質問と回答
ここ数日ほど魔王一家の人々と暮らしてみて、彼らに対してどう思ったか。
レンリからの問いに対し、ルグはこのように返しました。
「何か……意外と普通というか」
「なるほど。続けて」
「ええと、すごい人達だってのは間違いないんだけど、どういう風に言ったらいいのかな? 特別なのに特別じゃないというか……なんていうか、すごく自然なんだ。普通に飯食ったり家事をしたりとか、意外と普通の人みたいな部分もあって、でもすごいことに変わりはなくて……」
頭の中にあったぼんやりとした印象を言葉に出すのに苦労し、パッと明確な答えを出すというわけにはいきませんでしたが、
「ふむ。ま、ギリギリ及第点ってことにしといてあげよう」
かなり甘口の採点ではありましたが、辛うじてレンリからの合格点を貰えたようです。
「特別といえば、あんなに特別な人達は世界中探したっていないだろうけど、でも同時に普通でもある。正直に言うならあんまり普通すぎて私も最初は面食らったくらいだよ」
「特別」な周囲の皆の中で、「普通」であることがルグに劣等感を覚えさせる大きな要因だったのは間違いありません。そういった意味では、この世でこれ以上はないであろうほど「特別」な人々の近くで生活することは彼の自虐思考を加速させる原因になりかねないようにも思えます。
ですが実際にはそのようなことはまるでなく、状況に対する困惑や緊張はあれど、ルグが引け目を感じて居心地悪くなるといったことはありませんでした。
ルグ自身、意外とすんなり環境に馴染めている自分に違和感を覚えるほどでしたが、その理由はきっと、魔王達があまりに「普通」だったからこそ。
彼らが「特別」なのは間違いないけれど、同時に「普通」でもある。
そして、だからこそ彼らを知るほどに親しみが増していったのでしょう。
当たり前に寝起きして食事をして、家事をこなし、日用品の買い物をし、駄々をこねる子供達に悪戦苦闘する。そんな光景を連日眺めていれば、当初の、想像もできないような偉人に対するような過大な印象も崩れようというものです。
「特別とか普通とか、そんなのは大した違いじゃない、どうでもいいことなのさ。そんな曖昧な区切りを勝手に作って、勝手に引け目を感じるなんて馬鹿みたいだろう?」
そもそも、「特別」とか「普通」とか、そういった区切り自体がある種の幻想に過ぎない。あるいは、それら枠組みが存在したとしても、それは人間の価値を決定的に規定するようなものではないのです。
理屈ではない実感としてそれを理解させるためとはいえ、わざわざ魔王宅へのホームステイまでさせたのは、いくらなんでも回りくどすぎたかもしれませんが。
◆◆◆
「では次の質問だ」
生温くなったお茶を一息で飲み干すと、レンリは次の問いを繰り出してきました。
「どうして、ルカ君だけじゃなく私達もキミに対して怒っていたのか?」
当事者の片方であるルカが怒ったのは当然として、今回の件ではレンリやウル達もルグに対してかなりの怒りを感じていました。怒っていなかったのは、ルグと同等以上に女心のわからないシモンくらいのものでしょう。
女性陣の怒りは、ルカに対しての同情や感情移入による面も多々ありますが、何もそれだけが原因ではありません。
「理由はいくつもあるんだけど、何が悪いって『俺なんか』ってのが特に良くなかったよね……っと、答えをほとんど言っちゃったかな。ま、いいか、話を続けよう」
あの夜、ルグが幾度も繰り返し口にした「俺なんか」という自分を卑下する台詞。
それが皆の怒りを買う大きな原因になっていたのは間違いないでしょう。
「そうだね……うん、たとえば誰かが私の悪口を言っていたとしたら、我が友人であるところのルー君はどういう風に思うかな?」
「え?」
と、ここでレンリは攻め方を少しひねってきました。
「たとえばの話だよ。いいから、考えてみたまえ」
「いや、レンが何をやらかしたかにもよるけど、それはちゃんと相手に謝ったほうがいいと思うぞ。俺も一緒に謝ってやるから」
「おい、こら」
レンリに対する、ある意味厚い信頼が伺えます。
とはいえ、これでは話が前に進まないのでここで前提条件への補足が入りました。
「もっとほら、誰か悪い奴が私に関しての根も葉もない悪評を流してるとか、公然と侮辱したとか私が一方的な被害者だって前提で考えてみたまえよ」
新たな前提条件を元に思考を巡らせ、ルグは改めて答えを返しました。
普段のレンリの性格や生活態度は一旦忘れ、一切の非がない被害者となったとしたら、
「その場合は俺もそいつに対して怒ると思う。程度にもよるけど、ぶん殴ってやりたいってくらいには思うかも。正直、俺が何かする前にレンなら自分できっちり復讐を済ませてそうな気もするけど」
「うんうん。もしもの時は助勢よろしく」
友人が理不尽に悪く言われたなら、ルグだって怒ります。
そこで怒りを覚えるのは、人として当然のことでしょう。
「なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか。友達を侮辱されたら怒って当然だろ?」
「いや、でも……侮辱って、あれは自分のことを言っただけで」
「それでも、さ。キミがキミ自身を悪く言ったら怒る。私の友達を馬鹿にするな」
だからこそ、レンリや皆はあれほどに怒ったのです。
友人であるルグが誰かに侮辱されたら、怒る。
それは、彼から彼自身に対してのものであっても同様。
そう言われてもルグ本人としては、正直、自分自身に対する卑下であれば例外なのではという気持ちもありましたが、
「ルー君が本当にキミの言うようなつまんないだけのどうでもいい奴だったら、わざわざ好き好んでキミの友達してる私達はなんなのさ?」
こう言われてしまったら反論もできません。
誰かを悪く言うことは、その誰かと親しくしている周囲の人々ごと侮辱しているも同じ。
それが自身への卑下であろうとも例外ではありません。
ルグは自分自身を低く評すつもりが、意図せずに仲の良い皆まで貶していたのです。ならば、それは怒られて当たり前というものでしょう。
「自分が馬鹿にされるのは我慢できても、親しい誰かを侮辱されるのは許せないものだよ。貴族社会なら下手すれば決闘沙汰だ。相手が非を認めて謝罪しない限りはとことんやり合う。で、ルー君から私に何か言うことはないかい?」
「……ああ、すまなかった。ごめんなさい」
「うん、ならば許してあげよう。後で他の皆にもちゃんと謝っておくんだよ」
◆◆◆
話し込んでいる間に、随分と時間が経っていたようです。
西の空を眺めてみれば、もう夕日が建物の陰に隠れ始めています。
「では、最後の質問だ」
そして、この会話もいよいよ終盤。
レンリは最後の問いを口にしました。




