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異界旅行記①


 妙に小物っぽい神と出会い、そのお願いを聞いた翌日。

 一行は予定通りに、リサの故郷である日本を訪れていました。


 今回のメンバーは、元々学都から一緒のレンリ、ルグ、ルカ、ウル、ゴゴ、シモン、ライム。そこに案内役としてリサを加えた合計八名。

 リサの勤務先である実家のレストランは今日も営業日なのですが、職場の上司でもある彼女の父親に話を通して特別休暇ということにしてありました。また、魔王やアリスは自分達のお店の客入りや子供達の幼稚園の帰宅時間を見計らいつつ、手の空いた時間に様子を伺いに来ることになっています。


 二つの世界の行き来には幾つかの方法があるのですが、今回は聖剣で空間に穴を開けて、そこを通り抜ける形を取りました。

 迂闊な場所に出現すると通行人や車のドライバーがビックリしてしまうので、まずはリサの実家のリビングに移動。彼女の両親やレストランの従業員に挨拶を済ませた後に、一行は徒歩でとある場所に向かいました。



「へえ、こっちの服もなかなか着心地がいいじゃないか。デザインも気に入ったよ」


「どう……変じゃない、かな?」


「いや、ルカに似合ってて可愛いと思うぞ」



 その場所とは、日本全国に店舗を構える大型衣料量販店。

 リサの実家である洋食屋から徒歩五分の場所にある、ごく普通のお店です。

 異世界に踏み出した第一歩としてはおかしな選択に思えるかもしれませんが、普段のままの格好では観光中に悪目立ちしてしまいかねません。

 服装を変えるのはその対策というわけです。

 平日の午前中とあって、他のお客はほとんど見かけません。

 おかげで、ほとんど貸切同然でじっくり商品を見て回れます。


 


 現在の地球では『異世界』や『魔法』など、ほんの数年前までは空想の産物だと思われていたそれらの物事は、多くの国々や国際的組織から公式に実在を認められています。

 流石に、なんの抵抗もなくすんなり……とまではいきませんでしたが、それでも十年にも満たない短期間で全世界のほとんどの国や地域でそうした概念が受け入れられたのは、驚異的なスピードと称して差し支えないでしょう。


 有り余るほどの証拠に証人。

 未知の文化・文明への好奇心。

 それに何より存在を認めて友好的な関係を築ければ、とても儲かる。


 異世界と言っても、その全てに人間やそれに近い存在がいるわけではありません。

 地球全土に存在する埋蔵量の軽く数倍数十倍に達する地下資源や、手付かずの豊かな大自然。危険な原住生物や知的生命体の存在しない世界であれば、採掘も開拓も思いのまま。なにしろ誰もいないのだから誰も文句は言いません(しいて言えば、従来の産油国の国際的な発言力が低下したりだとか、希少な鉱物の流通数が急増して市場価格が急落することによる経済への影響も考えられ、なんでもかんでも好き放題に開拓や採掘を進めるわけにはいきませんが)。


 まあ、ここまでされても未だに異世界の存在に否定的な意見を抱いている個人や宗教団体も全くないわけではありませんが、全体からすればさしたる数ではありません。ほとんどは数年か数十年かのうちに意見を翻すか自然消滅するのではないでしょうか。


 レンリ達の世界とはまた別の、いくつかの友好的な世界との交流も始まっており、中には頻繁に地球の映像メディアに登場しては芸能活動で人気を博しているような『異世界人』さえいるほどです。こうした流れは今後ますます加速していくことでしょう。




 よって、違う世界の人間だとバレたからといって即座にトラブルになるというわけではないのですが、それでも『異世界人』が多くの注目を集める可能性までは否定できません。例えるなら、明治時代頃の日本における西洋人みたいなものでしょうか。


 ともあれ、そうした理由からレンリ達は新しい服を選んでいました。

 メンバーの中で明らかに『異世界人』然としているのは耳が長く尖っているライムくらいですし、服装さえ変えてしまえば、普通の外国人旅行者と見分けがつかなくなるはずです。

 


「このシャツと、あっちの帽子も欲しいな。他のも気になる。ねぇ、リサさん。変装用以外の分のお金は後で払うから、今は立て替えてもらってもいいかな?」


「ええ、大丈夫ですよ。あんまり荷物が多いと動きにくいですし、買った物は一旦わたしの家に置きに戻りましょうか」



 公式に交流をしていないレンリ達の世界のお金と日本円では正式な両替レートなど存在するはずもありませんが、まあ、そこはそれ。二つの世界を頻繁に行き来しながら日常生活を送っているベテランが付いているのです。支払いの心配はいりません。

 各人が欲しい物があったらリサが一旦立て替えておいて、後で「この種類の金貨なら日本円で何円くらい」みたいな感覚で判断して清算することになっています。



「欲しい物……いっぱい、増えちゃう、ね」


「ん。迷う」


『このスカートも可愛いのよ』


『目移りしてしまいますね。あ、我と姉さんの分は買わなくてもデザインだけ覚えてしまえば大丈夫ですので、お気遣いなく』



 こうして、ただの変装目的だったはずが皆のテンションは予想外の盛り上がりを見せることとなりました。全員が全員というわけではなく、楽しんでいるのは女性陣だけなのですが。



「女って、どうしてこんなに服屋が好きなんですかね?」


「さてな。あの情熱は俺もちょっと真似できん」



 早々に自分達の服を選び終えたルグとシモンは、感心半分呆れ半分といった心持ちで女性陣の服選びを待っていました。

 今回の滞在は、明確な時刻で区切っているわけではありませんが、大体夕方までの予定です。当然、ここで時間を食えば後の行程にも影響が出てくるのですが、女子達は楽しそうに服選びに熱中しています。皆の保護者であるリサまで一緒になって盛り上がっているので始末に負えません。



「他を回る時間が減るから程々にしろよ」


「はいはい、分かってるって」



 ルグがそれとなくレンリに注意をしてみるも、どこ吹く風。



「そうだ。そんなに言うならルー君も選ぶのを手伝ってあげなよ」


「手伝え、じゃなくて手伝ってあげろっていうと……」


「ああ、私のじゃなくてルカ君のをね。恋人の服を見立ててあげる練習ってことでさ。これから、そういうことも必要になってくるかもしれないだろ?」



 逆にそんな風に言われてしまいました。

 ですが、ルグとしても「そういうものか」と納得する面があったのもまた事実。それにルカの服を選ぶ手伝いをすれば、多少なりとも早くこの店での用事を済ませられるかもしれません。



「うん、そうだな。えっと、ルカは……っと」


「ああ、彼女なら向こうの試着室にいるよ。気に入ったデザインのやつがあったみたいなんだけど、色違いのどっちを買うかでずっと迷っててさ。キミがアドバイスしてあげれば決め手になるんじゃないかな」


「そっか、ありがとな」



 そうしてルグはルカがいる試着室のほうへと歩いていきました。

 ……最後まで、レンリが悪戯っぽい笑みを押し殺していたのには気付かずに。








 ◆◆◆







「うーん……こっちもいいけど……でも、やっぱり……」


 ルカが入っている試着室はすぐに分かりました。

 カーテンが閉められていて見えませんが、中から彼女の声が聞こえます。

 どうやら、室内の姿見と睨めっこしながら服を選んでいるようです。



「ルカ、この中にいるのか?」


「……えっ? わ……ちょ、ちょっと、待って!?」


「ん? ああ」



 ルグが声をかけてみると、随分と慌てた様子の声と気配。

 およそ二分後、ようやくカーテンが開かれて彼女の顔が見えました。



「お、お待たせ……えと、どうしたの?」


「ああ、服選びで迷ってるみたいだからアドバイスしてやれってレンに言われてさ」


「ア、アドバイス……?」


「人の意見も参考になるかもしれないだろ。まあ、俺も服のセンスに自信があるわけじゃないから、ルカさえ良かったらだけど。それで、その迷ってる服ってどれ……」



 ここで、ようやく彼も気付きました。

 ルカが手にしているのは、とてもとても可愛らしい……女性用下着ランジェリーの上下一式。元の世界では見かけないような洗練されたデザインではありますが、その形状を見れば、それがどういう用途で用いる物なのかは一目瞭然。



「わ、悪いっ」



 見事に悪戯に引っ掛かった二人は顔を真っ赤にしています。

 別にそれらを着用した姿を直接見たわけでもないのですが、純情な少年は咄嗟に後ろを向いてルカを見ないようにしています。彼の視線の先にある売り場では、この場に誘導したレンリがお腹を抱えて大笑いしていました。



「そ、そのっ……ピ、ピンクか、水色かで……迷ってて……」


「いや、ルカも恥ずかしいなら無理に説明しなくていいから!」



 ただ単に服選びの手伝いをするならともかく、下着選びのアドバイスというのは今のルグには荷が重過ぎます。彼自身も自らの分というものを理解して戦略的撤退を決め込もうとしたのですが……少々、判断が遅かったようです。



「ま、待って……あの、ね 」



 あるいは、ルカの勇敢さを見誤っていたと言うべきか。



「ルグくん、は……どっちが、好み?」



 いつの間にやら、あれほど長々と買い物をしていたルカ以外の女子達も、自分達の服選びを終えてすぐ近くで二人のやり取りを見守っていました。レンリなど、「ルー君がなかなか選ばないから後の時間が押しちゃうなぁ」などと白々しく呟いています。


 友人一同および尊敬する勇者の見守る中で、女物の下着の好みを発表させられるという、思春期の多感な少年にとっては悪夢のような二択。


 進むも地獄、退くも地獄。


 いいえ、ルカが勇気を出して問うたのです。

 ここで背を向けて逃げるわけにはいきません。

 答えなければ、応えなければならないでしょう。男には、たとえ進む先が断崖絶壁だと分かっていても、それでもなお一歩を踏み出さねばならない時があるのです。



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