマシだったのかもしれませんが。



『あ……』


「ヒナ君?」



 その騒ぎを知覚したヒナは、一瞬、呆けたように固まり、そして次の瞬間には喧噪の渦中へと走り出していました。

 あくまでも、その身体能力は外見並みの子供のもの。

 速さも、力も、大した出力ではありません。

 しかし、いくら子供の力でも、たとえば中身の入った酒瓶を思い切り振りかぶって、それを無防備な人間の頭に振り下ろしたら?

 酒瓶以外にも、近くの道端を見れば手頃なサイズのレンガ片や尖った木の枝がありますし、先程割れたばかりの瓶の破片なども十分に使えます。そんな物を柔らかい眼球や喉の肉に突き立てたら、いったい人間はどうなってしまうのか。わざわざ考えるまでもないでしょう。



『……』


「あ? おい、なんだこのガ……ひぎゃッ!?」



 この時、最初にヒナに気付いた彼は実に幸運でした。

 騒動の中心から少し離れて、ふざけ半分に囃し立てていただけなのが幸いしたようです。ただ中身入りの重い酒瓶で、膝の皿を思い切り殴られるだけで済んだのですから。治療を受ければ普通に治る範囲内です。膝がぐしゃりと砕けて、悲鳴を上げて床に倒れはしましたが、これ以上の被害を受けることはありませんでした。


 残りの数人は、そういう意味では運がなかったのでしょう。

 膝を砕かれる程度では済まない恐怖を味わうことになったのですから。



『……』


「なんだぁ、魔法か?」


「これは、こぼれた酒が……ぐぁ!」


「目が、目が焼ける!」



 最初の一人に向けてヒナが振るったのは度数の高い蒸留酒の瓶でした。

 酒場の入口近くのテーブルに置いてあった物です。

 それが割れて中身が飛び散ったと思ったら、強いアルコールを含んだ液体が重力に逆らって宙に浮かび、男達の目に向かっていったのです。


 液体操作能力。

 海をも支配する迷宮内での出力とは比べ物にもなりません。

 人間の体組織内の水分に直接干渉するようなこともできません。

 迷宮外で操れる液体の量はコップ数杯分が精々でしょう。



『……』


「痛ぇ、痛ぇよぉ!」


「げほっ、ノド……息が……できっ」



 しかし、それで十分。

 ほんの数滴であっても、強いアルコールが眼球内に、そして敏感な鼻腔や肺に入り込んだら、激痛で目を開けられず呼吸も満足にできなくなってしまいます。そして万が一、アルコールが傷口から血管内に混入したり、耳から入って脳にまで達しでもしたら、果たして人間の身体はどうなってしまうのか。


 喧嘩の現場にヒナが乱入し、最初の一人を殴り倒してから三十秒足らず。

 酒場の中は、悲鳴と恐怖で満たされた地獄と化していました。



「ご、ごべ、ごめんなさいっ、ごめんなさい!?」


「だ、助けで! 許し、ひっ、ひぃ」


『……』



 残念ながら、許しを乞う声は届かない。

 聞く耳を持たないという意味ではなく、言葉の意味を解するための理性がない。


 乱入からここまで、ヒナは一切の言葉を発していません。

 表情も、まるで凍り付いたかのような無表情です。ほんの数分前、楽しげに街を歩いていた時のような人間味はもはや皆無。よくよく観察すると感情や意思が感じられるライムのような無表情ともまるで違います。哀れな男達には知る由もありませんが、彼女が正気を失っているのは明らかでした。


 そして無表情のまま、床で呻き声を上げる人間の頭をボールのように蹴り、料理の皿や燭台を投げつけ、更には割れたガラス片を強く握りしめ、眼下に倒れこむ男の脇腹に振り下ろそうとして――――。



『……』


「悪い、後で謝る!」



 間一髪。

 ルグの飛び蹴りがヒナの腹部を捉え、彼女を大きく吹き飛ばしました。









◆◆◆◆◆◆



《おまけ・ヒナ設定画》


挿絵(By みてみん)




◆水や海からの連想でセーラー服(女学生ではなく、その元になった水兵のほうの)っぽい衣装にしてみました。ここまでの文章中に記述はないのですが、頭部のデザインがシンプル過ぎる気がしたのでこちらも水兵風の帽子を追加。

切れ味の良さそうな前髪の形は結構気に入ってます。

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