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レンリの思惑


 甘ったるさに辟易したレンリが、コーヒーを飲み干した少し後のことです。


 

『一番良いところを見逃したの!』


『これは惜しいことをしました』


「むぅ、残念」



 昨夜はエルフの村に泊まっていたウルとゴゴとライムの(外見上は)ちびっ子三人組。まだ何も説明を受けてはいませんが、眼前の光景を見れば気付くなというほうが無理というもの。朝っぱらからレストランの店内でイチャついていた新米カップルの姿を見るや、詳しい事情を聞くまでもなく何があったのかを大体察して残念がってました。


 これまで野次馬的に観察を続けてきたというのに、一番盛り上がったであろう告白シーンを見逃してしまったのです。例えるなら、楽しみに読んでいた長編小説の、よりによってクライマックスシーンが落丁だったようなものかもしれません。

 当のルカ達にしてみれば邪魔が入らず運が良かったと言えそうですが、ウル達が残念に思うのも当然といえば当然。



「おいおい、諸君。人のプライバシーを覗き見ようなんて野暮ってものだよ」


『どの口が言うの……』



 ですが、そんな彼女達をレンリが、らしくもなく常識的な正論で宥めます。ついこの前まで一緒になって野次馬をしていた彼女が言ってもイマイチ説得力に欠けますが。

 そもそも迷宮都市を離れていたウル達と違い、レンリがその気になれば決定的な場面をこっそり覗き見ることもできたかもしれません……が、そうはしませんでした。



「ま、今回は真剣(マジ)な雰囲気だったからね。私だってたまには空気を読むのさ」



 本人が言うように、珍しく空気を読んだということなのでしょう。 

 単に、ルグの後をつけて寒い中を走り回るのが嫌だったとか、例え話に使うために注文した大量のカレーの始末に忙しかったとか、そういった自分の都合もなくはなかったのでしょうけれど。



 まあ結局はタイミングが合うか否か、運の良し悪しの問題です。

 それにこうして残念がっているウル達だって、実際に覗き見られるチャンスがあったとしても、気を遣って自重していたかもしれません。


 いずれにせよ、それはもう過ぎた話。

 丸く収まった話です。

 今更言っても詮無きことでしょう。






 ……けれど、それはそれとして。 



『でも、レンリさんなら本当はもっと早くに解決できたんじゃないですか?』


「ん? ああ、多分ね」


『そうなの?』



 ゴゴはその覗き見とはまた別の済んだ話を持ち出しました。

 レンリもその疑問にあっさり是と答えます。



『なんというか、やたらと回りくどい気がしたんですよね。特にルグさんだけ別の場所に泊まってもらったりとか。ルカさんの気持ちを落ち着かせるにしても、あんなに時間を置かなくても良かったような』



 ケンカした、というよりはルグが一方的に相手を怒らせただけでしたが、今回の一件ではレンリは必要以上に時間をかけて回りくどい手段を取っていました。

 ゴゴ以外の皆も、大なり小なり違和感は感じていたことでしょう。

 仲裁の手伝いをすると言いつつも、当事者二人を引き離しただけで普通に観光を楽しんでいた点などが特に顕著でしょうか。時間をかけることそれ自体にも理由があったにせよ、冗長な感は否めません。

 


「ゴゴ君なら大体想像はついてるんじゃないかい? もう隠すようなことでもないから言っちゃうけど、私としてはこの家の人達ともっと太い(コネ)を繋いでおきたかったのだよ。最初の時に顔は繋いだにしても、シモンさん達の知り合いってだけじゃ弱いかもしれないだろ?」



 その大きな理由のひとつ(・・・)が、この魔王一家との確たる繋がりを得るためでした。



「今後の快適な研究のためには、多少無理矢理にでも理由を作って、この家の人達と親しく話せるようにしておきたくてね。まあ、終わってみれば取り越し苦労だったというか、簡単すぎて拍子抜けだったというか」


『ああ、それはなんとなく想像がつきます』



 とはいえ、その目的自体はあっさり達成できてしまいました。

 わざわざルグを利用して距離を縮めるまでもありません。

 なにしろ、ここの一家は揃いも揃って超が付くほどのお人好し。こうしてレストランの店内で、魔王やアリスの耳に届く距離で堂々思惑を明かしても、まったく問題ないと思えてしまうほどです。


 最初はあまりの無防備、無警戒さを前にかえって慎重になっていたレンリでしたが、最終的には今後も時折聖剣や魔法の研究に協力してもらえるよう約束を取り付けることができました。それに関しても、魔王達には協力の対価を要求するといった発想自体がなく、逆に戸惑ったものですが。






『なるほど、そういう理由でしたか。納得しまし』


「でもさ、レン。それだけじゃないだろ?」



 納得した様子のゴゴを横目に、今までルカに「好きだ、好きだ」と何十回も繰り返していたルグが会話に入ってきました。


 レンリは自分の目的を達するべく、当事者二人や周囲をやきもきさせたまま解決を引き延ばしていた。それ自体はウソではありませんが、しかし全ての真実というわけではないのです。

 証拠らしい証拠のない勘ではありますが、ルグにはその訳に察しがついていました。



「なんだい、ルー君。聞いてたのか」


『それで、ルグさん。別の理由ってなんですか?』


「おいおい、そんな理由なんて無いよ。ルー君の勘違いだって!」



 ゴゴが理由を問うも、レンリは何故か慌てた様子。

 私利私欲のために友人の仲違いを長引かせて利用していたということですら平然と明かして悪びれないレンリですが、先程までと違って随分焦っているようです。


 そんな彼女に対し、ルグはこう伝えました。



「言うのが遅くなったけど……ありがとう、レン。俺がルカと仲直りできたのはお前のおかげだ。すごく感謝してる。本当にありがとう。お前と友達で良かった」



 丁重な感謝の言葉。

 今回の件でルグがレンリにどれだけ借りができたのかを考えれば、こうして礼を述べること自体におかしな点はありません……が。



「あ、わたしも……ありがとう。励まして、くれて……嬉しかった、よ」



 ルカもそれに続きます。

 二人が仲直りできたのも、想いが通じたのも、レンリの助力あってこそ。本人達もそれが分かっているからこそ、こうして謝意を伝えているわけですが……。



「や、やめっ、そういうのやめてってば! 恥ずかしいだろ!」



 レンリは顔を真っ赤にしてますます慌てています。



「な、ゴゴ? つまり、そういうことだ」 


『ええと……いえ、全然わからないんですけど。どういうことなんですか?』



 ルグに「つまり」と言われても、ゴゴにはさっぱりワケがわかりません。



「わかりやすく言うとだな、レンが物凄いひねくれ者だってことだ。こいつは知っての通り、友達が困ってたらなんだかんだ言いつつも助けようとしてくれる良い奴なんだけど、人に感謝されるのが嫌なんだ。いや、嫌いっていうより苦手ってほうがしっくりくるか」


『……はい?』


「お礼でも冗談っぽいのは平気なんだろうけど、こんな風に人からストレートに感謝されるのにはすごく弱い。見ての通りだ」


「こ、こら、冷静に人のことを解説するんじゃない! 怒るよ!」



 相変わらずゴゴにはピンと来ませんでしたが、レンリの怒りっぷりと、それ以上の恥ずかしがりぶりを見るに、ルグの指摘は的を射ているのでしょう。



『ええと、レンリさん。親しい人が困っていたら、どうします?』


「そりゃ助けるよ。人として当然だろう」


『でも、それはそれとして感謝されたくはないと?』


「いや、だって、それじゃまるで私が良い奴みたいで恥ずかしいじゃないか」



 つまりレンリは友人の手助けをしたいとは思いつつも、それで感謝されるのが恥ずかしいから、私利私欲で動いていたかのように偽悪的に振る舞っていたのです。魔王達とのコネ作りという理由も決してウソではないのですが、それだけならあんなにも冗長でわかりにくい策を採用する必要はないでしょう。



「ありがとう。これからもよろしくな、親友」


「わたしも、もう一度……ありがとう。これからも、仲良くして、ね」


「あー、もうっ! やーめーろーよー!」



 まあ結局、「親友」のルグ達にはその辺りのひねくれた思惑を見抜かれて、心からのお礼を告げられてしまったわけですが。



『人間の心って奥が深いですねえ。我もまだまだ勉強が足りません』


『うんうん。精進あるのみ、なの』



 人ならぬ迷宮の化身をして複雑怪奇と思わせる人の心。

 ゴゴはこれまでより一層の関心を覚えるのでありました。



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