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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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vsライム④


 先日の旅で得た知識。特に勇者の持つ本物の聖剣に触れた経験は、レンリの研究に大きな飛躍をもたらしました。勇者がお人好しなのをいいことに、連日通い詰めて何十何百回と剣を変形させてもらったり、迷宮都市の店で購入した魔法薬に漬けてみたり、味見してみた甲斐があったというものです。

 どのように魔力が流れているか、どのような術式が作用しているか等を調べ……今のレンリでは理解できない部分も多々ありましたが……その成果を応用してこれまでの人造聖剣の大幅な改良に成功しました。

 

 とりわけ、剣の変形速度と精度に関しては以前までとは比べ物になりません。

 この成果をもってすれば、また一段と強力な剣を造れるだろう……と、今後の研究に明るい兆しが見えてきたあたりでレンリは思いました。


 強い武器が作れても、それを使いこなせなければ意味がない。


 まあ、当たり前の話です。

 如何な名剣だろうと使用者が弱ければナマクラ同然。より具体的には、どんな武器を造り出しても、それをレンリが持つ限りはほとんど意味がないのです。レンリの場合、自分自身が強くなりたいという欲求は薄いのですが、それでも折角のオモチャを自分では使えないというのは何となく面白くありません。


 本物の聖剣には「どんな形状だろうと即座に使いこなせる」という能力があるのですが、変形機構以外の部分に関してはまだほとんど再現できていません。

 レンリが奥の手の一つとしている『身体制御』の魔法なら一瞬だけ達人並みの動きも出来ますが、全力で使えば常に骨折や筋断裂の危険性があるので長時間の使用は不可能。怪我をしないまでも激痛は免れず、彼女自身もこの魔法についてはほとんど欠陥品だと考えていました。

 何年も必死になって身体を鍛えれば、あるいはレンリが『身体制御』の負荷に耐え切れるようになるかもしれませんが、それこそ問題外。

 こと「頑張りたくない」という一点に関して、レンリは非常に強固な信念を持っているのです。勉強や研究については楽しいと感じているので、努力の全てを拒否するわけではありませんが、肉体的な鍛錬に関しては最低限以上はなるべく遠慮願いたいと考えていました。


 なるべく汗をかきたくない。

 疲れたり、痛かったり、苦しかったりするのも嫌だ。

 正直、面倒臭い修行なんかせずに、その結果だけ楽に欲しい。


 ……と、はっきり言って世の中を舐めたような姿勢です。

 真面目に努力している世界中の武芸者から怒られても文句は言えないでしょう。


 しかし、レンリの怠け心も並ではありません。

 怠けるための苦労は決して惜しまず、そして、彼女はとうとう造り上げたのです。

 まだまだ完成に至らぬ試作品ではあるけれど、どうにか形になりました。

 身体を鍛えず、自分自身は弱いまま、剣の性能を引き出すための新たな剣。

 自分専用の人造聖剣を。







 ◆◆◆







「ちぇっ、外れたか」


 レンリの放った不意打ちは空振り。


 しかしライムが反応できたのは、あくまで幸運と偶然のおかげ。

 ほとんど相手の不慣れに助けられたようなものです。

 たかが木剣といえど当たったらタダでは済まない。今の一撃はライムを警戒させるに足るだけの威力と速力を秘めていました。



「やあやあ、ライムさん。私とも遊ぼうじゃないか」


「……む」



 先の一撃は背後からのものだったため、ライムは直接視認してはいませんでしたが、向かい合ってみればレンリがどのような攻撃を放ったのかは一目瞭然。木剣を握る手、レンリが操っている腕は、しかし彼女自身のものではありません。


 濃紺のロングコートに入った銀糸の刺繍。

 その糸がほつれたように伸び、コートのあちこちから長く伸びた糸が術者の意思通りに絡まり合い、結ばれ合い、織り込まれ、レンリの前方の空間に立体的な腕を形成していました。人造聖剣を細長い糸状に鋳造し、その変形機構で筋繊維の伸縮を再現しているのです。発想としては従来の『身体制御』の延長ですが、これならば使用者がダメージを負う心配はありません。


 糸が寄り集まって出来た腕は、見た目からしてヒトのそれとは明らかに別物。内部に骨格や関節も存在しない、あくまで外見上のシルエットが腕に似た何かです。

 しかし、糸で出来たハリボテでも剣を振るには十分以上。

 今も銀糸の手に木剣を握り込み、いつでも次の攻撃を放てるように構えが取られています。

 大きく身体の横方向に振りかぶった横構え。明らかに横斬りで来るとわかる体勢ですが、たとえ攻撃の種別が分かっていても、その程度で油断できるものではありません。直撃すれば、体重の軽いライムは場外まで吹き飛ばされてしまうでしょう。

 

 背後や横方向に一旦逃げて距離を取るのは論外。

 元より、この試合は三対一。

 体勢を立て直しつつあるルグとルカに自分から近付いたら、それこそレンリに対して大きな隙を見せることになってしまいます。特にルカに力任せに組み付かれでもしたら、容易くは振り解けなくなってしまうでしょう。そうなった時点で事実上「詰み」です。


 

「さあ、実験の続きといこう」



 レンリの操作する銀糸の腕が動き出してから反応したのでは、遅い。

 捉えるべきは、実際の動作のコンマ数秒前に放たれる殺気。攻撃の意思そのもの。

 五感、経験、勘。

 持てる全てを総動員して、その時を待つ。


 本来、遥か格上であるはずのライムにも余裕は皆無。

 この試合の縛りの中で戦う限り、もはや勝敗は分かりません……が。



「ふふ」



 ライムは無意識に笑みを浮かべていました。

 この危険を、緊張を、彼女は心から楽しんでいたのです。



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