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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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スーパーパワフルガール


 ルカ達がライムと知り合ってもう一年近く。

 気の合う友人として、そして今では魔王や勇者や異世界についての秘密を共有する仲間として、互いに良い関係を築くことができました。


 しかし、世の中には親しい間柄だからこそ覚える不満というものも存在します。そう、知り合って間もない頃からずっと、ライムはルカに対してある種の不満を抱いていました。

 もったいない、と。

 底知れぬ才能を持ちながら、それをまるで引き出せていない。

 それ以前に引き出そうという気すらない。

 ルカにとって力とは、より強く引き出すものではなく、より弱く抑えるもの。

 平穏な日常生活を送るためにも、それに何より大きすぎる力で周囲の人々を傷つけないためにも、そうした抑えが必要だったのも確か。

 ライムも、そうしたルカの事情は理解しています。

 人を傷つけたくないという優しさも尊重されるべきものです。

 だからこそ、これまで面と向かって指摘することはありませんでした。


 けれど、もし仮にルカが持てる才能を完璧に使いこなしたら?

 いつぞやの暴走ではない完全なる制御が実現すれば、果たしてどれほどのものになるのか。そんな風に想像してしまうのだけは仕方ありません。

 ただ純粋に「力が強い」という一点だけで、もしかしたら戦闘技術や魔法を十全に用いたライムやシモンをも超えるかもしれない。更に技術までが合わされば、その上の領域にまでも手が届くかもしれない。

 ライムはルカの潜在能力にそこまでの可能性を感じていました。

 付け加えるならば、才能を完全に引き出した上で思いっきり戦ってみたいとも。


 とはいえ、結局本人が望まないのならどうしようもありません。

 武の道に限りませんが、いかに大きな才能があろうとも嫌々やらされただけでは大成するはずもなし。どこの世界にも子供に様々な習い事をさせる親はいるものですが、下手に強要しても無意味な苦行となるのみ。表面上はきちんとやっているように誤魔化すのが上手くなるばかりで、後に残るのは辛く苦しい記憶だけ。本質的な上達には繋がらないものです。



 先日、ライムにとってはそうした不満を解消するチャンスが訪れました。

 あくまでダイエットという名目ではありますが、本人が望んだ上で運動をさせ、潜在能力を開花させる絶好の機会。 太ってしまったルカを痩せさせるための指導役として名乗りをあげたのは礼の意味だけでなく、そういった意図もあったのです。







 ◆◆◆







 そして現在。第三迷宮内部。

 迷宮を進む途中の休憩中。



「そういえばダイエットってどんなことをしてたんだい? ウル君から時々話は聞いてたけど、途中からなんだか説明に困るみたいに言われることがあってさ」


「あ……うん……色々、と……」


「その色々の部分を聞かせておくれよ」



 なにしろ僅か半月で何十kgもの減量に成功したのです。

 レンリ自身にはダイエットの必要はありませんが、その秘訣を知りたいと思う女性は多いでしょう。詳しく内容を聞いておけば、何かの機会に話の種になるかもしれない。レンリはごく軽い気持ちでそんなことを聞いてみたのですが……ルカはそれだけで顔を青褪めさせ、目から光が失われつつありました。



 ◆



 凍りついた川での水中ウォーキング。

 食料調達を兼ねた魔物狩り。

 後から考えてみれば、このあたりはほんの入門編でしかなかったのです。


 たとえば、とある魔物の相手をするダイエットメニューがありました。

 「戦う」ではなく「相手をする」なのがポイントです。


 誰でも入れる初心者向けの第一迷宮内にも、スタート地点から離れた奥には強力な魔物も多く生息しています。能力の相性もあるので一概にどれが一番強いとは言えませんが、ルカが相手にしたのは大型竜種と並ぶ第一迷宮最強の一角である『超重獣ナマケモノ』。

 魔物とはいえ気性が穏やかな、というよりも極度に怠惰で(なにしろ他の魔物や冒険者に襲われても一切応戦することがないほど)人を襲うことのない『超重獣ナマケモノ』は、外見上は一般的なナマケモノを巨大化したような姿なのですが、木につかまっているのではなく地面に寝転がっています。あまりに体重が重いために重量に耐えられるだけの樹木が存在しないのです。


 魔物の中には生まれながらにして本能的に魔法の力を操る種類がいますが、この怪物が持つのは『重量変化』の魔力。その能力を操る意志力には欠けているのでわざわざ軽重を巧みに使い分けたりはしませんが、その単純な重さこそが『超重獣ナマケモノ』を最強たらしめていました。戦う気がなくとも、ただゴロンと寝返りをうつだけで必殺の一撃となってしまうのです。


 そしてルカに与えられた課題はそんな『超重獣ナマケモノ』に潰されず、押して転がしながら進むことでした。比較的軽い状態でも恐らくは10t以上、時にはそこから更に何倍何十倍も重くなる獣となると、いくらルカが力持ちだからといっても簡単には押し返せません。何度も寝返りに巻き込まれそうになって、死力を尽くして押し返したものです。



 他には、紐無しバンジーのようなトレーニングもありました。

 ライムが体術と身体強化と重力魔法と風魔法等々を併用してルカを抱えて上空に跳び、そこから叩き落して墜落の衝撃に耐えるという狂った内容。落下時の猛烈な空気抵抗がマッサージ代わりになって美容に良い、とライムは説明していました。

 それも最初は20m、次は50m、100mと次第に高さを増していくのです。

 最終的には1000m以上からの落下を強いられていました。

 これほどの高さとなると、ルカも限界以上の身体強化を発動しなければ地面に落ちた時に大怪我をしてしまいます。それはもう必死で力を振り絞ったものです。落下地点には隕石の墜落現場のようなクレーターができていました。

 


 時には、ダイエットらしくジョギングをすることもありました。

 ただし逆立ちをしたままで。

 ルカのバランス感覚はあまり良いとは言えませんが、自重を腕力で支えるくらいなら大した負担でもありません。有り余る握力と腕力に任せて、逆立ちのまま歩いたり走ったりすることも出来ないわけではないのです。

 そうして逆立ちのままフルマラソンをさせられるのは、流石に楽ではありませんでしたが。強化魔法で体内の血管も強化されていなければ、きっと頭に血が上りすぎて血管が破裂していたことでしょう。

 しかも走っている時に魔物が襲ってきたら逆立ちのまま応戦しなければなりません。

 ライムも同じように逆立ちで走っていて、緊急時には華麗な足技で魔物を蹴散らしていましたが、ルカにそんな器用な真似ができるはずもありません。仕方なくジタバタと足を振り回していたら偶然魔物に当たってどうにか撃退に成功しました。



 ◆



「いや、本当によく無事だったね?」


「うん……わたし、も……不思議」


 ウルが説明に困るのも納得というものです。

 実際に見たところで自分の目か正気を疑うような特訓ばかり。そこまでやれば痩せるのは当然だとしても、明らかにダイエット目的でするような運動ではありません。


 こうした無茶なトレーニングの多くは、ルカの潜在能力を引き出すために行われたものです。普段の、なるべく弱く抑えこんでいる力でも、大抵の場合は力が足りずに困ることなどありません。だからこそ、これまではより大きく強い力を引き出そうという発想にはならなかったのでしょう。

 しかし、小さく抑えた力だけでは足りない状況に追い込んでやれば、眠っていた潜在能力を引き出す一助になるかもしれない。ライムの指導にはそのような隠された意図があったのです。


 そして実際に、これまでは無意識的に抑え込んでいた力の一端が解放されました。

 「より弱く」ではなく「より強く」。

 抑えるのではなく、引き出す。

 流石に長年の抑制は強固で、まだまだ秘めたる能力のごく一部を出せるようになったに過ぎませんが、この意識の切り替えが意味するものは決して小さくありません。


 まあもっとも、ルカ本人は最初からダイエット後の今に至るまで、全てダイエット目的だったと信じていたのですが。途中、なんだか変だなと感じなかったわけではないのですが、痩せたい気持ちはありましたし、実際にスマートな体型になることができました。

 なので、それ以上はあまり深く考えることがなかったのです。

 以前より大きな力を自然と引き出せるようになった理由も理解していませんでした。


 なにしろ修行の目的を正直に明かしたら、ルカに逃げられてしまうかもしれません。

 ライムとしても隠し事をする心苦しさはあったのですが、強くなりたいからではなく痩せたいからこそルカは珍しく本気で運動をする気になっていたのです。だから、全てはダイエットのためだったと言い張る必要があったのです。

 

 

 そして、ルカはもう一つ大きな勘違いをしていました。

 力を制御するとは、すなわち必要な時に必要なだけを引き出すこと。

 ただ弱めることだけを意味しません。

 強い力を使いこなせるからこそ、不要な時には余分な力を使わずに済むのです。


 そういう意味では、今のルカはまだ力の制御がまるで不十分。

 並外れた注意力と慎重さで日常生活を送ることができていますが、そのような注意も本来は不要なもの。現にライムやシモン、迷宮都市で出会った強大な力の持ち主達は、伸び伸びと無理のない自然体で暮らしていました。

 真に力を使いこなせれば、まるで呪いのようにかかり続けている身体強化を自分の意思で解くこともできるようになるかもしれません。何かを壊してしまわないか、人に怪我をさせてしまわないかとビクビク怯えながら暮らす必要もなくなるはずです。

 現在のルカは、無自覚なままにそうした未来へと一歩を踏み出したところ。やがては余計な心配をすることもなく恋人の手を取ることもできるようになるでしょう。



「まあ、それだけやれば力も強くなるだろうね」


「うん……あんまり、強くなりすぎるのは……困る、けど」



 もっとも彼女がそういった物事を理解して、自らの力を完璧に制御できるようになるまでは、まだしばらくの時間がかかるのですけれど。



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