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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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想起:ギブ&テイク


 これは今より少しばかり前のこと。

 迷宮都市の、とある宿の一室であった話。



『そうそう。こちらのお願いを聞いてもらうなら、何か対価をお支払いしないといけませんね。ほら、ご褒美があったほうが何事もやる気が出るものでしょう?』



 来訪者カミサマは、レンリ達にこんなことを言いました。



『何がいいでしょう。何か望みはありますか?』



 とはいえ、急には思いつきません。相手の正体が相手です。一般的なイメージ通りの全知全能ではないとは既に聞いていますが、どの程度のことが出来るのかも計りかねます。


 

『急に聞かれてもピンと来ないですか。それなら、そうですねぇ……例えば、レンリさん。貴女に聖剣の造り方を教える、なんていうのはどうです?』



 そこで逆に、そんな提案をしてきました。


 聖剣の製法。

 レンリにとっては喉から手が出るほどに欲しい情報です。

 なにしろ製作者本人なのだから、それを知っていることにも疑う余地はありません。


 

『ただし、協力を取り付けた後で言うのはアンフェアなので先に申し上げておきますが、製法を教えたからといって即座に造れるようになるわけではありません。材料を集めるのは……まあ、貴女のご実家の財力と人脈があれば不可能ではないでしょうけれど、技術面でのハードルがちょっと高めでして。必要な魔法の習得だけでも結構な時間がかかりそうですし』



 知識があっても、それを実践できる技術がなければ無意味。

 報酬のやり取りに関しては騙し討ちのような真似をする気はないようで、そういった注意事項についてはしつこいくらいに念を押してきます。

 いくら胡散臭くとも一応は神。

 少なくともこの件に関しては、詐欺行為を働くつもりはないということなのでしょう。

 


『別に聞かずとも成し得る可能性はありますよ。折角、先祖代々頑張ってきたのですもの。どうせなら自分達だけで成し遂げたいという気持ちもあるでしょう? そういう意地や誇りはわたくしも尊重したいと思っています』



 それに、いくら欲しい知識だとはいえ、それを素直に受け取ることに心理的な抵抗があるのも確かです。これは協力する際の手間やリスクとはまた別種の問題で、自分達の、人間の力だけで偉業を成し遂げたいという一種の意地。不合理的な感傷なのかもしれませんが。



『この先、何百年も未来の貴女や貴女の一族の遠い子孫なら、もしかしたら自分達の力だけで聖剣を完成させられるかもしれません。これから全てが順調に運んで、血筋が絶えたりだとか、知識や技術の失伝だとか、モチベーションの喪失だとか、外部からの邪魔だとか、そういったアクシデントがなければですが』



 製作者に直接教わらずとも研鑽によって神域に至る可能性は、ある。

 失敗し、一族の積み重ねの全てが無駄に終わる可能性もまた、ある。



『けれど、わたくしが製法を教えたなら、貴女の代で、貴女自身がその成果を手にすることができる……かもしれません。そこはまあ努力次第ということで』



 研究を後世に引き継ぐより、成功に至る可能性は格段に高いでしょう。

 それに何より、自分の夢の果てに、未来の見知らぬ誰かではない自分自身の手が届くというのなら、意地を曲げ、誇りを忘れて、それでもなお余りあるだけの価値がある。少なくとも、簡単に誘いを蹴って捨てることができないくらいの魅力はある。



『ふふふ、焦らず、じっくり考えてくださいね。聖剣以外でも他に何か願いがあれば、なんでもとはいきませんけれど、なるべく善処はするつもりですから』








 ◆◆◆








「ほう、ライムに勝ったか。大したものだ!」


「いや、全然勝った気はしないんですけどね。次やったら絶対負けますし」


 試合の翌日。

 ルグはシモンと男二人で街中を歩いていました。

 復職して以来、騎士団長として働いていたシモンにとっては貴重な休日です。

 しかし、昨夏以前の働きぶりに比べたら最近の働き方はゆったりしたもの。

 長い休みを取ったおかげか、明日以降にできることは今日のうちに全部やる、部下の仕事も片っ端から引き受ける、といった無茶なワーカーホリックぶりも治まったようです。


 元々、都市計画の初期段階から治安維持に力を入れていた学都では犯罪の発生率は非常に低いものでした。最近は『新市街計画』への協力という形で人員を出していますが、それも半分は訓練を兼ねたようなものであり、騎士団の負担は平時とそう変わりません。

 従って、最近は団長であるシモンにも幾分の余裕がありました。本人の意識改善だけでなく、部下である騎士団員達にも彼一人に負担を押し付けない。たとえ彼自身が望んだとしても過度な仕事をさせないという意識の変化があったようです。

 よって、彼は復職以降も騎士団の宿舎に泊まり込むのではなくルカ達も住む自らの屋敷に暮らし、朝に出勤して夜には帰宅するという健康的な生活を続けていました。



 さて、話を戻しましょう。

 珍しく男二人だけでいた彼らの話題はライムとの試合について。

 一応、ルール上は勝ったとはいえ、ルグ達にしてみれば煮え切らない結果でした。

 とりあえず現状で出せるものは出し尽くしてしまいましたし、何より試合中にいきなり新たな技を習得して、これまで以上に強くなってしまったライムとは当分戦う気にもなれません。



「縮地のコツはな、目を鍛えることだ」


「目、ですか?」


「うむ、視力というより観察力だな」



 今すべきは覚えた技の完成度を上げること。

 ルグも道具の助けを借りて縮地法を使えるようになったとはいえ、技の練度はライムやシモンに大きく劣ります。そんなわけでコツを尋ねてみたところ、こんな答えが返ってきたというわけです。


 縮地法は単なる高速移動にあらず。

 上半身の大きな筋肉と下半身を連動させ、動きの無駄を極力省いてスムーズな急加速を実現して……しかし、それだけではまるで不十分。ただ速いだけでは、ある程度以上の実力者には通用しません。如何に意識の虚を盗むかが肝要です。



「分かりやすいところだと、相手がまばたきをするタイミングを狙って一気に視界外に動くとかな。慣れると表情筋の動きで意識の微妙な揺らぎを捉えられるようにもなる」


「はあ、そういうものですか」


「うむ。こういう街中の人混みで道行く人を観察するのも良い訓練になるぞ。あまりジロジロ見ると気を悪くさせてしまうから、見ていることを悟らせない注意も必要だがな」



 まあ観察力も筋力と同じで、一朝一夕で伸びるものではありません。

 ルグは早速教わったように周囲の人々の観察していますが、その成果が目に見えて現れてくるのはまだしばらく先になるでしょう。



「縮地以外でも観察力は鍛えておいて損はないから……っと、そこの彼らがそうか?」


「あ、そうです。おーい、俺達も入れてくれ!」



 そんな風に話しながら歩いていると、間もなく本日の目的地に到着しました。

 職人街のちょっとした広場を利用した即席のサッカー場。近頃、ルグがこの辺りの少年達と一緒に遊んでいるという話をルカ経由で聞いたシモンが興味を持ち、休日にやって来たというわけです。



「え? おい、あの人って……」


「な、なな、なんの御用でござりまするか……?」


「いやいや、ははは。俺を誰かと勘違いしているようだが、ただの他人の空似であろう。俺はただの……そうだな、貧乏騎士の三男坊とかそういう感じのアレなので気楽に接してくれ、ははは」


「は、ははーっ」



 遊び始めるより前に、何人かの少年が有名人であるシモンの正体に気付いてビックリしていましたが、そこは他人の空似ということで強引に押し通しました。上手く誤魔化せたとは言い難いものの、あえて正体を暴いても何も良いことはないと彼らも理解しています。



「足、長っ!」


「うわ、なんで今のボール追いつけんすか!?」


「休憩終わったらこっちのチーム来てくださいよ」



 それに一緒に遊んでいれば、少々のわだかまりなどすぐに消えてしまいます。

 数時間後にはシモンもすっかり街の若者達と打ち解けていました。









「おーい、今日はメシ来るか?」


「シモンの兄さんも一緒にどうすか?」



 ゲームが一段落した頃合で、先日と同じ少年達がルグとシモンを食事に誘ってきました。



「あ、もしや今日も彼女の手作り弁当とか?」


「なに、おのれ!」


「いやいや、今日は予定ないから付き合うよ」


「うむ、俺も一緒に行こう」



 先日はルカが手作り弁当を持ってきており、少年達を大いに羨ましがらせていましたが、今日は特にそういった予定もありません。シモン共々、彼らオススメの食堂に向かうことにしました。



「食事か……ルカ、大丈夫かな?」



 今頃、ライムの監督下で厳しい減量に励んでいるであろうルカを想うと、普通に食事を摂ることへの罪悪感もありましたが、しかし残念ながらルグには何もできません。

 というか、彼がいるとルカを際限なく甘やかしてしまうので、昨日から会うことを禁じられています。ルグにできるのは、ただただ心の中で恋人の無事を祈るのみでした。



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