続々・将来の夢についての話
続いて、レンリ達はリサに話を聞いてみました。
人を助ける仕事に就きたいというルグの希望も、元を辿れば勇者のようになりたかったからという憧れが根底にあります。将来の職業を考えるにあたって、その勇者本人の言葉はさぞや参考になるに違いない。さぞや実り多い、含蓄のある話が聞けるものかと期待していたのですが。
「えっ、勇者って仕事なんですか?」
当のリサから返ってきたのは、なんとも手応えのない答えでした。
特にとぼけている様子でもありません。
「わたしが勇者してた時にやってたことっていうと、魔物退治とか悪い人を捕まえたりとかですけど、別にその活動に対してお給料が出てたってわけじゃありませんからねえ」
「仕事」という言葉には様々な意味・解釈がありますが、「生活の糧を得ることを目的とした労働」という意味では、勇者がそこに当てはまるかは微妙な線です。
「わたしを召喚した王様から活動費はいただいてましたけど、それは労働に対する対価って感じじゃありませんし。実際にそのお金を受け取って管理してたのも一緒にいた騎士さん達で、わたしの手元にはほとんどお金ありませんでしたからね。下手に大金を持たされても怖いですし。たまに欲しい物があったら、その都度お願いして、お小遣いをもらうって形で」
「なんというか、意外と……普通です、ね?」
「だって普通ですもん、わたし。国家予算から好きに使えるとか言われても困っちゃいますよ」
「へえ、私なら行く先々で思いっきり豪遊するけどなぁ」
リサが勇者として大陸各地を巡っていた期間は約一年。
その間の活動費用は潤沢な公費で賄われてはいたものの、やはり一般的な意味での給料というニュアンスではありません。
「そもそも魔物退治にしても悪人を捕まえるにしても、それ自体は普通に兵隊さんとか冒険者さんがやってることですし。ルグくん達だって、似たようなことはもうやってるんじゃないですか?」
「えっと、まあ一応は」
「だから、わたしが勇者してた頃の話が将来のお仕事の参考になるかというと……ちょっとよく分からないです。お役に立てなくて、ごめんなさい」
◆◆◆
勇者などと言っても、その実態は一般的な兵隊や冒険者の延長でしかない。
世の少年少女の夢を壊しそうな話ですが、言われてみれば確かにその通りだと肯ける面もありましたし、何より当の勇者本人がそう言っているのだから易々と否定もできません。ルグもその部分に関しては貴重な意見として素直に受け入れました……が。
「あの、ルグくん? 急に黙っちゃって、もしかして何か気を悪くしました?」
「ああ、気にするほどのことじゃないですよ。ルー君はリサさんに謝らせた罪悪感で自己嫌悪中なだけなので」
「げ、元気……だして」
尊敬する勇者に頭を下げさせてしまったという事実に軽い自己嫌悪に陥っていました。
先日の反省もあってか、無闇やたらに自分を卑下して周囲を不快にさせることはありませんでしたが、頭の中の考え自体を止めることは案外難しいものです。
とはいえ、これではリサも困ります。
「そ、そうだ! ルグくんって何が好きなんですか?」
そこで、多少強引にではありますが、話の方向を別の向きに変えました。
「え? 好きっていうと……それは、まあ」
「あ……えへへ」
「ああ、いえ、それはそれで大変結構だと思うんですけど、そういう意味じゃなくて」
好きなものを問われて真っ先にルカと視線を合わせた彼ですが、リサが聞いているのはそういう意味合いではありません。
「えっと、ほら、何か趣味とか。わたしの場合、昔から料理が好きで今はお仕事にもしてますけど、やり甲斐もあるし毎日楽しいですよ。趣味をお仕事にするのは良くないって言う人もいますから、人によりけりな部分はあるのかもしれないですけど」
「ああ、なるほど。趣味、趣味か……」
リサが気を利かせて話題を変えてくれたのはルグにも分かりましたが、残念ながら彼はつい先日、レンリから無趣味を指摘されたばかり。上手い返しを思いつきません。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、趣味ってどういう風に見つけたらいいのかな?」
「どういう風にと言われてもね……うーん、実際に色々試してみないと何が向いてるかなんて分からないんじゃないかい?」
「なるほど、そういうものか」
質問された側の皆も少し困ってしまいました。
そもそも大抵の趣味なんてものは、気付いたらいつの間にか夢中になっているもの。能動的に趣味を作ろうなどというパターンは、まったく無いとまでは言いませんが少数派でしょう。
しかし、「楽しさ」を軸に将来の仕事を考えてみるというのは彼には無い発想でもありました。
そもそも趣味らしい趣味がないのだから、趣味を仕事にするも何もありません。
趣味の内容や性格、才能の有無などによって向き不向き、実現性の高低はあるにしても、検討するだけなら悪いことはないでしょう。
「ルカはたしか芝居を観るのが好きだったよな」
「う、うん……面白い、よ」
「で、レンの趣味は刃物を舐め回すことだろ。前から思ってたけど、アレ危ないから止めたほうがいいと思うぞ」
「いや、否定はしないけどさ!」
いつかは将来の職業を決めなければならないにせよ、喫緊の問題というわけでもないのです。ならば遠回りにはなりますが、まず趣味らしい趣味を見つけて、己がどういう分野を楽しいと感じるのかを探るというのも悪くはないかもしれません。
好きなことをそのまま仕事に出来るかどうかはともかく、夢中になって楽しめることが見つかれば、人生はより豊かなものになるはずです。
「そうだな。気長に、色々試してみるか」
スポーツや芸術や学問や他にも様々な物事を、そういうモノがあると知っていたのに深く考えることもなく、自分には縁がないのだと先入観で決め付けている。ルグほど無趣味な例は極端ですが、誰にだって大なり小なりそういった部分はあるでしょう。
必要なことをするだけではつまらない。
楽しんでこその人生です。
焦らず、気長に、じっくりと。
これまで意識することもなく切り捨ててきた数多の可能性と改めて向き合ってみようかと……いえ、そんな堅苦しいものではなく、単純に自分の人生をより楽しんでみたいと、ルグはそんなことを考え始めていました。
◆◆◆
以下、余談。
「まあ、いざとなったら私の実家で警備員か執事見習いとして雇ってあげるから。当家は、はっきり言ってかなり給料良いよ。五年も勤めれば王都に庭付きの一戸建てが買えるくらい。なんなら、ルカ君も一緒にどうだい?」
「……でも、レンの家ってアレだろ?」
「うん、まあ、アレなんだけどさ。だから新しい人がなかなか居着かなくって」
レンリの実家にはルカ達も泊まったことがありますが、敷地内の建物が爆発四散したり異臭騒ぎがあったり奇声を上げる狂人が庭先を走り回るくらいは日常茶飯事。使用人の給料が良いのには相応の理由があるのです。
「おやおや、皆様。ごきげんよう。何やら盛り上がっていたようですが」
「やあ、コスモスさん。ちょっと将来についての話なんかをね」
「ほほう?」
レンリ達が話していると、コスモスがスキップをしながらやってきました。
「そうだ。コスモスさんって将来の夢とか何かあるのかい?」
「将来の夢ですか? ふむ。そういえば、あまり考えたことがありませんな」
先程までの話題が頭の片隅に残っていたのか、レンリが興味本位でそんな質問をしてみました。「好きなことをする」という一点に関してはレンリ達の知る限りで、そして恐らく天上天下を探し回っても彼女の右に出る者はいないでしょう。
そんなコスモスの将来の夢。
基本的にやりたいことは即断即決で実行する彼女が、この上、何か特別にやってみたいことなど果たしてあるのだろうか。レンリとしても思いつきで口にしただけの質問でしたが、他の皆も興味があるようで、コスモスがどう答えるのかに注目しています。
「そうですねえ……あ、そういえば前から一度やってみたいと思っていたのですが」
「ふむふむ。なんだい?」
普段から好き放題に生きているコスモスが、あえて特別にやってみたいと思うこと。
まあ、案の定、ロクでもない内容だったのですが。
「淑女の嗜みとして、一丁、世界征服などを。ふふふ、なんとなく言葉の響きが良いじゃないですか、『セカイセーフク』って。ただ、やって出来ないことはないとは思うのですが、正直、達成した時点で飽きてしまいそうでして」
「……やって出来なくはないんだ?」
「ええ。でもほら、支配した後で人類の皆様を放り出すのって、ペットに飽きて世話をしない飼い主みたいで気分が良くないじゃないですか? そのせいで、どうもイマイチやる気が起きなかったのですよ」
「……うん。そのやる気は永久にしまっておいてくれないかな」
◆将来の話については、ひとまず判断保留という形で。これから色々な物事を見て聞いて学んで遊んで、視野を広げて選択肢を増やしていこうぜという感じのアレ。
◆次回あたりからぼちぼち今章の締めに入っていきます。
◆活動報告や作者のツイッター等でも既にお知らせしましたが、少し前に料理系の動画制作をされている方に拙作『迷宮レストラン』の作中に登場する料理を実際に作る、いわゆる料理再現をしていただきました。活動報告の記事内に動画のURLがありますので、ご興味おありでしたらそちらからどうぞ。すっごい嬉しい。




