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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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想起:産めよ、増えよ、地に満ちよ


 これは今より少しばかり前のこと。

 迷宮都市の、とある宿の一室であった話。



『それにしても、あの街も随分と大きくなったようで。きっと、これからも更に人が増えて発展し続けるのでしょうね。ええ、大いに結構なことです』



 訪問者(カミサマ)はそんな風に言いました。



『先程、迷宮は中に入った方々を栄養にして育つと言いましたが、既にその根は“外側”にまで伸びつつあります。今の段階では世界中余さずとはいきませんが、聖杖のすぐ近くだけであれば同じように。迷宮内部に比べれば効率は落ちますが、まあ、そこは量でカバーするということで』



 聖杖が内包する迷宮は、人々の情報を栄養源として育つ。

 そして、その対象はもはや迷宮内部だけに留まらない。



『都合の良いことに、あの街はますます大きくなるのでしょうし。ああいえ、わたくしが特に何かするわけではないですよ。余程のことがない限り、人界の(まつりごと)に直接干渉することはありません。ですが、分かるのですよ』



 街が大きくなり、人が増えれば、迷宮はより効率良く成長する。

 わざわざ神が干渉するまでもなく、人々自身の手によって必ずそうなる。



『わたくしは言葉通りの全知全能ではありませんが、それでも随分長いこと人間の皆さんを見てきましたから。それはもう、長く、永く。なので、分かります。これは予知ではなく、あくまで経験則からの予想ですが、きっとそうなります』



 人間という種の本質に根ざした習性、みたいなもの。

 こういう状況では、必ずこう行動する。

 条件が変われば、こんな結果になる。

 例外はあるにせよ、そうした傾向を導くことは決して不可能ではないでしょう。



『人の欲は尽きぬもの。ああいえ、欲を抱くのが絶対に悪いなどとは申しませんよ。より安楽な暮らしを求める向上心。己や親しい他者を幸せにしたいという善意、そして愛。それらも欲には違いありませんが、ええ、どれも実に素晴らしいものです』



 更なる幸福を。

 今以上に豊かな暮らしを。

 人であるなら誰もが抱くそんな気持ちが、街を広げ、人を集める。

 それが、結果的に何をもたらすのかを知らぬまま。



『何の為にそんなことをするのか、ですか? ふふ、そんなの決まっているじゃありませんか。わたくしは人間が好きなのですよ。とても、とても大好きなのです。それはもう、食べてしまいたいくらいに』







 ◆◆◆







 ――――晩餐会の翌日。

 レンリ達は学都の市壁外に広がる野原を見に来ていました。

 いえ正確には、ほとんど自然のままだった野原がすさまじい勢いで掘り返され、平らに均され、『新市街』として作り変えられる現場を、ですが。


 昨夜の晩餐会で一足先に発表されたことではありますが、今朝の新聞各紙や役所を通じて発表された『新市街計画』は学都の人々に大きな衝撃と、そして希望を与えました。

 街の拡大、それも今の三倍もの人口に対応できるようにするほどの計画ともなると、それは国家規模の大事業。無論、これほどの大事を伯爵家や役所だけで済ませることなどできません。事業に一枚噛むことができれば、商売人にとっては一世一代の大商いの好機となるでしょう。


 そして、計画にはシモン率いる学都方面軍も全面的に協力しています。

 騎士や兵士にとって陣地の構築はお手の物。

 今も、魔法兵の操る巨大ゴーレムが何十体も地面を均していました。巨大な岩を打ち砕き、邪魔な木々は根っこから引っこ抜き、ほんの数時間の間にみるみる地形が変わっていきます。



「昨日聞いた時には流石に大言が過ぎるんじゃないかと思ったけど、これなら本当に一年以内で済んじゃいそうだ」


「うん……すごい、迫力」



 昨夜、伯爵が言っていた「一年以内に完成させる」という言葉は、決して虚勢などではありません。それだけの時間があれば十分に終わらせることができるという、綿密な計画と自信に基づいての発言だったのでしょう。



「見物の方はもう少し下がって下さい! そこ、危ないから線から出ないで!」


「おっと、失礼」



 レンリ達以外にも見物客は多くいます。機を見るに敏い行商人が、新聞や軽食を立ち売りで販売している姿も見られました。

 ただ地面を均しているだけとはいえ、巨大ゴーレムの集団はそれだけで見応え十分。巨大なゴーレムにうっかり踏み潰されでもしたら危険なので、ロープで仕切られた立ち入り禁止エリアの外に集まっている形ですが、時折、サービス精神旺盛な魔法兵がゴーレムの手を振らせたりして、その度に歓声が上がっています。



「それにしても、叔父様がこんな仕事をしてるなんて全く気付きませんでしたよ」


「ははは、昨日までは守秘義務があったものでね」


「でも忙しいでしょうに、こんな所で呑気に見物なんかしてていいんですか?」


「ああ、実を言うと僕の出番はもう半分以上終わってるようなものなんだ」



 今日は珍しくレンリの叔父のマールス氏も一緒に来ています。植物魔法学者として都市計画の重要な役割を担っている……はずなのですが、氏はなんとも気楽な様子です。



「ほら、人が増えても、それを食べさせないといけないだろう? 輸入に頼るにしても、そんな大量の食料を他領や他国から買い続けるのはコストが嵩みすぎるし。でも、我々が品種改良した作物と画期的な農法があれば、今の三倍だろうが五倍だろうが余裕で食べさせていける……はずなんだよ。理論上は」


「理論上は、ですか?」


「ああ、理論上は。僕一人じゃなくて他の何人かとの共同研究だし、弟子達も頑張ってくれてるし、多分大丈夫だとは思うけど」



 マールス氏の主な役割は、増えた人口を支えるための食料の増産と、その為に必要な作物の改良・開発。その開発部分に関しては、更なる改良の余地は残るにせよ、もうほとんど終わっていました。いえ、その目途が立ったからこそ『新市街計画』を本格的に始められたとも言えます。



「まあ全くのお役御免ってわけじゃなくて、領内の農村を巡って農法の指導をしたりだとか、あとは新しい村もいくつか作るって聞いてるから、その手伝いをすることはありそうだけどね」



 現伯爵領には、領都である学都以外にもいくつもの街や村があります。『新市街計画』を進めるに当たっては、領内の食料生産を支えるそれらの集落も発展させ、また新たな村落を作ることも必要になってくるでしょう。

 既に開拓に適した候補地の選定は完了しており、開拓のある程度の部分までは学都方面軍のゴーレム部隊が支援することになっています。その能力の凄まじさは見ての通り。数日から、長くても数週間もあれば、無人の土地を人が定住できるように作り変えられるはずです。


 通常の、全て人力の手作業のみで行う開拓とは比べ物にもならない好条件。

 なおかつ当面は資金面での援助まで受けられるとなれば、領内外の農村から、家を継げず嫁も取れないような次男三男以下の若者が大量に集まってくることでしょう。






「……これが、あの神様が言ってたことか」


 レンリは、隣の叔父に聞こえない小声でぽつりと独り言を零しました。

 彼女としても、まさかこんなにも早く、これほどの規模で事態が動くとは考えていなかったけれど、『新市街計画』もそれに連動して起こる様々な動きも、少し前に迷宮都市の宿で聞いた話をピッタリなぞっているかのようです。



「なるほど、大した先見性だ」



 流石は神と言うべきか。

 あるいは、単なる年の功かもしれませんが。

 きっと、これから驚くほどの早さで学都やその周辺地域は発展し、移住者を受け入れ、大きく成長していくに違いありません。神ならぬ人の身であるレンリ達にも、その未来はほとんど確信と言えるほど確かなものに感じられました。


 この動きは、もう止まらない。

 そして、決して誰にも止められない。たとえ正義を守る勇者でも、ささやかな幸福を望む人々の願いは止められない。否、きっと止めようとすら思わない。


「さて、それなら私はどうしよう?」



◆本章の最初にもありましたが、七章では今後も「想起」という形で如何にも思わせぶりな、幾通りにも解釈できそうな回想を時々挟んでいくと思います。レンリ達にとっては前章終盤の時点で既に聞いた話ではありますが。

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