将来の夢についての話
さて、また少し時間が経ちました。
迷宮都市への滞在も十日目。
この日、レンリ達は魔王宅の子供部屋にお邪魔していました。
家の大人達が家事や仕事をする間、子供達を見てて欲しいと頼まれてのことでしたが、意外と子守役が堂に入っています。まあ、おやつを食べながらお喋りをする程度のことですが。
「アリシアは将来の夢とかあるのかい?」
「えっとねぇ、お姫様!」
「あれ? キミ達のお父さんが魔王さんなんだから、もうお姫様なんじゃないの?」
「そうじゃなくて、もっとちゃんとしたお姫様がいいの! だって、うちのパパって全然王様っぽくないんだもん」
今の話題は将来の夢について。
魔王の娘であるアリシアは、年相応にお姫様に憧れている様子。戸籍上の話をするならば現時点でも既にそうなのですが、今のままではお姫様度合いに不満があるようです。
ちょうどお茶のおかわりを運んできた魔王が、愛娘の率直な物言いで心にダメージを負っていましたが、彼が威厳に欠けるのは自他共に認める事実なので仕方がありません。お茶を置いてすごすごと退散していきました。
「リヒトはどうだい?」
「えっと、料理をする人。お父さん達みたいに」
「コックさんか、そりゃいいね。いつかご馳走してよ」
もう一人の魔王の子供であるリヒトの夢は料理人。
あえて「お父さん達みたいに」と補足を入れたのは、まだドアの向こうにいるであろう父親の精神的なフォローを考えてのことでしょう。
愛する息子に憧れられていると聞けば、魔王も当然悪い気はしません。おかげで元気を取り戻した魔王は、軽い足取りで仕事に戻っていきました。活発なアリシアに比べると内向的な印象のリヒトですが、彼は気遣いのできる幼児なのです。
「そういうレンリちゃんは何になりたいの?」
「あれ、これ全員順番に言っていく流れ? 私は職業って意味じゃ特になりたいものはないけど、しいて言うなら自由に好きな研究をしていたいかな……って、もしかして、もう叶ってる?」
お次は、アリシアからレンリに会話のパスが投げられました。
レンリには、職業という意味では特にこれといった目標はありません。
興味の赴くままに研究に邁進し、あとは適度に食べたり遊んだりしながら快適な生活を送っていられたらそれで満足。要するに現時点で既に理想に近いライフスタイルを獲得しています。
「まあ、しいて付け加えるならコンスタントに成果を挙げ続けられたら文句はないね。じゃあ、次はルカ君どうぞ」
「え、えっと……」
別にそういう取り決めがあったわけではないのですが、なんとなくの流れで次はレンリの隣に座っていたルカに話が振られました。普段であれば、こういうお喋りで予想外の球を放られると口下手なルカは困ってしまうのですが、今の彼女なら答えに窮することはありません。
将来の夢、という問いなら答えは一択。
「ルカちゃんは将来何になりたいの?」
「あの、ね……お、お嫁さん……えへへ」
恋人同士になったばかりで気が早いかもしれませんが、高い目標を持つことは決して悪いことではないでしょう。それに今となっては十分に現実的な、実現可能な夢でもあります。
「だってさ、ルー君。甲斐性の見せ所だぜ?」
「お、おう。頑張る」
まだ彼氏としての気構えも十分に出来ていないというのに、ルグとしては大きなプレッシャーを感じてしまいます。ですが、ここで「自信がない」などと腑抜けた答えを返せるはずもありません。レンリの言う通りに、甲斐性の見せ所というものです。
「将来的に家庭を持つとなると、何かと入り用になるだろうしね。貯金もしといたほうがいいだろう? ふっふっふ、学都に戻ったらたっぷりこき使ってあげようじゃないか」
「いや、あの、お手柔らかにな?」
「大丈夫、大丈夫。厳しくする分だけしっかり稼がせてあげるから。それに、この間からかわれたのを根に持って仕返ししようだなんて思ってないから」
「おい、絶対根に持ってるだろ!」
最近は本人達もちょっと忘れ気味でしたが、ルグとルカは専属の護衛としてレンリに雇われている冒険者なのです。学都に戻ったら、また以前のように迷宮に通う日々が続くことになるでしょう。
危険は伴いますが、雇用主としてのレンリは大変に気前が良いので収入は多いですし、ルグ達としても護衛の仕事が嫌なわけではありません。
「でも、冒険者か」
「冒険者、が……どうかした、の?」
ですが、ルグは何やら少し考え込んでいる様子です。
あまり深刻な悩みという風でもありませんが。
「ああ、さっきの将来の話の続き。いや、よくよく考えたら俺って別に冒険者になりたいってわけじゃなかったんだよな、って」




