表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/1047

編纂魔法


「その……あの……教えて、欲し……ですけど……」


 聖杖内大図書館にて。

 ルカは意を決して個性的な司書に問いかけてみたのですが、



「ほほう、奇遇ですね。私からも一つお聞きしたいことがありまして」


「え、え……?」



 何故か逆に質問を返されました。

 質問に質問を返すというのはあまり宜しくない行為だとも言われますが、どうも、そのあたりの常識が通用する相手ではなさそうです。



「せっかく綺麗なお顔をしてるのに、なんで前髪で隠しているのです? 視力も落ちますし、ヘアスタイルの変更をオススメしますが?」



 司書からの質問というのは、ルカの髪型についてでした。

 ここ数日の付き合いでレンリ達は見慣れ始めていましたが、顔の前半分までが前髪で隠れているというのは確かに奇妙かもしれません。



「あっ……!?」


「ほほう、これはなかなか」



 そして、ルカが止める間もなく、司書は彼女の前髪を手でかき上げ素顔を顕わにしました。



「おや、確かにこれは可愛いらしい」


「うん、いいんじゃないか?」


「や、やめ……恥ずかし……から!?」



 初めてはっきり見る素顔はレンリやルグにも好評でしたが、ルカは顔を真っ赤にして恥ずかしがっています。

 非常に恥ずかしがり屋な彼女がどうにか家族以外と話せるのも、顔を隠して目を合わせずにいるからこそ。心理的な防壁を失ったルカは一瞬パニックに陥りかけ……、



「ははは、よいではないか、よいではないか……ぐふぅ!?」



 調子こいて髪を編もうとしていた司書のボディに重い一撃を捻じ込みました。

 まあ、意識的に殴ったというよりは振り回した手が偶然当たっただけなのですが、ルカの怪力による一撃で司書の身体は背後に吹っ飛んで轟音と共に辺りの本棚を薙ぎ倒しました。



「あれ、大丈夫かな?」


「し、死……死ん……!?」


「いや……なんか大丈夫っぽい」



 もしや、殺ってしまったかと心配したルカ達でしたが、数秒後、司書は何事もなかったかのように立ち上がり、



「……ふふ、いいパンチでした、貴女に教えることはもう何もありません……」


「ごめんなさ……だ、大丈夫……です、か?」


「そもそも、まだ何も教わってないしね」



 ……普通にボケ倒していました。

 どうやら、見た目によらずかなり頑丈な身体をしているようです。







 ◆◆◆







「ほう、『知恵の木の実』を?」


「うん、ルカ君が先日見つけてね。ただ、体感では効果が分からなかったらしいから、ここで確認して貰おうと思ってきたのだけど……」



 起き上がってきた司書を相手に、今度はルカに代わってレンリが用件を話すことにしました。

 どうもこの司書、意図的に話を明後日の方向に持っていこうとするフシがあるので、口下手なルカだと手玉に取られかねないと判断してのことです。



「なるほど、なるほど。なんだ、最初からそう言ってもらえれば話が早く済んだでしょうに」


「いや、話を逸らしてたのはそっち……いや、また脱線しそうだし、それでいいや」



 ちょくちょくイラっと来る相槌を打ってきますが、ここで反応していては話が進みません。ここはグッと堪えるのが正解です。



「いえ、実を言うと最初から見当は付いていたんですけどね。ここに来る人の目的って割と絞られますし。ただ、ここのお仕事ってお給金はいいんですけど結構ヒマでして、いつも、来る人で遊んで時間を潰しているのですよ」


「なんてロクでもない理由だ……」



 そもそも、あえて説明するでもなくルカ達の目的に察しが付いていたようです。

 話を逸らすのも単により長くヒマを潰す為。

 レンリにも大概自身がマイペースな自覚はありましたが、ダメ人間としてのレベルが遥かに違いました。




「ああ、そういえば……噂を聞いたことがある」


「な、なに……を?」



 不意に出たレンリの呟きにルカが反応しました。

 司書は構って欲しそうに変なポーズを取っていますが、あえて無視しています。



「神造迷宮が出現した当初、もう四年くらい前だけど、ここの司書達の正体を調べようとした神学者がいたらしいんだ。場所が場所なものだから、本物の天使や聖霊が人の姿を取っているんじゃないかって考えたらしい……けど」


「けど?」



 この聖杖や神造迷宮が神様由来の施設であるなら、そのような発想をしたこと自体に不思議はないでしょう。容姿や能力だけを見ればまさに神秘的・神懸り的とも言えますし、神学者や宗教関係者が彼女達の正体に注目したのも無理はありません。



「毎日毎日、根気強くここに通っていた真面目な神学者は、一体何が起きたのか、故郷の知人が訪ねてきた頃にはパッパラパーの遊び人になっていたらしい」


「ああ、そういえばいましたね、そんな方。当時は今よりヒマでヒマで、毎日お喋りに付き合って頂いたものです。最初のうちは面白味が足りない堅物さんでしたが、最後のほうには昼間から酔っ払って面白愉快な感じになっていましたっけ」



 可哀想に、その真面目な学者はここの司書達にすっかり毒されてしまったのでしょう。根気強く暇潰しの無駄話に付き合っているうちに、人格レベルで汚染、もとい影響を受けてしまったようです。



「なるほど、この人達の影響で頭が……うん、その、なんか可哀想な感じになったのか」


「どうしてそんなことになったのか不思議だったんだけど……よく分かったよ」







 ◆◆◆







「さて、それではパパッと済ませてしまいましょう。ええと、ルカさん? その辺りに立って下さい」


「は、はい……」



 その後も、不思議な踊りや異様に上手い声真似芸等を披露して話を逸らそうとしてきましたが、レンリ達が必死にツッコミたい衝動を堪えていると、ようやく仕事をする気になったようです。


 

「おやおや、緊張していますね。大丈夫ですよ、痛くありませんから……むしろ気持ちいいくらいで」



 後半は聞こえないような小声で言いました。

 今回の目的はルカの記憶を探って以前の『知恵の木の実』で何が得られたのかを確認することなのですが、その確認方法は何かしらの問題があるようです。



「では」



 司書が魔力を手に集めると、何もなかった手中に真っ白な本が出現しました。

 詠唱はありませんでしたが、なんらかの魔法を行使したのでしょう。



「……ひゃぁっ!? ……っ!」 



 と、突然ルカが声を上げたかと思えば、身体のあちこちから薄ぼんやりと光るもやが浮き出て、司書の手元にある本に吸い込まれていきました。



「ひゃっ……く、くすぐった……!やめ……?」


「ははは、残念ながら途中で止めることはできないのですよ」


「ふむ、これが話に聞く編纂へんさん魔法か……興味深いな」



 光る靄が吸い込まれるにつれ、白い本には色が付き、文字が浮き出てきました。

 司書が行使した編纂魔法により、ルカの魂に刻まれた情報が複製され可視化できる状態に翻訳されているのです。



 そして、約一分後。



「はい、完了しましたよ」


「…………あぅ」



 ルカはすっかりぐったりしており返事もできない状態でした。

 どうやら、魂を直接弄られる慣れない感覚に、すっかり消耗してしまったようです。厳密には肉体的な快楽とは別物ですが、例えるなら笑い死に寸前までくすぐられ続けたようなものでしょうか。



「そして、この本には貴女自身も知らない貴女の情報が記載されています」


「へえ、どれどれ」


「え……あ……っ!?」



 レンリが本を受け取ったのを見て、ぐったりしていたルカが悲鳴を上げました。

 ルカの情報が記されているということは、当然一家の稼業や先日の強盗事件についても書かれているのでしょう。

 流されるまま軽い気持ちで来てしまいましたが、これが原因で自身が賞金首の一味だとバレてしまうかもしれない……と、ルカは考え焦ったのですが、結果的にその心配は杞憂に終わりました。



「ああ、大丈夫ですよ。さっきの光は貴女の魂の限定的な複製でして、貴女が許可した知識しか他者には閲覧できませんから」


「魂の複製とか……さりげなくスゴイこと言ってるなあ。どれどれ」



 どうやら、この編纂魔法とやらは個人のプライバシーにも配慮してくれるようです。

 試しに本を受け取ったレンリがページをめくろうとしても、いくつかの特定の箇所以外は糊で貼り付けたようになって開けませんでした。


 回復したルカが本を受け取ってみると問題なく開けます。

 ついでに言うと、本来の持ち主が開いている時に背後から盗み見ようとしても文字を意味のある記号として認識できないようです。

 インクのように見える文字の一つ一つが魂の複製とやらで、ルカ本人かあるいは彼女が見せてもいいと判断した相手にしか内容を判読できないようになっているのです。



「この機能を使って『一定金額を支払えば稀少な知識の閲覧を許す』みたいな設定をしてお金稼ぎをする人もいますね。あ、金銭や物品の授受に関しては我々が仲介しますので」



 単なるプライバシー保護のみならず、色々な応用ができそうです。








 それはさておき。



「それで、ルカ君。この間の『知恵の木の実』は結局なんだったんだい?」



 どうやら記憶の本は日記のように日付順になっているようです。

 ルカは先日の講習の日の記憶を読み進め……、



「え、ええと……『魚の三枚下ろし』……?」


「ほほう、正確には『魚の三枚下ろし(そこそこ)』ですね。本職の料理人には及びませんが、平均的な主婦くらいの包丁さばきが出来るようになっているはずですよ。魚を下ろすこと限定で」



 可もなく不可もなくくらいの微妙な技能を修得していたことが判明しました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ