大図書館の司書
学都の中心に突き立つ聖杖には、迷宮の入口としての機能以外にもいくつかの役割があります。
入口を入ってすぐのエントランスから階段を下りた先。
無数の書棚が並ぶ大図書館には、通常の手法で出版された本が並ぶことはありません。迷宮内で誰かが発見した知識や技能の収集・編纂を行うのがこの場所の、そしてここを管理する『司書』の役目なのです。
「ここは相変わらず広いな」
「う、うん……」
「二人とも、こっちこっち。階段で下まで降りるよ」
ルグとルカとレンリの三人は、再び聖杖内を訪れていました。
とはいえ、今回は迷宮に入るわけではないので気楽なものです。下準備や武装もなく、着の身着のままで来ています。
「壁の端が見えない……どこまで続いてるんだ、これ?」
長い螺旋階段を降りる途中でルグが呆れたように呟きました。
聖杖内の空間は魔法的に拡張されているとはいえ、あまりにも非現実的な光景です。
「一説によれば無限の広さがあるとか、空間の端と端が結ばれていて『果て』というもの自体が存在しないとも言われているね」
「む、むずかしい……ね?」
見える範囲だけでも、書棚が積み重なって山のようになっていたり、逆に谷底のように落ち窪んでいる場所などもあります。それらの場所へ続く階段も存在しているようですが、仮にお目当ての知識の場所が分かったとしても、これでは探すのも一苦労でしょう。
「それで、レン。司書さんってどこにいるんだ?」
「まあ、待ちたまえ。階段を降り切る前に上から見当を付けておいたほうがいいだろう。君達も探してくれ。話に聞くところによると、司書は全員が銀髪銀瞳で変わった服を着ているらしいよ」
「銀……あ……あの人、は?」
◆◆◆
「というワケで、私が司書です。はじめまして、よろしくお願いします」
三人が階段を最後まで降りると、そこからわざわざ探すまでもなく自称司書の女性が接触してきました。
前情報の通り銀髪に銀瞳。長く癖のない髪をリボンでまとめており、神殿の司祭のような装束を着ています。顔や身体つきは異常なまでに整っており、なんとなく無機質な印象がありました。
「何が『というワケ』なのかは知らないけど、よろしく」
「よろしくお願いします!」
「よ、よろしく……です」
とりあえず、レンリ達三人も挨拶をしました。
このあたりまでは特におかしな点はなかったのですが、
「ほほう……! 女子が二人に男子が一人。何やら甘酸っぱい香りがしますな。そこの少年、どっちに気があるんです?」
「いや、そういうのないから」
「まあまあ、言ったところで減るものじゃありませんし。貴方と私の仲じゃありませんか」
「いや、ホントにないから。それに初対面だし」
「え、本当に何もないんですか? つまらないですねぇ」
困ったことに、この司書は随分と変わった人物のようです。
「どうしよう、変な人だ」
「うん、変な人だね」
「はっはっは、何を仰いますか。この私はやたら沢山いる兄弟姉妹の中でも比較的マトモなほうだと、私の中では評判なのですよ。少なくとも一番上のお姉様よりはマシなはずです」
完全無欠の変人でした。
なまじ見た目がいいだけに、中身の残念さが一層際立っています。
「どうする? もう帰ろうか?」
「いや、わざわざ来たんだし……ルカ君はどうしたい?」
「えっと……せっかく、だから……一応」
まあ、人格はさておき、目的は果たさねばなりません。
「あ、あの……!」
ルカは意を決して、目の前の変人に本題を切り出しました。