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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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ライム先生のダイエット教室


 昨日。

 ライムとの試合が終わった直後。



「ところで、ルカ君や」


「なぁに……?」


「キミ、ちょっと太りすぎだから痩せなさい」


「…………え」



 レンリはルカに対して言いました。

 ど真ん中ストレートの剛速球。

 見ないフリをするのも限界ということなのでしょう。

 デリカシーの欠片もない言い方ですが、こればかりは仕方ありません。


 体重が多ければ、戦闘で有利になる面があるのは確かです。

 また『重量変化』の魔法を使う上でも、魔法は使用者の肉体全部に対して作用するので、元々重い人が使えば、同じ魔力でもより大きな効果を得られます。

 現に、ライムとの試合で真正面からの力比べとなった局面では、パワーと重さの合わせ技でルカが圧倒的に押していました。格闘技術の差でそのまま押し勝つことはできませんでしたが、非常に強力であることに疑いはありません。


 ……しかし、当然ながら問題がないはずがありません。


 

「はい、これは没収」


「あ……そ、そんな……」



 レンリが『癒し棒』と『高揚』の魔短剣を取り上げると、それだけでルカはおどおどと怯えがちで臆病な雰囲気に、つまりは元々の彼女と同じになりました。


 『高揚』の魔法には恐怖や痛みや不安を薄れさせ、前向きな気持ちを引き出すという、まさにルカにぴったりの効力があるのですが、それも使いすぎれば毒になってしまいます。普段なら自省が働くような場面でも「まあ、いいか」「どうにかなるか」と、根拠のない楽観的な気持ちになってしまうのです。


 『癒し棒』の過剰使用で引き出された異常な食欲との組み合わせは最悪。

 普通なら過剰使用に陥る前に魔力が切れそうなものですが、ルカの魔力量は一流の魔法使いに匹敵します。魔法使いの名家の一員であるレンリも魔力量はそれなりに多いのですが、その更に数倍。魔法道具なら、よほど大掛かりかつ高度な物でもなければおはようからおやすみまで一日中使い続けても魔力切れになることはないでしょう。そして、事実そうなっていました。


 今はまだ健康そうですが、この先も肥満状態が長く続けば健康に悪影響が出てくる可能性は低くないでしょう。いくら強くなっても、それと引き換えに生活習慣病でダウンなど笑い話にもなりません。特に、ここ数日のようにレンリと同等量の食事を続けるなど、明らかに寿命を縮める自殺行為です。良い子は絶対に真似をしてはいけません。



「う、うん……ダイエット、する」 



 『高揚』のない状態で聞けばルカ自身にも納得できる話です。

 健康面はもちろん見た目のスタイルに関しても、今の状態はとても「まあ、いいか」と看過することはできません。

 未だに千切れていないのが不思議なくらいですが、増えすぎたお肉の圧力に耐えかねて、服や下着もパツンパツンに伸び切ってしまっています。元々、体型のくっきり出る服装が苦手で、ゆったりとした大きめの服を愛用していたからこそかろうじて収まっているのでしょう。その大きめの服も今ははち切れんばかりですが。


 ルカもようやく客観的に事態を把握できました。

 数日振りに魔法の効いていない冷静な思考を取り戻してみれば、どうしてここまで放っておいてしまったのかと、自分で自分の判断が信じられないような気持ちです。



「じゃあ、しばらくルー君と会うのも禁止で」


「え……ど、どうして?」


「だって、ルカ君がお腹を空かせてたらこっそり食べ物をあげたりしそうだもん。ルー君、ここは心を鬼にして厳しくするのが優しさというものだよ」


「そうか、そういうものか……」



 ルグとの接触を禁止されたのはルカにとって誤算でしたが、同時に仕方がないとも思えてしまいます。もしルカがお腹を空かせて弱っているのを見たら、彼はレンリの言うようにこっそり食べ物を与えてしまうかもしれません。実際、ルグ自身も「しない」と言い切ることはできないようです。

 しかし、それでは単なる甘やかし。本当に彼女のことを想うなら、あえて厳しくすべきだというレンリの意見には一理あります。


 まあしかし、悪い条件ばかりではありません。

 


「手伝う」


「い、いいん……です、か?」


「お礼」



 幸い、ライムが協力してくれることになりました。半ば偶然とはいえ、先程の試合で一番大きな成果を得た彼女は、ルカ達に何かしらのお礼をしたい気持ちになったようです。


 ライム自身にダイエットの必要はありません(むしろ、お肉が付かなさすぎて困っているくらいです)が、こと運動の分野であれば豊富な知識を有しています。ルカがただ闇雲に動くよりは、ずっと効率的に痩せられることでしょう。


 もっとも、ライムがダイエットの監督をすることになれば、それは甘さとは無縁の厳しいものになるのは間違いありません。ルカもそれは理解しており、恐れる気持ちもあるにはありましたが、



「お、お願い……します……っ」


「ん。任された」 


 

 結局は、覚悟を決めて監督を頼むことにしたのです。







 ◆◆◆







 そして、それから丸一日。



「ひぃ……し、死ぬ……死んじゃう……」


「大丈夫。死ななければ死なない」



 ルカの覚悟は早速折れそうになっていました。

 家族には事情を話して昨日からライムの家に泊まっているのですが、僅かな休憩以外はほとんどずっと激しい運動を続けています。


 ちなみに現在しているのはダイエットに効果的な水中ウォーキング。

 普通に陸上を歩くよりも消費カロリーが増え、水の抵抗で全身をバランスよく鍛えられ、ヒザや足首への負担も少ないという良いことずくめの種目です。

 歩くだけでいいので泳げない人にも簡単にできますし、怪我人やお年寄りのリハビリにも向いています。あくまで常識の範囲内でやるならば、ですが。

 ルカとライムがやっているのと同じ水中ウォーキングをしたら、運動神経に優れる健康な人間であっても生死に関わります。まだルカが死んでいないのは、ライムがギリギリの限界を見極めて負荷を加減しているからに過ぎません。


 現在彼女達がいるのは第一迷宮内を流れる川の中。

 一応は水底に足がつきますが、ルカの首近くまで沈むくらいの深さがありました。

 


「さ、ささ……さ、さ寒い……」


「大丈夫。心頭滅却すれば火もまた涼しい」


「こ、これ以上、涼しかったら……本当に、死んじゃい……ます……」



 そして、その川がガチガチに凍りついていました。

 無論、ライムが魔法で凍らせたものです。

 一応、完全に凍りつくのではなく液体の部分が残っている氷水状態なので水中ウォーキングのていは守っていると言えるかもしれませんが、もはや呼び方など些細な問題でしょう。


 ルカとライムはそんな凍りついた川を力尽くでバキバキ砕きながら、水の流れに逆らって、かれこれ五時間ほど歩き続けていました。ルカはまだ見たことがありませんが、異世界ちきゅうの寒い地方の海で活躍する砕氷船と同じことを人力でやっているようなものでしょうか。


 人体というのは体温を維持するためにカロリーを消費するものです。

 これだけ冷たい水中で運動を続ければ、ダイエット効果はかなりのものになるでしょう。

 普通なら痩せるより先に風邪や低体温症や凍傷や心臓麻痺、あるいはそれら全部になりそうなものですが、この二人の頑丈さは並ではありません。泣き言を吐いているルカも、なんだかんだでライムのペースに付いていっていました。

 それに本当にまずそうな時はライムが水面を爆発炎上させて温めているので心配無用。その時はその時で川が煮えたぎったりするのですが、熱いお風呂に浸かるようなものだと思えば大した問題ではない……と、少なくともライムは思っています。

 意識が朦朧としてきたルカも、何度も大丈夫だと言われるうちに次第にそんな気になってきました。単に、正常な思考力を奪われて洗脳されつつあるだけかもしれませんが。



「ん。アレを片付けたら食事にする」


「あ、アレ……って? ひぃ……っ」



 ルカが下流側を振り返ると、そこにはピラニア型やワニ型の魔物の姿が。

 住処を荒らされた水棲の魔物が怒って襲いかかってきたのでしょう。普段のライムの活動域から離れた位置だからか、ライムの姿にも怯むことのないイキの良い獲物ごはんばかりです。

 食材のほうからやって来てくれるなら好都合。下手を打てば自分が魔物のご飯になってしまうかもしれませんが、つまり勝ちさえすれば何も問題ありません。


 ダイエット中だからといって安易な断食など言語道断。ライム先生のダイエット教室では低脂肪高タンパクのバランスの良い食事を推奨しています。



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