ルカに会いたい
「ルカに会いたい」
今、どうしたいのか。
何をすべきなのか。
ルグは問いに対してそう答えました。
「会って、どうするんだい?」
「謝らないと。何て言えば許してもらえるのかは分からないけど。でも、とにかく会わないといけない。細かいことは会ってから考える」
「つまり、ぶっつけ本番ってことか。ははっ、そういうのもルー君らしくて良いんじゃないか」
ここでレンリの知恵を借りれば、ルグ一人では到底思いつかないような気の利いた謝罪の文言を考えることもできるかもしれません。例えば商人や役人が業務としての謝罪をするならば、そうして隙のない文章を練り上げる工程は必須とすら言えます。
けれど、こと今回に関しては人の力を借りてそれっぽい反省文を作り上げ、それを暗唱しても意味がない。あらかじめ周到に準備を重ねても、それはむしろ逆効果にしかなりません。
いわゆる「作った」文章による謝罪というのは、どうしても多少の作為が感じられてしまうものです。純粋な謝意そのものというよりは利害の調整が主意。言ってしまえば互いの真意など二の次で、「許した」「許された」という状況を獲得するためのある種の儀式みたいなものなのです。
それが利害で繋がっている仕事上のものであれば問題ないのかもしれませんが、友情や愛情を軸にした人間関係というのは、決して損得だけで割り切れるようなものではありません。
虚飾は逆効果。どんなに拙く不器用だろうとも、ルグ自身から出てきた飾りのない言葉でなければルカの心には響かないでしょう。
それが分かっているからこそ、この先どうするかについてレンリも口を出そうとは思いませんでした。もう今回の一件における彼女の役割は終わり。あとはルグとルカを、友人達を信じて託すのみです。
「ま、もし駄目だったら、その時はまた何度でも尻を蹴っ飛ばしてやるさ。言っておくけど、くよくよ落ち込ませてもらえるだなんて思うなよ。どんなにボロボロになっても上手くいくまで何度でも当たって砕けさせてやるから」
「それは怖いな。なるべく世話にならないようにするよ」
仮に結果が芳しくなかろうと、それなら上手くいくまで挑戦させ続けてやる。
成功するまで何度でも挑めば、どんな難問でもいつかは絶対に上手くいくだろう、と。
これはまあ、レンリなりの激励でしょう。
「それじゃ行ってこい、親友」
「ああ、行ってくる」
そうして駆けていくルグの背を見送ってから、
「おっと、話し込んでたら冷めちゃった」
レンリは少し冷めた大量のカレー料理に取り掛かりました。
◆◆◆
そして、すっかり夜も更けた頃。
「本当に見送りはいらぬのか?」
「は、はい……大丈夫、です」
「そうか。まあ、この辺りは何度も通ったし迷うこともあるまい」
ルカはシモンと一緒に魔王の店のすぐ近くの通りにいました。
今日は朝からつい先程まで、ライムの故郷だというエルフの村にお邪魔していたのです。
森の中を散歩しながら山菜摘みをしたり、小川で魚を釣ったり、食事をご馳走になったりと、楽しい時間を過ごしました。学都の迷宮にも似たような環境ならありますが、純粋にレジャーとしての森歩きは街育ちのルカにとっては新鮮に感じたものです。
ウルとゴゴも一緒だったのですが、彼女達はそのままライムの家に泊まっていくことになりました。ライムの私室はそこまで広くはないのですが、お子様サイズの彼女達なら(※部屋の主であるライム含む)三人でもどうにか一つのベッドに収まります。
ルカも誘われたのですが、流石に一緒のベッドには収まりません。
シモンは元々、この後に迷宮都市の男友達と飲み会の約束をしていたとかで、二人で一緒に迷宮都市まで戻ってきたところです。
シモンはルカを宿まで送ろうとしたのですが、その申し出はルカが断りました。
この街は夜でも灯りが多く見通しが良いですし、旅先とはいえ一週間も過ごしていれば多少の土地勘は身につきます。名状しがたい怪現象はやたら多いものの、一般的な意味合いとしての治安は異常なほど良好。まだ乗合馬車も走っている時間ですし、その気になれば徒歩でも簡単に帰れる距離です。ルカ一人でも帰るのに不都合はないでしょう。
「では、気をつけてな」
「はい……おやすみ、なさい」
待ち合わせの時間が迫っていたこともあり、シモンもその場を後にして、ルカは一人で歩き始めました。馬車を使えば十分かそこいらの距離ですが、別に急ぐ理由もなし。
寄り道をしようと思ったのには、大した意味はありません。ただ先程までいたライムの実家の暖房が効きすぎていて、火照った身体を少し冷ましていきたかったという程度の理由。
寄り道の行き先に、つい数日前、ルグと二人で訪れた広場を選んだのにも深い意味はありません。単に、今いる場所の近くで宿への帰り道以外に知っていたのが、魔王宅かその広場くらいしかなかっただけのこと。
なんとなく。
ルカがこの広場に足を向けたのは、ただ「なんとなく」程度の気紛れでしかありません。言ってしまえば、単なる偶然です。
「ルカ!」
「ル……ルグ、くん……っ」
しかし、当てもなく街中をあちこち走り回って彼女を探していたルグと、この場所、このタイミングで出会う確率は果たして如何ほどか。
ただの偶然。
けれど、そこに運命的なものを感じてしまうのは仕方のないことでありましょう。
◆◆◆
数日振りにルグと向かい合って、ルカは彼の様子が明らかに普段と違うことに気付きました。
いったい、何時間走り回っていたのやら。
雪が降ってもおかしくない真冬だというのに、彼は全身汗でびっしょり。息が切れ、足腰もがくがく震えていて、今にも倒れそうなほど疲れ切っている様子です。
真夏に運動してもなかなかこうはならないでしょう。
冷たい空気の中にいると、全身から湯気が立ち上っているかのように見えます。
「ルカ……見つかって良かった」
「わたし、を……探してた、の?」
「ああ」
こんなに疲れ切るまで走り回って探してくれた。
その一点だけでルカは思わず嬉しくなりそうになってしまいましたが、ここは浮かれる気持ちをグッと堪えます。
「……ルグくん」
ルグを前にしても、以前のような火山の噴火みたいにカッと燃え上がる爆発的な怒りはありません。しばらく顔を合わせないほうがいいとレンリに言われ、そのようにしていましたが、成程、その成果はあったということでしょう。
けれど、決してルカの怒りが消えてなくなったわけではないのです。
「わたし、は……怒って、います」
怒っているフリ、ではありません。
衝動的な、燃えるような怒りではないけれど。
ルカは冷静なまま、言わば理性的に怒っていました。
怒らなければいけない。
今だって、彼を好きだという気持ちはある。
正直、彼を許したいとも思っている。
でも、誤魔化してはいけない。
これは本気の恋だから。
好きだけど、好きだからこそ、なぁなぁで仲直りするようではいけない。
「何を……言いにきた、の?」
許したい。
どうか許させて欲しい。
許すに足るだけの何かが欲しい。
怒っているのは彼女なのに、彼女は謝られる側なのに、ルカの言葉には怒りと共に明確な怯えの色が滲んでいました。
「ルカ」
そんな祈るような問いに対して、
「お前が好きだ」
ルグは、心の奥底から浮かんできた言葉を自然と口にしていました。




