最後の質問
「では、最後の質問だ」
会話もいよいよ佳境に入り、レンリは次なる問いを……、
「……と、その前に小腹が空いてきたから先に何か入れておこうか。この店は何が美味しいのかな?」
「おい」
問うには問うてきましたが、突然これまでの流れと関係のない質問を投げてきました。
いかにも重要そうな雰囲気を散々出しておきながら、ルグの前に突きつけられたのは、今いる喫茶店の卓上に置かれたメニュー表。どうにもペースが乱されて気が抜けてしまいます。流石にこれが「最後」の質問のはずはなく、ここまでの流れの例外に当たるはずですが、
「ははは、焦らない焦らない。それに、ほら。お茶もなくなって随分経つのに、空のカップを前に長々と話し込むのは店に悪いだろ」
「それは、まあそうか」
喫茶店の店内はそこそこに混雑しています。
そんな中で特に飲み食いするでもなく長時間粘られるのは、お店にとってはあまりありがたくないタイプのお客さんでしょう。レンリの口からそんな常識的な意見が出てくることにルグは少々戸惑ったものの、そう言われてしまうと従わざるを得ません。
ルカとの一件に関しては意図せず拗らせてしまったものの、基本的にルグは善良な性格をしています。自分の都合で店に迷惑をかけるのは申し訳ない……とまでは言わずとも、長話を続けるなら席料代わりに何か頼むくらいはすべきだろう、という判断が働きました。
「すまない、追加注文いいかな?」
そうしてケーキや軽食類とお茶のおかわりを適当に頼み、数分後には二人のテーブルに注文の品が並べられました。その内訳は、苺のショートケーキ、ベイクドチーズケーキ、ハムサンドイッチ、カツカレー、海鮮カレー、カレーパン、キーマカレー、野菜カレー、スープカレー……。
ルグは特に食べたい物がなかったので注文はレンリに任せたのですが、前半はともかく後半はやたらスパイシーでした。
「いやいや、おかしいだろ。本当に喫茶店かここ?」
「喫茶店でしょ。ほら、あそこの人達もちゃんとティーカップでカレーを飲んでるし。このカレーもティーポットに入って出てきたし」
「本当だ……いや、どういう店なんだよ? そもそも食べにくいだろ、これ」
「まあ、この街って変な店が多いからねぇ」
迷宮都市の特徴の一つとして、飲食店のみならず色物系の店の割合がやたらと多い点が挙げられます。先程まで会話に集中していたせいかルグは気付いていませんでしたが、店内の客の半数近くはカップでお茶ではなくカレーを飲んでいました。
レンリがわざわざ追加注文を頼もうとしたのは、その異様な光景に好奇心と食欲を刺激されたからかもしれません。
「それで、ルー君は何食べる? 好きなのを選んでいいよ」
「いや、俺は別に」
「いいから。どれか選びたまえ」
「じゃあ、こっちのケーキかサンドイッチを……」
「そうかい。それじゃ、はいどうぞ」
ルグの目の前に揚げたてのカツが乗ったカツカレーが差し出されました。
対面のレンリは美味しそうにショートケーキを食べています。食べ終えました。続いてチーズケーキにも取り掛かっています。
「おい」
「おや、食べないのかい? カレーだってケーキだって、まあ大体同じようなものだろう? どっちも食べ物だし」
「いやいやいや。それは流石に大雑把すぎるだろ」
別にルグだってカレーは嫌いではありませんが、甘いケーキと同じには扱えません。同じ食べ物という括りに入っているからといえ、いくらなんでも乱暴すぎます。代替品として扱うのは無茶が過ぎるというものでしょう。
「ははは。だよね? これじゃ、流石に代わりにはならない」
そして、レンリだってそう思っています。
ならば、なんで甘いケーキを欲する相手にカレーを渡したのか。
何も、ルグに対して意地悪がしたいわけではありません。
この奇行にはちゃんとした……いえ、あまりちゃんとしてはいないかもしれませんが、それでも一応は彼女なりの理由があったのです。
「ほら、たまにあるだろう? どうしても食べたい料理があるのに、たまたま売り切れだったり近くに扱ってる店がなくて食べられないとか」
「ああ、そういうのは時々あるな」
そういうことならルグにも身に覚えがありました。
故郷の田舎だとそもそも食べ物の選択肢が多くないのでそうでもありませんでしたが、学都に出てきて外食の機会が増えてからは、運悪く希望に沿わない結果になることも時折あります。
「それでもお腹は空いてるから仕方なく別の品を頼んだりするわけだけど、そういう代替品で空腹を埋めても、結局最初に食べたかったやつがチラついて全然満足感がなかった、みたいな」
「うん。そういう時って別の物を食べても、なんかイマイチに感じちゃうんだよな」
「そう、それと同じさ」
「……同じ?」
大きく横道に逸れたようでいて、いえ実際その通りに脱線していた面は否めませんが、追加注文を頼んでからの一連の流れも全てはレンリの計算どおり。
「ルー君。キミはチビで間抜けで鈍感で無学で非才で世間知らずの田舎者で、考えなしかと思ったら明後日の方向に考えすぎて事態を悪化させる馬鹿だ。そう、まさにキミ自身があの晩にルカ君に言った通りだよ」
「いや、流石にそこまでは言ってないけど……」
つい先程、同じ口で「私の友達を馬鹿にするな」と言ったとは思えないような文句が次々と飛び出てきましたが、
「でも、それでもキミの代わりはいないんだ」
レンリは言葉を続けます。
「わざわざ、キミ自身に言われるまでもない。私も、ルカ君や他の皆だって、キミが欠点だらけの人間だなんてことはとっくに知ってるよ。ああ、能力的にルー君より優れた人間なら、世の中にいくらでもいるだろうさ」
欠点があることなど百も承知。
そもそも、そんなのはお互い様です。
「それでも私は、私達は、欠点だらけのキミがいい。そんな、欠点だらけのルー君だからいいんだ」
先程は「許す」と言ったものの、レンリの口調にはやや怒りが滲んでいました。
この件に関しては、よっぽど頭に来ていたのでしょう。
「それを『他にもっと良い相手を探せ』だって? そりゃ、ルカ君だって怒るさ。それとも、キミにとってのルカ君や私達は、他にいくらでも替えが効くようなどうでもいい奴だったのかい?」
「違うっ!」
喫茶店の店内だというのにも関わらず、ルグは思わず大きく叫んでしまいました。
カップのカレーを啜っていた周囲の客が何かあったのかと視線を向けてきますが、しかし、ルグにもこの一線だけは譲れません。
替わりなどいない。
絶対に、いるはずがない。
「……やれやれ、やっと分かったみたいだね?」
「ああ、あれじゃ怒られて当然だ。俺は、本当に馬鹿だ」
「うん、まったくだ」
そして同時に、今ようやく、己があの時ルカに対してどれほどひどいことを言ってしまったのか、その意味を完全に理解するに至りました。
◆◆◆
「それじゃ、改めて最後の質問だ」
そして、レンリは今度こそ本当に最後の問いを発しました。
「キミは、今、どうしたい?」
「俺は」
ルグは、一瞬だけ考えてから答えました。
「ルカに会いたい」
お茶は飲み物である。
お茶とは植物の成分をお湯に溶かしだしたモノである。
カレーとはスパイスの成分をお湯や油に溶かしだしたモノである。
つまりお茶はカレーであり、カレーはお茶である。
よってカレーとは飲み物の一種である。




