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神の本質


 私が神だ。

 初対面の人がいきなりこんなことを言い出したら、果たしてどう反応するのが正しいのか。


 まあ、普通は真に受けることはないでしょう。

 下手な冗談でも言っているのか、精神的に不安定なのか、悪質なカルト宗教の関係者か……いずれの場合も残念な人なんだろうなぁと思われて、それでおしまい。

 聞き手が親切なら何かしらの医療機関を紹介するとか、あるいは犯罪の臭いを察知して官憲に通報することなどもあるかもしれませんが、いずれにしても信じないという点では同じ。


 ひねくれ者のレンリはもちろん、素直な性格で人を疑うことをほとんどしないルカだって、そのまま相手の言い分を飲み込んだりはしません。それが当たり前の、常識ある人間の反応というものです(レンリが常識的な人間かというと怪しい面も多々ありますが、彼女の場合は常識や良識というものをきちんと知って弁えた上で、確信犯的にルールの線を踏み越えているので「常識知らず」とはまた別の何かでしょう)。



「えっと、ウル君? この人、本当に……?」


『うん、そうよ。我のあるじさまなの』



 しかし例えば、その神を自称する人物が本当にそう・・だという証拠、もしくは証人がいたらどうでしょうか?


 ウルやゴゴ、そして他の姉妹達の本体は学都にある迷宮です。

 それ自体は特に秘すことでもなく、レンリ達にとっても周知の事実。

 現在の幼女姿は、あくまで人間とコミュニケーションを取り易いように作り上げた仮の肉体、化身アバターにすぎません。

 

 七つの神造迷宮。

 神が造った迷宮。


 その迷宮そのものである彼女達が保証するというのであれば、如何に信じがたい言葉であれ、信じないわけにはいかないでしょう。


 たとえ、その言動から神秘性というものがこれっぽっちも感じられなくとも。



『ふふふ、お邪魔するのに手ぶらというのも何ですから、お茶菓子を用意してきたんですよ。このお店のティラミスがまた絶品でして』



 ウルとゴゴと、神を自称する少女がレンリの部屋に入った後で、ホテルの荷運人ポーター達が大量の菓子箱を運び込んできました。

 いえ、それ自体はいいのですが、その数が尋常ではありません。

 中身が中身なので一箱ごとのサイズや重量はそこまででもありませんが、箱の数は全部で百を優に超えるでしょう。それなりに良いお値段がする部屋なので広さも十分にあるのですが、これだけの荷物が一度に運び込まれると流石に窮屈に感じます。ほとんど嫌がらせと紙一重の所業です。



『ええと、ひぃふぅみぃ……これで全部ですね。宿の方々、お手数かけてすみませんね。どうも、ありがとうございました。これ少ないですが皆さんのチップをどうぞ』



 人海戦術を駆使しても、全部を運び終えるまでに十分近くはかかったでしょうか。階段の上り下りで疲弊した宿の従業員達は、それでも一流ホテルのスタッフらしく丁重に挨拶をして立ち去っていきました。


 そして後に残ったのは部屋の面積を圧迫する大量の菓子箱。客室に備えつきのキッチンでは、気を利かせたゴゴがいつの間やら全員分のお茶も淹れています。



『お喋りには美味しいお茶とお菓子が付き物ですものね。さ、色々と聞きたいことはおありでしょうけれど、何からお話ししましょうか?』








 ◆◆◆








『あっ、変にかしこまる必要はありませんよ。皆さん、普段通りに楽になさって下さいな。わたくしもそのほうが話し易いですし』


 この状況で楽にしろと言われても難しいものがありそうですが、先程のインターバルを挟んだおかげもあって、結果的に緊張感が薄れているというか損なわれているのもまた事実。ひとまず全員着席し、レンリ達も勧められるがままにお土産のお茶菓子を突いています。



「……じゃあ、お言葉に甘えて。えっと、なんというか神様って意外と俗っ……腰が低いんだね。偉ぶられるよりはずっといいけどさ」


『ええ。わたくし、お友達感覚で気軽に付き合えるフレンドリーな神様を目指してますので』



 レンリが手探り的に会話を試みるも、どこまでが冗談でどこまでが本気なのかが全く分かりません。ニコニコ顔で嬉しそうにケーキを口に運ぶ姿も、油断させるための計算であえて俗っぽく見せているのか、単なる天然なのかが現時点では判然としません。



「単刀直入に聞こう。貴女はいったいどんな用事で私達に会いに来たのかな? 生憎と、こちらには心当たりがないんだけど」



 この相手に回りくどい探り合いや牽制を仕掛けるのはかえって逆効果だろう、というレンリの印象は大きく外れてはいないでしょう。あるいは、それすらも掌の上なのかもしれませんが……。



『ええと、いくつか用事はあるんですが、まずはお礼を言っておこうかと思いまして』


「お礼?」


『ほら、この子達がいつも仲良くしていただいてるじゃないですか』



 白い少女が「この子達」と呼んだのはウルとゴゴ。



『人間の皆さんのような血縁関係とは違いますけど、それでも、わたくしの子供のようなものですから。そこは保護者としてお世話になっている皆さんにご挨拶をしておかないとなぁ、なんて。いつも娘達がお世話になっております』


「え? あ、これはご丁寧にどうも。こちらこそお世話になってます……」



 なにしろ相手が相手です。どれほど想像を超えた理由が出てくるのかと思いきや、これではごく普通に友達の保護者と挨拶をするのと変わりません。

 はっきり言って肩透かしもいいところです。

 無論、厄介事を持ち込まれるよりはずっといいにせよ。



『ふふっ、こういうのも新鮮で面白いですねえ。二人とも、わたくしのことを「あるじさま」じゃなくて「ママ」とか「お母さん」って呼んでもいいのですよ?』


『マ、ママ……これ、なんだか恥ずかしいのっ』


『ふふふ、ウルは恥ずかしがり屋さんですね。ゴゴはどうです?』


『お母さん……わ、我もなんだかよく分からないけど照れ臭い気分になります』


『あらあら。まあ無理強いをするのもなんですから、呼びやすい言い方で結構ですよ』



 目の前でこんなやり取りを見せられては、警戒し続けるのも馬鹿らしくなってきます。ウルやゴゴの反応を見るに、演技でやっているとも思えません。



『話すだけなら直に会う必要はないんですけど、こうして生身の身体で子供達と触れ合うのも良いものですね。今度は他の子達にも会いに行ってみましょうか』


「生身の身体ね……そうだ、さっきから気になっているんだけど」



 そもそも根本的な疑問として、神がこんな風に一個の生命として目に見える形で存在していていいものなのか。事情を知らなければ気になって当然です。



『ああ、この身体は借り物でして』


「借り物、というと?」


『ええ、生身の人間にわたくしが一時的に憑依しているのですよ。厳密には魔法とは別物なんですが、降霊術の一種みたいなものと思ってもらえればよろしいかと。肉体がないと人間の皆さんと自由にお喋りもできませんものね。それに、こうしてケーキを味わうこともできませんし』



 そう言うと、上品な所作でケーキを一口。



『まあ実を言うと色々と細かい制限はありますし、誰の身体でも借りられるわけではないので、そこまで便利なものではないのですけどね。神といってもそこまで万能ではないんですよ。でも下手に弱みを見せたら信仰を集めるのに不都合があるから表向きは全知全能ってことにしたりして。本当にわたくしが全能だったら、とっくにこの世は何不自由ない天国になってるでしょうに。でも立場上、平和を願われて出来ませんとも言えないじゃないですか。で、そういったわたくし的不満点を片っ端から洗い出して、それを元に頑張ってこの子達の性能に反映させたりなんかもして……』



 途中から、説明というよりも愚痴混じりの独り言みたいになってきました。

 聞いていて妙に疲れます。



『わたくしだって、わたくしなりに頑張っているんですよぅ……なのに、なかなか世界は平和にならないし、見えないところで異常気象とか解決しても誰も褒めてくれないし、あの人達はうっかりで世界を滅ぼしかけるし……』


「……神様でもストレスって溜まるんだな」


「お仕事……大変、なのかな?」



 喋りが下手なのを自覚して背景に徹していたルグとルカにも、もはや当初の緊張はありません。愚痴を零しながらケーキをヤケ食いする女を見て、それでもなお警戒しろというほうが無理があるでしょう。むしろ同情の念すら覚え始めていました。


 大物、という意味では最近知り合った魔王一家の人々にも劣らない偉大な存在のはずなのですが、大物なのに妙に小物臭いというか、卑屈というか、口を開くたびに恐ろしい勢いで威厳が損なわれていきます。

 容姿だけなら十二分に神秘的で浮世離れした美貌だと言っても過言ではないのですけれど、その肉体が借り物だというのなら、「中身」を褒める余地がどんどん減って最後には無くなってしまいそうです。勇者の聖剣や学都の迷宮を創ったことを鑑みれば、これでも神に相応しいだけの能力は備わっているのでしょうけれど。



『ふぅ、やっぱりストレス解消には甘い物に限ります……あ、すみません。ほほほ、わたくしったら自分のことばっかりで……あの、今のは内緒の話なので他言無用でお願いします。どうか聞かなかったことに……なんなら口止め料を払いますので、何卒、ご勘弁を……』


「……はあ、それは別に構わないけど」



 念を押されるまでもなく、今のを神様の言葉だと言いふらしても信じる人間は皆無でしょう。どうやら、話している途中で変なスイッチが入ってしまったようですが、今更表面を取り繕っても完全に手遅れです。


 まあ、威厳を保つのに失敗したことで、かえって親近感が増したと言えないこともありません。これを聞いたのが信心深いタイプの人間なら人生観が丸ごと引っくり返りかねないほどの醜態でしたが、幸か不幸か、レンリ達はあまり信仰とは縁のない人生を送ってきました。


 殊更に無神論を主張したりするわけではありませんが、身の周りで何かしらの行事があれば、周りに合わせてうろ覚えの聖句を唱える程度。

 そういう風に深いこだわりがないからこそ、実際の神様というのはそういうものなのかと、意外には思っても大きな抵抗なく受け入れられる下地があったとも言えます。



「それで、用事っていうのはウル君達のことで挨拶に来ただけなのかな?」


『あっ、そうでした! あのですね、実は皆さんにお願いがありまして。いえ、都合が悪かったら断ってくれても全然構わないんですけど、試しにちょっとお話を聞くだけでも――――』



 しかし同時に、深い信仰がなく、親近感を覚えたからこそ必要以上に気を緩めてしまったのでしょう。相手が意図的に油断を誘ったのではなくとも、結果的には同じこと。


 表面上の振る舞いがどれほど小物臭かろうとも、それでもやっぱり神は神。

 その本質は、人間の尺度で計り知れるものではないのです。


 

◆「小物臭い大物」ってキャラ付けは割と気に入ってます。

実際、能力的には優秀なんですよ。特に物作り系。

◆前のほうの章ではウルやゴゴが彼女を呼ぶのに「主神様」と書いて「あるじさま」とルビを振っていましたが、言葉の印象を柔らかくしたかったので今回はお試しで平仮名表記にしています。もしかしたら後で変えるかも。

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