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お勉強と訪問者


 さて、色々なことがあった旅行もそろそろ終わりが見えてきました。

 具体的には、二日後の朝にはもう帰りの列車に乗ることになっています。


 ここまで、迷宮都市にある様々な娯楽施設を巡ったり、連日の食べ歩き、魔界に足を伸ばしての街並みや魔王城(厳しい外観に反して中身は単なるお役所なのですが)の見学。魔界の最高権力者と親交ができたおかげで融通を利かせてもらえた場面も多く、全体的に充実した日々だったといえましょう。


 しかし、まだまだ大事なイベントが残っています。



「ははは、明日が楽しみだね」


「ああ、ちょっと緊張するけど」


「う、うん……あとで、また、復習しないと」



 本日、レンリ達は泊まっているホテルの部屋でちょっとした「お勉強」をしていました。

 手にしているのは、本というには造りが簡単な、数枚の紙を手作業で綴じたと思しき小冊子。その表紙には、彼女達の知る文字とは明らかに違う未知の言語、すなわち日本語で『旅のしおり』と書かれていました。


 そう、明日はいよいよこの旅行のクライマックス。明朝から明晩までの日帰りで、リサの故郷である日本を訪ねることになっているのです。



「ええと、迷子になったら下手に動かず見晴らしの良い場所で待機。衛兵……じゃなくて『ケーサツカン』の制服を着た人がいたらここのページを見せて、リサさんの家の住所と『デンワバンゴー』を教える、と」


「ふむふむ……『コンニチワ』『サヨウナラ』『ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセン』……『ニンジャ』『スシ』『フジヤマ』『ハラキリ』『ゲイシャ』。これで発音が合ってるのか後で確認してもらわないと」


「『オーダンホドー』では……赤は止まれ、で……青は進め」



 しかし、行きたいからといって、すぐに行けるわけではありません。

 なにしろ、魔界と違って表立った交流のない、言葉も文化も何も分からない世界。

 万が一、一人で逸れて迷子にでもなったら一大事。

 無用のトラブルを未然に防ぐためにも、社会常識や交通ルールやお金の数え方など、旅行の空き時間を利用して最低限の予習をしてきたのです。



「あの『たぶれっと』っていうのも凄かったよね。私、あれ欲しい」


「ああ、あの絵が動く板か。あれって魔法じゃないんだろ?」


「うん、全然仕組みが違うみたい。向こうで買えたら分解して調べてみたいなぁ」



 リサとアリスお手製の『旅のしおり』のみならず、予習にはタブレット型の電子デバイスも導入されていました。

 百聞は一見に如かず。写真ならこの世界にも既に存在しますが、動画での説明なら伝えられる情報量も桁違い。ちょっとだけ空間に穴を開けて電波を拾えば、こちらの世界にいたままでもインターネットの動画サイトに繋ぐことも可能なのです。


 レンリ達は見慣れない大量の自動車や高層ビル群の映像に驚いていましたが、いきなり本物を見せたなら驚きはその比ではないでしょう。気の弱いルカなどがパニックを起こして自動車道路に入り込んだりしたら……彼女は大丈夫かもしれませんが、無関係のドライバーが大変危険です。

 


「ま、そこまで大袈裟に心配する必要はないって。あれこれ緊張しすぎて楽しめなくなったら本末転倒だしさ」


「それもそうか。他の人達も一緒だもんな」



 まあしかし、それらの用心はあくまで万が一に備えてのもの。

 日本にいる間は日本語の出来る魔王やシモン達がずっと同行することになっていますし、多少離れたところで彼らがレンリ達を見失うとも思えません。むしろ、この世界のどこにいるよりも安全なくらいでしょう。



「いや、明日が楽しみだ」


「ああ」


「ふふ……楽しみで、眠れないかも」



 今日は連日の観光疲れを癒す意味もあって他に大した予定も入れていません。

 レンリ達三人はのんびり楽しげに、明日への備えを進めていたのです……が。







 ◆◆◆








 こんこん、と。

 部屋の戸をノックする音が聞こえました。



『ねぇねぇ、お姉さん達いるかしら?』


『失礼します。皆さん、今ちょっとお時間よろしいですか?』



 扉の向こうにはゴゴとウルがいました。彼女達は今朝早くから用事があると言って外出していたので、今しがたの「お勉強」には参加していなかったのです。



「どうかしたのかい?」


『あのね、お姉さん達に会って欲しい人がいるの』


「お客さん? そりゃ別に構わないけど」



 元々、大して忙しくしていたわけでもありません。

 来客があるというのなら、断る理由も特になし。


 ドアの鍵を開けるとウルとゴゴ、そして、もう一人の人物が部屋に入ってきました。



『失礼いたします。突然の訪問をお許しください』



 レンリ達にとっては初対面のその少女。

 髪の毛も、眉も、肌も、服も、その声さえもが雪のように真っ白。

 こんなにも目立つ人間を一度でも見たなら忘れるはずがありません。



「……あの、どこかで会ったことないかい?」



 けれどレンリは、声に出して尋ねはしませんでしたがルグとルカも、目の前の人物に奇妙な既視感を覚えていました。

 初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っていたような。

 何年も、十年以上も、物心つくよりももっと前。

 それこそ、この世界に生れ落ちたその時から。



『いいえ、レンリさん。直接お会いするのはこれが初めてですとも。ですが、わたくしは貴方達が生まれた時からずっと見守っていたのですよ。こうしてお会いできて嬉しく思います』



 既視感を覚えるのも至極当然。この世に生けとし生ける者であれば、他の世界に由来する者でもなければ、本能的にそうと理解するものです。



『どうもはじめまして、神様です。ふふっ、どうか仲良くしてくださいね?』



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