異界旅行記⑤
「それじゃあ、今度はお買い物の時間ですよー」
「「「はーい」」」
昼食を終えた一行がやって来たのは東京都新宿区。
お腹も膨れたところで、次はいよいよお待ちかねのショッピングの時間です。
まだ具体的にどういうルートで何を買うかは決めていないのですが、新宿近辺なら大抵の品物は揃いますし、車で明治通りを移動すれば渋谷や池袋までもあっという間に移動できます。
「というわけで、何か欲しい物がある人は言ってくださいね?」
「はい! 本屋! 本屋に行きたいです!」
運転中のリサに、レンリが勢いよく答えました。
「本? 買っても字が読めないんじゃ意味ないだろ?」
「ちっちっち。甘いね、ルー君。それなら時間をかけて解読するなり、こっちの言葉を覚えるなりしてゆっくり読み解けばいいのだよ」
ルグが指摘したように日本語はほとんど分からないのですが、その程度の障害でレンリの知的好奇心がおとなしくなるはずもありません。言葉が分からなければ覚えればいいのです。
学都に帰ってからもライムやシモンに教わることはできるでしょうし、あながち不可能というわけでもありません。少なくとも、現代の誰一人理解できない古文書に挑む考古学者よりはずっと有利な条件です。
「そ、それなら、わたしも……お料理の、本を」
「料理の本だったら、わたしも結構読んでますからオススメのを紹介しますよ。写真が多めのやつなら分かりやすいと思いますし」
「決まりだね! じゃあ、早速本屋に出発だ」
そんなレンリの熱意に当てられたのか、ルカも賛成に一票。
特に反対意見もなかったので、最初の目的地は本屋に決まりました。
◆◆◆
「いや、買いすぎだろ! 何冊あるんだよ?」
「え、そうかな? これでも厳選したつもりなんだけど」
新宿駅近くの大型書店を出たレンリ達は、それはそれは大きな荷物を抱えていました。
全部で三十冊くらいでしょうか。
ルカの料理本や、ウルの選んだ可愛い動物の写真集などもありますが、大半はレンリの購入した品物です。冊数だけなら大したことないようにも思えますが、分厚い百科事典や図鑑の類が少なからず含まれており、重量も体積もかなりのものになっていました。というか、買った本人が持ちきれずにルグやシモンにほとんど持ってもらっているような有様でした。
「と、とりあえず荷物は車に……」
これだけ量が増えると当然ながら金額も相応のものになります。
後で清算する約束にはなっていますが、費用を立て替えたリサも冷や汗をかいていました。清算するといっても公的に取引内容が保障された正式な両替というわけではありません。それに、あちらの世界のお金で戻ってきても、減った分の日本円はそのままなのです。
配偶者の肩書きを考えるとリサも王妃様ということになるのですが、当然ながらそれで日本円での収入が増えるはずもありません。いきなり十万円近い支払いを迫られるのは、なかなか精神的にキツイものがありました。
「いや、良い買い物をしたね。じゃあ、次はどこに行こうか?」
リサの苦悩を知ってか知らずか、物欲に火のついたレンリは実に生き生きとしています。これでも流石は生粋の貴族というべきか、大金を使うことへの躊躇がありません。
いえ、異世界の物品など本来は幾ら積んでも買えないのですから、形はどうあれお金で買える時点で安いと思っているのかもしれませんが。
「聞いてはいたけど、こっちの人は本当に武器を持ってないんだね。ってことは、残念だけど武器屋はないか」
「こっちの世界でも、海外なら街中に銃砲店とかあったりするらしいですけどね。日本で買えるのだとモデルガンとか、あとは観光客向けのお土産屋さんなら刃のついてない模造刀が売ってるかもしれませんけど」
「模造品かー……いや、でもそれはそれで貴重な資料だ。やっぱり欲しい!」
「ま、まあ、それくらいならなんとか……」
流石に日本国内にレンリ達の世界のような武器屋はありませんが(厳密には刀剣を扱う業者は存在しますが、所持許可の申請や身元証明等の関係で即日購入とはいきません)、お土産屋で海外の観光客向けに置いている模造刀を購入し……、
「こっちの鉱石とかも資料として確保しておきたいけど、どこに売ってるのか分かります?」
「え、鉱石? いや、どこでしょうね。わたしは買ったことがないのでなんとも……あっ、パワーストーンとかのお店なら色々あるかも」
「じゃあ、そこにお願いします」
パワーストーンやそれを加工したアクセサリーを扱う店で、見慣れない種類の鉱石を中心にデザイン度外視で片っ端から確保して、
「そうそう、あの『たぶれっと』っていうのも欲しかったんだ。どこに行けば買えます?」
「え、タブレットですか? 買っても向こうじゃ充電できないから、家くらいでしか使えませんよ。ネットにも繋げませんし」
「そっか、残念……いや、それでも分解して中身を調べることくらいは……」
「いや、それは流石に勿体ないですから勘弁してください」
続いて赴いた電気屋では、リサが頭を下げながら説得した甲斐あってタブレット型デバイスの入手は断念したものの、仕組みを知りたいということで先程の書店に取って返し、理系の大学生が読むような機械工学の解説書や、プログラム言語の入門書、何故か数学の問題集まで買い漁っていました。
「下ろしておいたお金で足りるかな? いざとなったらカードの分割払いでなんとか……」
そうしてレンリが好き勝手に買い物の方針を決める間、他の皆も何もしていなかったわけではありません。ルグが綺麗な髪留めをルカへのプレゼント用に買ったり、シモンとライムがドラッグストアで特売品のプロテインをまとめ買いしていました……が、精々その程度。
基本的に、レンリ以外はあまり物欲がないタイプなのです。
リサにとっては、それがまだしもの救いだったと言えるでしょう。
「そうそう、砥石とかも見ておきたいな。工具の類も」
「え、えっと、それならホームセンターにあるかな?」
「金属を融かす炉なんかも見ておきたいけど、流石に持ち帰るのは無理ですかね?」
「え、炉!?」
……とはいえ、次第に自重を忘れつつあるレンリの前では焼け石に水ですが。
まあ、「お金がないからこれ以上は無理」とリサが一言伝えればそれで済む話ではあるのですが、せっかく買い物を楽しんでいる皆をがっかりさせたくはありませんし、変に気を遣われるのも不本意です。
リサにだって年長者としての見栄がないわけじゃありません。
勇者云々はさておき、年上の『お姉さん』として(断じて『おばさん』にあらず。まだまだ二十代後半です)、気前が良くて頼りになる姿を見せたいという気持ちだってあります。
結果的に、その見栄のせいで悩ましい立場に置かれているのですけれど。
遠慮せずに楽しんでもらいたいけれど、現実問題として出費が増えすぎるのは苦しい。かつての現役勇者時代を振り返ってみても、これほどの苦戦を強いられた経験はほとんど見当たらないほどです。ある意味、大戦果と言えるかもしれません。当のレンリに苦しめている自覚はありませんが。
「あ、いましたよ」
しかし、心配ご無用。
リサのピンチには、いつだって頼りになる彼らが駆けつけてくれるのです。
今回もまたそうなりました。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった。今日は珍しくランチが忙しくて」
「お店はコスモスに任せてきましたから、幼稚園の迎えの時間までは一緒に行動できますよ」
「あっ、あなた! アリスも!」
予定より少し遅れましたが、ここへ来てようやく魔王とアリスが合流しました。魔力を探っておおよその位置を察知し、目立たないように近くまで転移してきたのでしょう。
彼らがいれば百人力。
これでもう、何も怖いものはありません。
リサは他の皆に聞こえないよう気を付けながら、愛する二人に大事な言葉を伝えました。
「……ごめん、お金貸して」
◆◆◆◆◆◆
《おまけ》
◆
今回で四百話です。
いつもご愛読ありがとうございます&これからもよろしくお願いします。
◆
あと(多分)二話くらいで今章はおしまい。
次章は久しぶりに迷宮が主な舞台になりそうです。
◆
面白いと思ったら、評価や感想やレビューなどいただけると励みになります。
……いつもコレ書こうと思ってるのに何か忘れがちなんですわ。




