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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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新装備


 どんな分野であれ、明確な目標があると生活に張りが出るものです。

 午前中は騎士団の公開訓練に参加しての基礎体力作り。

 昼食と腹ごなしの休憩を挟んでから、新しい魔法道具の習熟訓練。

 普通ならそんな生活が三日も続けば筋肉痛と蓄積した疲労で動くのが億劫になりそうなものですが、レンリが開発した『癒し棒』のおかげもあって、むしろ特訓を始める前よりも調子が良くなったくらいだとルカは感じていました。



「お、おかわり……っ」


「ルカ姉、最近よく食べるなー?」


「えへへ、その……最近、ごはんが、おいしくて」



 今朝もルカは朝からパンやスープを三人前ほどもおかわりしていました。

 運動する直前に食べ過ぎると具合を悪くしてしまいそうですし、ダイエットも依然継続中なのですが、眠っている間にお腹があまりにも空き過ぎてしまい、ついつい手が伸びてしまうのです。

 とはいえ、ここ三日ほどそんな食べっぷりが朝昼晩と合間のオヤツまで続いても、特に太った様子はありません。それどころか、若干ではありますがダイエット開始前より顔つきがほっそりしてきたくらいです。



「ルカ、大丈夫なの? その、色々と」


「いっぱい、運動してる、から……大丈夫、だよ」



 連日のハードなトレーニング。

 そして『癒し棒』で代謝を向上させているおかげだろうとルカ自身は見ています。

 トレーニングや休憩中のみならず、家事や寝る前のちょっとした空き時間などを見つけては魔力を流し続け、合計したら一日の半分以上は使っていることになるでしょうか。

 魔力を流すコツも掴み、今では何か他のことをしながらの「ながら作業」で出来るようになったので、起きている時はほとんどずっと使い続けているようなもの。最初に渡された時に聞いた「長時間の使用は避けるように」という注意を破る形になることに若干の心苦しさはありましたし、副作用の強烈な空腹には耐え難いものもありますが、それでもお手軽に痩せられるのは魅力的に思えてしまったのです。

 実際、最初の数日は上手く体重を減らせたことも、『癒し棒』をダイエットに活用できるという思い込みを助長する結果になってしまいました。


 その誤解が解けるまでにはあと数日を要することになるのですが、まあ、その点についてはいいでしょう。デメリットが表面化しても、ただちに健康を害するようなものでもありませんので。






 ◆◆◆







 この日もルカ達は午前の体力作りを終え、食事休憩を挟んだ後にマールス邸の中庭で新しい道具の習熟訓練を行っていました。庭の一角にはレンリが工房として使っている小屋もあり、また個人宅にしてはかなり広い面積があるので練習するにはもってこいです。



「よしよし。ルカ君も、だいぶ扱いに慣れてきたみたいだね」


「う、うん……なんとか」



 現在、ルカ達は一緒にナイフを扱う練習をしていました。

 それも一本だけではなく、腰周りに巻いたベルト型のナイフホルダーには左右三本ずつ、計六本ものナイフが鞘ごと収まるようになっています。そのナイフホルダーを三人ともが同じように装備していました。

 

 長剣や短剣を試してみたことはあるものの、ルカはどうも刃筋を通すのが苦手で、上手く刃物系の武器を扱うことができませんでした。料理に使う包丁なら器用に操れるのですが、まな板の上で細かな作業をする包丁と、敵を倒すために強く大きく振る剣とでは、まるで使い勝手が違うようです。

 それはもしかしたら、強すぎる握力で剣の柄を握り潰してしまわないようにという無意識の加減が影響してのことかもしれませんが、まあそれはさておき。


 今現在、こうしてナイフを何本も装備してはいますが、別にこの数日の特訓でルカが刃物の扱いを覚えたわけではありません。仮に武器として魔物に向けて振るっても、大きく空振るか自分の力で刃を折ってしまうのがオチでしょう。


 そも、刃渡りは精々10cm程度。

 材質はごく普通の青銅製。

 名工が手がけた武具の中には青銅製といえど名品とされる物も存在しますが、このナイフはごく普通の金物屋に並んでいる安物で、そこらの包丁とも大差ない性能です。いえ、刃渡りの短さを考えると殺傷力という意味では包丁以下でしょうか。手紙の封を切るとか果物の皮を剥くくらいならできそうですが、とても戦闘では使えません。

 丈夫な毛皮や甲殻に守られた魔物相手なら、僅かな傷をつけるだけでも一苦労。これを使って敵を倒せるくらいの達人なら、いっそ最初から徒手空拳で戦ったほうが強いことでしょう。


 ましてやライム相手なら、剥き出しの刃が当たったとしても肌に刺さるかどうかすら怪しいものです。いえ、刺した刃のほうが欠けるか折れるかする可能性のほうが高いかもしれません。これに関してはルカも似たようなものですが、極まった強化魔法は皮膚の柔らかさをそのままに鋼鉄以上の耐久力を持ち主にもたらすのです。


 ……が、それでも別に問題はありません。

 どうせ、このナイフは攻撃に用いるのが目的ではないのですから。

 そもそも鞘から抜く気すらありません。


 

「よし。それじゃ次は十個いくぞ」


「うん……お願い、しますっ」



 ルカが腰の左右に差したナイフに触れた直後、10mほど離れた位置に立つルグが、握り拳ほどもある石を彼女に向けて思い切り投げつけました。それも一つではなく連続で。

 ルカなら当たったところで怪我どころか痛みを感じるかも怪しいものですが、それはそれとして、普段の彼女なら恐怖のあまり立ち竦んでしまうことでしょう。一般人なら大怪我は間違いなし。


 ですが無論、ルグがいきなりDV彼氏になってしまったわけではありません。


 ルカは石の軌道を冷静に見極めると、左手はナイフの柄に添えたまま、反対側の右手で自分に向けて飛んでくる石を軽く払い落としました。

 続く二投目、三投目に対しても、最低限の動作で回避したり、人差し指と中指で挟んでキャッチしたりと片手のみで対処。その後の四投目に対してなど、先にキャッチした石を飛んでくる軌道上に軽く放って正確に撃ち落したほどです。その後も最後の十投目まで被弾することなく冷静に対処を続け、一切の危なげなく全ての石を凌ぎ切りました。


 これまでは強すぎる力をほとんど使いこなせずに持て余していたルカですが、これではまるでライム並み……とまでいかずとも、ちょっとした武術の達人並みの技量であることは間違いないように思えます。今の投石が本物の突きや蹴りだとしても、同程度のスピードであれば決して彼女の脅威にはなり得ないでしょう。



「大丈夫か。どこも当たってないよな?」


「うん、大丈夫……だよ」


「ルカ君は元々の魔力量が多いから発動も安定してるね」



 もちろん、この急激な成長ぶりには種も仕掛けもありました。

 より具体的には、彼女達が腰に差しているナイフがその仕掛けです。


 これらのナイフは、その全てが魔法の効果を秘めた魔剣。

 今の特訓でルカが発動させたのはルグが使っている超集中ゾーン状態に入る効果を持つ魔剣と同じ種類だったので、高速で飛んでくる石がまるで止まっているかのようなスローモーションに見えたのです。この魔剣の欠点は魔力の消耗が激しいことでしたが、ルカの膨大な魔力量があれば軽く一時間以上は効果を維持できます。

 ライムの攻撃は、特に必殺技でもなんでもない普通の突きや蹴りでも目に見えない速さですし、本気で気配を消されたら目の前にいても見失うほど。ですが、全員がこのナイフの効果で集中状態を維持していれば、見失ったまま何もできないという事態だけは避けられるはず。


 とはいえ、それだけは最低限「戦い」になるであろうというだけで、とても勝機には繋がりません。いくら相手の攻撃が見えても、こちらの攻撃が当たらなければ負けるのは時間の問題です。



「よし、それじゃあ次の特訓に移ろうか!」


「本番までに全部を使いこなせるようにならないとな」


「う、うん……がんばろう、ね」



 よって、今度の試合でどれだけ善戦できるかは、彼女らがどれだけ新しい魔剣を使いこなせるかにかかっていると言っても過言ではありません。

 少なくとも、武器に使われているようでは論外。

 選択肢の多さに戸惑って、かえって判断が遅れたのでは目も当てられません。こうして毎日している練習には、状況に応じて最適な効果を持つ魔剣を咄嗟に選べるようにする訓練も含まれているのです。判断に迷った場合にも、反射的に先程の超集中状態を発動して冷静に状況を見極められるようにしています。


 あえて武器としての性能は期待できない安物の青銅ナイフを魔剣に加工したのも、製作の簡易性と量産性を求めたからこそ。練習中に気付いた点があれば、すぐにレンリが魔剣の術式に改良を加えていきます。そういう意味でも工房のある中庭を練習場所に選んだのは好都合でした。


 三人がそれぞれ何種類もの魔剣を使いこなせば必ずや勝てる、とまでの確信は本人達にも未だありませんが、これなら一方的な惨敗だけは避けられる……かもしれません。






 ◆◆◆







 ────そして更に数日後。

 とうとうライムとの約束の日が訪れました。



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