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異界旅行記④


 水族館の見学を終えたのは、正午少し前。

 今から車で移動して昼食を取るにはちょうど良い頃合でしょう。



「ウル君、新しいのを買ってもらえて良かったね」


『うん! やっぱり、ペンギンさんは可愛いの!』



 自動車の中では、ウルがペンギンのヌイグルミを抱えてご満悦。

 最初に買った物は先程の女の子に気前良くあげてしまいましたが、手洗いから戻ってきたリサが事情を聞くと、ご褒美として同じ物を新しく買ってくれたのです。



『ねえ、帰ったら我のペンギンさんも、あの子にあげたのみたいに動くようにしてくれる?』


「ああ、いいとも。お安い御用さ」



 先程の自律的に動くペンギンゴーレムも密かに気になっていたようで、レンリとこんな約束を取り付けていました。

 ゴーレム魔法も極めようと思ったら大変に奥が深い分野なのですが、ちょっとヌイグルミを歩けるようにする程度なら大した手間でもありません。というか、正確には大したことのない初歩の術しか今のレンリには使えないのですが、いずれにしても大きな魔力や手間はかかりません。それもあってウルの頼みを快く引き受けてくれた……までは良かったのですが。



「そうだ! せっかくだから、ヌイグルミの内側に刃物とか針とか仕込んで飛び出すようにしてみようか? 表面にもトゲトゲの装甲を張ってさ。そうだ、ペンギンのくちばしから小さい矢が飛び出るのもいいかも」


『えー……それは可愛くないからなの』


「え、ダメ? 最高に格好いいと思うんだけどなぁ」



 レンリのセンスに任せていたら、可愛らしいペンギンがなんだかよく分からない、攻撃力高めの謎の物体に改造されかねません。

 これに関しては本気で「良かれ」と思っているらしいのが困り物。

 実際の加工の際には余計な真似をしないよう見張っておく必要がありそうです。







 そんな風に楽しくお喋りをしていたら、あっという間に目的地に到着しました。

 都内某所にある老舗の高級ホテル。

 もちろん、今回の日本滞在は日帰りなので宿泊が目的ではありません。

 お目当てはホテルに入っているレストランのランチビュッフェです。



「すみません、八人で予約した者ですが」



 テレビや雑誌などでも頻繁に取り上げられる人気店なのですが、そこはリサも心得たもの。事前に予約を入れておいたので、待たずにすんなり入れました。



「ほら、ここなら色々試せると思いまして。今日はちょっと奮発しちゃいました」



 レンリ達の世界にも、いわゆる食べ放題形式の飲食店は存在しますが、料理の品数はこれほど多くありません。少なくとも、使われている食材や調理法のバリエーションに関しては王侯貴族の食卓以上。近年急速に発達しつつあるとはいえ、輸送や冷蔵技術、料理レシピの伝播に関してはまだ地球に一日の長があるようです。


 料理の種類は、大雑把に分けただけでも和洋中にエスニック系。

 お肉に魚に野菜に果物。

 パン、麺、お米。

 煮物、揚げ物、焼き物、汁物。

 詳しく分類しようと思えばキリがありません。

 一品ずつ、あるいは決まったコースで注文する形式の店と違い、このようなビュッフェ形式ならば少量ずつ色々な味を楽しめるはずです。

 

 念の為、最低限のルールとマナー……並んでいたらちゃんと順番を守る、一度取った料理を戻したり大量に残さないように等々……を、リサが説明したら準備は完了。



「よし、ウル君。目指すは全種類制覇だ。いざ出陣!」


『うん、我もいっぱい食べるのよ!』


「あはは、食べ過ぎて動けなくなっちゃうと後の予定に障るので……まあ程々に」



 他の客が美味しそうに食べる様子や料理の匂いで、食欲がこれでもかと刺激されていたのでしょう。真っ先にレンリとウルが鎖から解き放たれた猛獣のように料理へ突撃し、他の皆も次々とそれに続いていきました。










「わぁ……っ! どれから、食べようかな?」


 色とりどりの料理を前にしたせいか、ルカのテンションもいつもより高めです。



「迷っちゃう……ね」


「レンならともかく、俺達じゃ流石に全種類を制覇ってのはキツイもんな」



 しかし、ここは慎重に。

 近頃いよいよ食欲が人間離れしてきたレンリと違って、普通の人間には食べられる量に限界があります。食の選択肢が多いのは望むところだとしても、ペースを考えず迂闊にお腹を膨らませてしまうと、ほとんどの種類を味わえずに食事が終わってしまうかもしれません。



「折角だから……色々、食べてみたい、けど」



 手堅く、前菜やサラダから始めてメインへと組み立てていくか?

 それとも最初っからいきなり大物狙いでいくか?


 いざ選び始めると、これが案外難しい。

 人気がある料理は早く無くなる可能性だって無視できません。


 それに、大食いにも意外とコツというものがあるのです。

 たとえば、お腹をすごく空かせていれば沢山食べられそうなイメージがありますが、朝や前日の食事を抜くのはかえって逆効果。胃が縮んでしまって普段よりもかえって食べられなくなってしまいます。

 それに関しては出発前にちゃんと朝食を食べてきたので問題ないとしても、穀物系は胃の中で水分を吸って膨れるとか、大口を開けながら勢いよくガツガツ食べるよりも、よく噛みながら一定のペースを維持したほうが有利だとか……まあ、多種多様なセオリーやテクニックがあるのです。一般的にあまりそういう印象はありませんが、大食いも一種のスポーツ競技みたいなものなのかもしれません。



 

「そうだ、それなら俺と半分ずつ分けて食べればいいんじゃないか?」


「そっか。それなら……色々、食べられるね」



 そこでルグとルカは、二人で別々の料理を取ってきて半分ずつ分け合う作戦でいくことにしました。これならば一人で全部決めるよりも沢山の種類を味わうこともできますし、特に気に入った物があれば、後でそれだけ追加するという応用も利かせられます。単純な手ですが、悪くありません。



「俺達の世界の食べ物と似てるのも多いけど、見た目が似てても味が全然違ったり、見た目からして全部違うのもあるし。こういうの、なんだか面白いな」


「うん。あ、この海老の揚げ物……おいしい、よ」


「お、ありがと。うん、美味い」



 隣同士の席を更にもう少し寄せ合って、お互いに料理を勧め合うという状況。ちょっと前までのルカなら間違いなく顔を真っ赤にして食事どころではなくなっていたはずですが、多少の照れはあっても今はきちんと食事を楽しめています。こうした精神的な距離感の変化も正式に交際を始めたからこそでしょう。



「この『アゲダシドーフ』って……美味しい、ね」


「こっちの小さい芋の煮物もねっとりして美味い。なんか落ち着く味だ」



 二人は意外にも伝統的な和食が舌に合うようです。

 揚げ出し豆腐や里芋の煮っ転がし、ほうれん草のおひたし、筑前煮、きんぴらごぼう……最初のうちは食べ応えがある肉料理や刺激的なスパイス料理も試していたのですが、次第にそういった(日本人的な感覚では地味で素朴な。こういう場ではあまり人気のない)品々を中心に選ぶようになりました。並んでいる人がいないので、料理を取るための待ち時間もありません。


 

「あ、これなら……作れる、かも?」


「そういえば学都でも似た感じの野菜見たことあるな」


「帰ったら、試さなきゃ……おいしく出来たら、ご馳走するね」


「ああ、楽しみにしてる」



 料理の中にはルカでもどうにか似た味を再現できそうな種類もあり、そういう物は特にしっかり味わって覚えておくようにしています。実際に上手く作れるかは試してみないと分かりませんが、仮に失敗したとしてもルグが頑張って全部平らげてくれることでしょう。








 ◆◆◆








 食べ始めてから約一時間後。



「お腹……いっぱい……」


「俺も。もう食えない……」



 ルカとルグも、他の皆も、今は全員座ってのんびりお茶など飲んでいます。

 苦しくなって動けなくなっては困るので加減はしていましたが、それでも腹具合は腹八分を越えた腹九分目といったところでしょうか。お肉も魚も野菜も、料理は十分に味わい尽くしました。


 さて、こうなったら次にやることは決まっています。



「じゃあ、今度は……デザートだね」


「えっ、まだ食えるのか? さっきはもう満腹って……え、皆も?」



 もちろん、最後の〆は甘いデザート。

 ここまでの食事の途中で口直しを兼ねてカットフルーツを少し食べていたので、ルグとしてはてっきりそれがデザート枠だと思い込み、少し休憩したらもう退店するものと勘違いしていたのですが、当然そんなはずがありません。


 見ればルカ以外も、正確にはルグとシモンを除く女性陣全員がやる気十分。休憩を挟んで気力も胃の調子も整えたようで、すっかり臨戦態勢に入っています。



「えへへ、甘いのは……別腹、なんだよ?」


「そ、そうなのか」



 ルグも甘い物は好きですが、これは流石に真似できません。

 先程までより一層軽い足取りでデザートコーナーに向かう女子達を、呆れたような感心したような、複雑な面持ちで見送るのでありました。



次回で四百話みたいです。

ちょっと前に三百話越えた気がしてたけど時の流れは早いもんじゃのう。

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