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彼に足りないもの

あけましておめでとうございます


 魔王一家の朝食の席で、レンリは当たり前の権利のように混ざって一緒にご飯を食べていました。つい先程、ちょうど朝食の支度が整ったタイミングで一人で訪ねてきたのです。



「やあやあ、これはどうも。お、この漬物美味いですね」 


「あら、わかります? この糠漬け、わたしの実家で漬けてるやつなんですよ」


「へえ、リサさんの実家というと“あちら”の? まあ、美味しければなんでもいいや。これはライスが進む、進む。もう一杯おかわりお願いします」


「はーい。沢山あるから遠慮なくおかわりしてくださいね」



 レンリからはまだ何も説明がありませんが、一家の人々もごく自然に受け入れています。

 今朝の献立は大根おろしを添えた鯖の塩焼きに味噌汁、白米、漬物、焼き海苔……という、この世界ではまだ珍しい種類の料理なのですが、器用に箸を操りながら一切臆すことなく口に運んでいます。

 良く言えば順応性が高い、悪く言えば図々しい。

 どちらにせよ、レンリはすっかり一家の団欒に溶け込んでいました。



「ルグくんもいっぱい食べてくださいね」


「あ、どうも。おかまいなく」



 対照的に、昨日からこの家に泊まっているルグは、まだまだ硬さが残っている様子。

 まあ、一晩くらいでは緊張が解けないのも無理はありませんが。

 本来は枕が替わったせいで眠れない、なんて繊細なタイプではないはずなのですが、きっちり熟睡できなかったのか、少々眠たそうに食事を進めています。

 

 半ば以上強引に押し切られた形とはいえ、ルグも一応は納得して、自分の意思でこの家にやって来たのです。しかし一向にルカとの関係改善に役立ちそうなヒントは得られていません。

 この家の人々も、彼の問題に関心があるらしいとはいえ、それはあくまでミーハーで野次馬的な意味での興味。他人の色恋沙汰を離れた位置から無責任に楽しみたい、程度のものでしかありませんでした。


 ルグとしては、もっと禁欲的ストイックな修行風景を想像していたのです。

 疲れてぶっ倒れるまで組み手を繰り返すとか、罵声を浴びながら延々と長距離走を続けるとか……まあ、それらは勝手な想像に過ぎないにせよ、現実にはまったく痛みも苦しさもありません。

 昨日は到着してからの試食と、夕食には歓迎会という名目でのご馳走責めに遭い、今もまた食べ慣れない味ですが、珍しく美味しい食事を楽しんでいるばかり。

 居候の身として、掃除でも洗濯でも店の雑用でもなんでもする気でいましたが、そういった仕事もさせてもらえません。はっきり言ってしまえば、かなりの物足りなさを感じていました。







 ◆◆◆








「ルー君はさ、ほらあれだ。ちょっと遊びが足りないよね」


 食後、開口一番にレンリはルグにダメ出しをしてきました。



「なんだ、それ? っていうか、レンは何しに来たんだ?」


「何をしにって、そりゃキミが寂しがってないかと思って顔を見に来てあげたのさ。ははは、ちょうど朝食時でツイてたよ」



 言い方はさておき、レンリはルグが心配で様子を見に来たようです。



「そりゃどうも。で、ルカ達は?」


「今日の午前中は各自自由行動ってことになっててね。私も昼にはルカ君達と合流して、午後は一緒にショッピングを楽しむ予定なのさ」



 当初の予定からは随分外れてしまっていますが、だからといってレンリ達は楽しむことを諦めたわけではありません。むしろ、何が何でも旅行を満喫してやろうというガッツすら感じられます。



「まあ現状だと一緒にってわけにはいかないけど、折角の旅行なんだ。キミも観光を楽しみたまえよ。午前だけなら私が付き合ってあげてもいいよ?」


「いや、観光って……そんなわけにはいかないだろ」


「どうしてだい?」


「どうして、って」



 ルグとしては、ルカを怒らせたり悲しませたりしたことへの強い罪悪感がありました。

 皆の予定を狂わせたことについても同様に。

 だから、自分は罰を受けなければならない。旅を楽しむ権利なんてない……と、自然に考えていたのです。


 ですが、レンリの言うように呑気に観光を楽しんでいたのでは、わざわざ泊まる場所を変えた意味が薄いように思えました。特に閉じ込められたりもしていません。この家の人々も優しく親切にもてなしてくれるばかりで、正直、罰を望むルグにとっては逆に居心地が悪いくらいです。



「だからこそ、なのだよ。さっきも言いかけたけど、ルー君には遊びが足りない……いや、遊び方が分からないのかな? キミ、趣味らしい趣味もないだろう」


「そんなことはないぞ。身体を鍛えたりとか」


「まあ、世の中にはトレーニングが趣味って人もいるけどさ、でもキミは必要だからやってるだけで、楽しんでやってはないんじゃないの? 見た感じの印象だけどね」



 世の中には、重いバーベルを持ち上げることを無上の喜びと感じるような人々も存在しますが、ルグが趣味だと思ってやっているトレーニングにはそんな特殊な喜びはありません。日々肥大化する筋肉を鏡の前で眺めて悦に浸るような性癖も皆無です。



「いいかい? 普通、趣味ってのはもっと楽しいものなのさ」


「なるほど。そういうものか」



 ルグとしても強く反論する気はありません。

 むしろ、そうだったのかと内心納得したくらいです。

 彼の鍛錬は必要だからしていただけで、趣味とは言えない。時間さえあればやってきたけれど、別に楽しいわけではない。なるほど、それなら自分は実は無趣味な人間だったのかもしれないな……と思いましたが、



「でも、レン。だからどうしたんだよ。俺が無趣味のつまんない奴だってのは、まあ、その通りなんだろうけど」


「だからどうしたって? 決まっているじゃないか。ルー君はもっと積極的に人生を楽しむべきなのだよ。自分の人生を楽しめていない奴は自分を大事にしないものだし。キミの自己評価の低さというか、かなりイラっとくる自虐はその辺りが一因なんじゃないかと見ているよ」


「そういうものなのか?」


「そういうものなのさ。その点、この家の人達は大したものだよ。折角、一緒に住まわせてもらうんだ。良い機会だから勉強させてもらいたまえ」



 ルグとしては一応の理屈を説明されても、分かったような分からないような、むしろ理解が遠ざかったような、なんともよく分からない曖昧な心地です。


 人生を楽しんで、幸福だと感じられるからこそ人は自分を大事にし、健全な自尊心が育まれる。逆に言えば、自分を大事にしない者は人生を楽しんでいない。あるいは楽しみ方が足りていない。


 果たして、これで筋が通っているのか、いないのか。

 通っていたとして、呑気に観光を楽しむことがルカとの一件の解決に繋がるのか。


 率直に言うならば、ルグにはかなり乱暴な理屈に思えました。

 なんとなく、上手く言いくるめられているような気もしました。

 単に問題から目を逸らして遊ぶことを正当化する屁理屈なんじゃないか、とも。



「さて、それじゃあ早速遊びに行こうか」


「あ、ああ……」



 けれど、ルグには気の利いた反論も思いつきません。結局はレンリに強引に引っ張られるようにして、街へと繰り出すことになってしまいました。

 


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