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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
七章『終末論・救世機関』

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学都の若者達


 学都西側にある職人街。

 トンテンカンとトンカチを振る音や、ノコギリを引くギコギコ音、どこぞの親方の怒鳴り声など、学都の中でも中央以南の商業区と並んで、かつ違った意味合いでとても賑やかな区画です。


 そんな職人街の一角で、十数人の若者が激しく走り回っていました。

 足だけでボールを蹴って運び、敵陣奥のゴールに入れる蹴球サッカーです。 


 参加者の年齢は、下は十歳くらいから上は二十代半ばまで。

 職人や商人、非番の兵士、学生、冒険者等々。

 若い男であるという以外には体格にも職業にも統一感はありません。

 特に決まったチームというものはなく、その時々で参加する面子の体格や運動神経を考えながら大体戦力が均等になるように分けているだけ。目印として適当な壁に引っ掛けてある洗濯紐の間をボールが通過すればゴール。ポジションもその場のノリで決めている、純粋な遊びとしてのスポーツです。


 

「ボールこっち回せ!」


「走れ、ゴール前がら空きだ」



 彼らが追っているのは革を縫って作ったボール。それも店で売っているような綺麗な物ではなく、革職人の工房で働く見習いが、自分達で遊ぶために廃棄予定だった端材で拵えた簡素なものです。球形になるように革を縫い合わせ、服の工房に勤める仲間が貰ってきた端布や綿をぎゅうぎゅうに詰めただけ。腕はさておき材料が良くないせいでツギハギの不恰好なボールになっていますが、ここにそんな見目を気にする者は誰一人いません。



「パスよこせ、決めてやる!」


「おう……っと、うわ!?」



 体格の良い大工の若者が味方のパスを受ける直前、死角から飛び出てきた小柄な影が素早くパスカット。ボールを奪ったルグ・・は、敵が体勢を立て直す前にドリブルで敵陣に切り込みます。



「あいつ速いぞ」


「一人で行くな、皆で囲め!」



 きちんと整備された競技場ではありません。道にはみ出して置かれている作業台や、壁に立てかけられた材木などの邪魔者がそこかしこにありますが、ルグは器用なジグザグ走りで障害物と敵の追跡を避けながら走ります。



「頼んだっ」


「任された!」



 当然、敵もボールを追いかけてきますが、追いつかれる直前に敵ゴール前で待機していた長身の味方に高いパス。ルグのアシストの甲斐あって、見事にヘディングで一点を決めてくれました。







 ◆◆◆







「よし、メシ行こうぜ」


「やべっ、昼休憩終わっちまう!? こりゃ、また親方にどやされるな」


「午後の講義の前に貸本屋に返しに行かないと」


 現在の時刻は正午をいくらか過ぎたあたり。

 そろそろ昼食時ということもあって、点の入ったキリの良いところで解散となりました。

 休日で時間に余裕のある者はのんびりと、仕事の休憩時間を利用して遊んでいた者は大急ぎで、それぞれこの場を後にしつつあります。



「よっ、悪い待たせたか?」


「ううん……か、格好よかった……っ」



 ルグも、途中から道の隅で応援していたルカと合流しました。

 ゲーム終了を待っていたせいで約束の時間よりも少し遅れていますが、そんなことよりもルグが活躍する場面を見れたルカは大変嬉しそうにしています。



「さっきのは、何か……新しい、特訓?」


「いや。そういうのじゃなくて、ただの遊び。結構楽しかったぞ」



 走り回って汗をかいてはいましたが、ルグにとっても先程のサッカーは特に身体や技術を鍛えることを目的としたわけではない、純粋に楽しむための遊びです。



「実は、前から時々誘われることはあったんだけどさ」



 ルグは元々人当たりが良いタイプですし、初対面の相手にも物怖じしません。

 日課の走り込みや買い物などする中で挨拶を交わしたりして、彼にも学都での知り合いはそれなりに増えていました。ルグは決して、女子とばかり仲良くして同性の友達が一人もいない寂しい奴というわけではないのです。ええ、決してそんなことはありません。本当です。嘘ではありません。


 まあ、つい最近まではそんな友人達とは時折軽く話すくらいで、遊びに誘われても丁重に断ってばかりだったのですけれど。迷宮都市に行く前のルグは時間が空いても筋トレや素振りなどの鍛錬をしてばかりでした。こうして同年代の少年達に交ざって遊ぼうと考えたのは、ごく最近の心境の変化によるものでしょう。







「おおい、俺達これから昼飯行くけど一緒にどうだ?」


「すっげぇ安い穴場の店に連れてってやるよ」



 そして、共に一つのボールを追いかけたおかげでしょうか。

 先程まで遊んでいた面々の何人かがルグに昼食の誘いをかけてきました。敵も味方も関係なく、共に楽しく遊べば多少の距離感など一気に縮むものなのです。



「悪い、メシはまた今度で。ほら、彼女が弁当作ってきてるから」


「え、あ……ど、どうも」



 もっとも、昼食に関しては先約があったので残念ながら断ることになりましたが。


 

「おまっ、彼女持ちかよ!?」


「羨ましい!」


「この裏切り者!」



 誘ってくれた気の良い少年達は、何やら傷ついたような表情と捨て台詞を残して走り去っていきました。せっかく縮んだ距離感が一瞬にして離れた気もしますが、まあ次に会う時までには彼らも機嫌を直してくれていることでしょう。








 ともあれ、ルグとルカは少し歩いた先の広場のベンチで昼食を食べ始めました。

 まだ春と呼ぶには少し早い時期ですが、今日は日差しもポカポカと暖かく心地の良い陽気です。周囲を見渡せば、同じように弁当や屋台で購入した食べ物を口に運んでいる人々の姿も見られます。



「うん、美味い」


「えへへ……いっぱい、食べてね」


「旅行中にも色々食べたけど、ルカの作るメシが一番美味いよ」


「そ、それは……言いすぎ……ふふ、うれしい、けど」



 ルカの料理の腕前は、普段から姉を手伝っているので同年代の中では上手いほうですが、流石にプロ級とまではいきません。

 ……にも関わらず、それほどまでにルグが美味しく感じているのは、ある種の精神的なスパイスによるものでしょう。表面的な態度や言葉にこそあまり変化がありませんが、この少年、なんだかんだでルカにべた惚れしているのです。



「あれ、ルカあんまり食ってないな?」



 しかし、美味い美味いと食を進めるルグとは反対に、ルカの食事の手はあまり進んでいません。

 今朝方、兄や姉に言われたことを、つまりは近頃ちょっと丸くなってきたのではないかという指摘を気にしているのです。

 実のところ、ルカ自身も最近なんとなく服や下着のサイズがキツいような気はしていたのですが、他の人間から指摘された以上は「気のせい」や「成長期」で自分を誤魔化すのも限界でした。



「どこか調子悪いのか?」


「ううん、そうじゃ……なくて」



 完全な絶食では健康を損ねるので、食事量を減らしながら運動量を増やしていこうと方針を立て、今も早速そのように食事ペースを抑えているのです。


 けれど、そういった事情をそのまま正直に伝えるのはルカとしては少なからず、いえかなり抵抗がありました。多少太ったくらいでルグが彼女を嫌うはずもありませんし、ルカとしても彼を信頼してはいますが、そこはそれ。乙女心は複雑なのです。




「あ、そうか。今日は夕方からアレだし、腹を空かせといたほうがいいな」


「……あっ」



 ルカが言いよどんで言葉を濁している間に、ルグは勝手に納得してくれました。そしてルカもまた夕方からの用事を思い出しました。昼食を終えたら夕方まで二人で買い物などする予定だったのですが、今日はその後に大事な予定があるのです。



「シモンさんの復職祝い。領主の伯爵さんが高いレストランを貸し切って、知り合いとか騎士団の人とかも皆集めてやってくれるって話だもんな。ちゃんと腹を空かせとかないと」


「そ、そう……だね」



 実際にシモンが職務に復帰するのは明日からなのですが、今夜はその前祝いということで、ルカ達も招待されているのです。街で一番美味いとも噂される(少なくとも値段は間違いなく一番の)高級店が会場ですし、さぞや豪勢なご馳走が出てくることでしょう。

 ルカの作ってきた弁当に関しても、傷みやすい食材優先で食べてしまえば明日の朝食に回すなりできるので、今残しても無駄になることはありません。



「楽しみだな」


「う、うん……楽しみ」



 体調不良でもないのに食事を残すのは失礼ですし、単純に高くて美味しい物なら純粋に楽しみたい。なのでダイエットの本番は明日からにしておこう、と。

 ルカの計画は、開始初日にして早くも妥協を迫られることになっていました。



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