決着
実のところ、レンリが造り上げた銀糸の腕は未完成。
強力な攻撃を放てるメリットはあれど、無視できない問題点がありました。
銀糸の腕という発想は、ゴーレムを操る魔法からの発展です。
通常、術者が特に意図しない限りゴーレムは人型に近い形状を取りますが、五体丸ごと形成するのではなく、片腕だけあれば剣を振らせることは可能。
操作する部分が少なければ、その分魔力の消耗が抑えられる上に性能も向上する……と言えば合理的な選択をしたかのように聞こえますが、実際にはレンリのゴーレム操作術が未熟なために、銀糸でゴーレムの全身を作ってもスピードもパワーもまるで使い物にならなかったのです。
なにしろ、いくら知識を増やしても絶対的な練習量が足りません。
肉体の鍛錬に比べたら魔法の練習意欲は幾分高いのですが、それでも技術力を向上させようと思ったら時間をかけて地道に経験を積まねばどうしようもありません。
レンリの初期構想では、コートに仕込んだ銀糸でがらんどうの人型ゴーレムを形成し、レンリ自身はその中に隠れながら操作することで攻防一体の戦法を取れるようにするつもりだったのですが、少なくとも現時点ではそこまでの複雑な操作は不可能です。
そこで採用したのが、形成・操作するのを腕のみに限定する手法。
更に機能を特定の動作に限ることで、ようやく実戦的な性能を実現できたのです。
しかし、その「特定の動作に限る」というのがまた曲者。
現在のレンリに出来るのは、「銀糸を展開する」「銀糸を収納する」「指を握る」「指を開く」「横向きに構え、振る」という単純な操作のみ。それも一つ一つの動作に対応した専用の魔法道具、ルカ達に渡したようなナイフ型魔剣がなければピクリとも動かせません。
その操作性の悪さはとても無視できないでしょう。
特に、攻撃手段が横斬りに限られるのは大問題です。
いくら威力と速さがあろうとも戦闘中に細かな調整が出来ないので、何度振っても毎回同じ位置を同じように薙ぐだけ。剣の軌道よりも低いタックルやスライディング、もしくは高い跳躍などで避けられたら、それに対処することができないのです。
一撃で決着がつけば問題ないとはいえ、同じ相手に二度三度と繰り返せば、すぐにその欠点に気付かれてしまうでしょう。
レンリは既にライムに対して一度攻撃を外しています。二回目を見せれば、それが一度目と寸分違わぬ攻撃であることに気付かれる可能性は大。
この弱点が露呈すれば、もう絶対に勝てません。
また、この弱点に関してはルカ達とも同じですが、戦闘中は専用の魔剣を忙しなく持ち替える形になるので、それらを奪われたり破壊されても、ほとんど「詰み」となります。
この戦法で勝てる可能性があるのは、ライムにとって初見となる今回の戦いのみ。それも戦闘開始からごく短時間の短期決戦に限られます。
手品の種が割れてしまえば、もう後はありません。
ライムが思っているのと同じように、レンリもまた追い詰められていたのです。
ただ、レンリにとっては幸いなことに、今のライムは高くも低くもない構えを取っていました。低空タックルや跳躍からの攻撃ではない、真正面からのダッシュを仕掛けるつもりなのでしょう。
横斬りしか使えない分、レンリはその間合いを正確に把握できるよう訓練してきました。あと半歩踏み込んでくれば、それで確実にライムを捉えられます。
『腕』の操作は早すぎても遅すぎてもいけません。
操作用のナイフとは反対の手で既に『超集中』の魔剣も発動しており、姿を見失ったり、動作の起こりを見逃さぬようスローモーションで観察しています。フェイントでも仕掛けられたら対応できるかは怪しいですが、ライムの性格上、この局面では誤魔化しなしの真っ向勝負で来ることでしょう。
そうして、両者が向かい合ってから数秒後。
「ふふ」
ライムが小さな笑みを浮かべた直後に踏み込んできました。
スローモーションの視界の中でさえ見失ってしまいそうな速さ。
「……っ!」
しかし、銀糸の速さはそれ以上。
レンリの反応がギリギリで間に合いました。
ナイフ経由で送りこまれた魔力を受け、人間の筋繊維なら一瞬で断裂するほどの速度で銀糸が伸縮。作り物の手に握り込まれた木剣が、動きの負荷に耐え切れず折れてしまいそうなスピードで振られ、ライムの身体を横側から打ち……ませんでした。
◆◆◆
正面にいたレンリには、ライムの姿がほんの少しブレたように見えました。
木剣に打たれる瞬間に僅かだけ、ほんの20cmか30cmだけ立ち位置が動き、それ以外は姿勢を大きく動かしたわけでもないのに、何故だか吹き飛ばされることもなく無傷でいたのです。
その現象に驚きはしましたが、しかし悠長に考えている時間はありません。
理由はどうあれ、攻撃を避けられたということは反撃に身を晒すということ。
布地の裏地に人造聖剣の銀糸が縫いこまれたコートは防御力にも優れますが、肝心のレンリ本人の耐久力はたかが知れています。防具の上から殴られるにせよ蹴られるにせよ、少なくとも痛い目に遭うのは間違いない。そう思って反射的にぎゅっと目を閉じてしまいました。
「っ、…………あれ?」
が、いつまで経ってもライムからの攻撃が来る様子がありません。
レンリが恐る恐る目を開けて見れば、彼女はもう手を伸ばせば届くような距離で立ち止まり、何か考え事をしているようです。
「ごめん」
試合中に上の空になっていたことをライムは詫び、
「お願い。もう一度」
「はい?」
驚くべきことに、もう一度自分を攻撃するように言ってきました。
「お願い。忘れないうちに」
レンリとしてはわけが分かりませんが、そのまま試合を再開して痛い目に遭うよりはマシだと考え、今度は最初から間合いの内側にいたライムに対して先程と同じように銀糸の腕で攻撃を仕掛けました。
やはり猛烈な速度で木剣が振られ……またもやライムの姿がほんの少しだけブレたと思ったら無傷で回避していました。攻撃がすり抜けてしまったかのように、まるで手応えがありません。
「ええと、二人とも何してるんだ?」
「試合、は……終わり、でいい……の?」
「いや、私にも何がなんだか」
やはりレンリには意味が分かりません。
見ていただけのルカやルグも困惑して、すっかり試合の緊張が削がれてしまっています。
「……なるほど。もう一度」
それから、三回ほど更に攻撃をさせて回避することを繰り返し、
「ん。覚えた」
ライムは何かに満足したように頷きました。
「覚えた、って?」
「転移」
レンリの問いにライムは端的に答えました。
転移術。瞬間移動。ワープ。テレポーテーション。
つまりは空間と空間の間を、距離を無視してゼロ時間で移動する技術。
木剣が身体に触れる直前の刹那に既に木剣が通過した位置に移動することで、傍目には攻撃がすり抜けたように見えたのです。
数ある魔法の中でもかなり高度なもので、ライムも以前から練習はしていたものの、ついさっきまでは一度も術の発動に成功したことがありませんでした。
起こった結果から解釈するならば、危機に瀕した際に強い緊張と集中を得て、潜在能力が覚醒したということなのでしょう。無論、そこに至るまでの本人の努力もあったにせよ、この土壇場でいきなり成功させるなど紛れもない天才の所業です。
もっとも、そんな天才と戦う側は堪ったものではありません。
明らかに不公平なルールを飲ませ、入念な準備を重ね、小細工を弄して、ようやく一度限りの勝ち目が見えたというのに、いきなりパワーアップされたりしたら全部が台無しです。あるいはそんな理不尽さこそが、天才が天才たる所以なのかもしれませんが。
「まだ短い」
まあ、覚えたとはいえまだ未熟。
今も説明と実験を兼ねてレンリ達の目の前で何度もパッパッと転移して見せていますが、その移動距離は最大でも普通に歩いた一歩分に満たない程度。不慣れゆえか多少のブレはありますが、最大でも1m未満といったところです。ライムの師匠がやるように一度に世界の裏側まで移動できるようになるには、ここから更に厳しい修練を積む必要があるでしょう。
しかし先程の攻撃を回避したように、これだけでも戦闘においては大きなアドバンテージになりそうです。常に自分が攻撃しやすい位置に移動でき、常に敵の攻撃が当たらない位置に移動できる。言ってしまえばただそれだけとはいえ、近接戦闘での優位は計り知れません。完全に使いこなせるようになれば、ライムは一気に数段上の強さを得ることでしょう。
「あ」
ところで、今しがた何度も転移をした際に、ライムは気付かず場外に出てしまっていました。開始前に地面に引いた線の外に片足がはみ出しています。どうやら転移術を習得したことに気を取られて足下の注意が疎かになっていたようです。
「私の負け。おめでとう。それと、ありがとう」
「……なんだか、思ったより嬉しくないなぁ」
こうして、試合はレンリ達の勝利ということになりました。
◆試合に勝って勝負に負けた、的な
ライムは戦闘に関してはガチの天才で、迂闊に追い詰めると突然新たな能力に目覚めたり戦闘力が急激に上昇したりするタイプのエルフなのです。別にこの世界のエルフ自体がそういう特殊な戦闘民族というわけでは全くないのですが。ちなみに同格のシモンも天才ですが少し方向性が違っていて、彼の場合は誰かを守るようなシチュエーションで理不尽気味なパワーアップをするタイプの人類だったりします。
◆ワープ能力といっても色々ありますが、今回のライムのは某ネコ型ロボットの出すピンク色のドアみたいなのではなく、某七つの球を集める漫画の主人公が使うような種類の瞬間移動です。空間に穴を開けてから通り抜けるようなタイムラグがないので戦闘中でも使えます。額に指を当てて気を探る必要はありません。




