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わくわく! たのしい博物館


 豪勢な朝食を優雅に楽しんだ後、レンリ達はルグを送り込んだ博物館を訪れていました。ドッキリのネタばらしが主目的ではあったのですが、



「そういえば、まだあんまり観光してなかったし」



 せっかく迷宮都市に来ていながら、あれこれとトラブルが頻発したせいで、まだ観光らしい観光をあまりしていません。

 友人達の恋模様を観察するのも面白いけど、それはそれとして、折角の旅行なのだから楽しめる時には楽しんでおきたいなぁ……みたいなことをレンリは思いました。


 展示室で殺人鬼からの苛烈な拷問(の演技)を受けているルグも、プロの役者の名演によって死ぬほど怯えてはいるでしょうが、精々それっぽく凶器を構えながら言葉で脅かす程度です。実際に死んだり怪我をしたりする心配はありません。


 それならば、ちょっとくらい迎えに行くのが遅くなっても構わないだろう。そんな大雑把な判断で、一行は悪趣味極まる呪いの品を収集・展示してある博物館の見学をしていました。



「ふむふむ、致命傷を避けつつ効率的に苦痛を与える形状の刃物か。私の趣味からはちょっと外れるけど、これはこれで参考になるなぁ」



 展示品の種類は、宝飾品や絵画や書物など多岐に渡ります。


 所有者に多大な富をもたらす代わりに数年以内に必ず死ぬという宝石。

 どんな病も治すけれど、最も愛する者が同じ病にかかるという禁断の魔術書。。

 描かれた貴婦人の髪が伸び続ける絵画。

 夜な夜な血の涙を流す彫刻。

 持ち主の隙を見て鋭いローリングソバットを仕掛けてくる等身大人形。


 使い方によっては有用そうな品もありますが、それこそが巧妙な罠なのでしょう。

 展示品の中でも特に性質の悪いモノは、物理的な鍵と魔法による封印が施された厳重なケースにしまわれています。そのすぐ横には博物館に収められる以前の歴代の所有者が、いかに悲惨な最期を遂げてきたかという説明書きが掲示されていました。

 単に死ぬだけならマシなほうで、ただ死ぬよりも悲惨な目に遭った被害者も少なくありません。そんな事例を知れば、間違っても欲にかられて盗んだりしようとは思わなくなるでしょう。



「おっ、こっちの剣はなかなかの業物と見た! なになに、血を吸えば吸うほど切れ味が上がる呪いの魔剣? へえ、どんな術式が働いてるのかな。ちょっと分解して調べてみたいなぁ」



 そんな展示品の中でも、レンリが興味を惹かれたのはやはり刃物や武具の類。

 禍々しい形状の拷問器具や殺人鬼が愛用したナイフなどを、キラキラした瞳で眺めては好奇心旺盛な笑みを浮かべています。どこからどう見ても完全に危ない人でした。他の見学客は当然として、同行者であるウルやシモンも思い切り引いてしまい離れて歩いているくらいです。



『今更だけど、お姉さんの趣味はおかしいと思うの』


「ははは、ごめんごめん。でも、なかなか良い刺激になったよ」



 珍しい武具が大量に収蔵されている施設は、レンリにとってはご馳走の山が並んでいるようなものなのかもしれません。売店で片っ端から購入したパンフレットや、博物館の目玉アイテムである呪いの魔剣を模したキーホルダーなどを大事そうに抱えています。

 レンリ以外は、コスモスも含めて、そこまで楽しめなかったようですが、まあ流石にそれは仕方がないでしょう。普通、こうした博物館でこんなにもテンションが上がるのは近い分野の研究者か、特殊な趣味の変態くらいです。



「ふぅ、堪能した。さ、それじゃ帰ろうか」


『それは流石にお兄さんが可哀想なのよ』


「……ふふ、分かっているとも。軽いジョークさ」



 最終的に若干目的を見失っている感すらありましたが、まあ過ぎた話です。

 ようやく本来の来館目的を思い出したレンリ達は館内の奥にある特別展示室に向かい、



「ええと、ここかな? やあ、ルー君迎えに来たよ!」


「ふふふ。ルグさま、おはようございます。良い朝ですね」



 わざわざコスモスが用意した『ドッキリでした』と書かれたプラカードを掲げて突撃しました。







 ◆◆◆







 ――――中略。







 ◆◆◆







 まあ、お仕置きとはいえいくらなんでもやり過ぎです。それに館内の見学で時間を使ったせいで、予定よりも遅れてしまったのも悪い方向に働きました。


 殺人鬼を演じていた役者氏も流石にこの道のプロだけあって最後まで一切怪しまれることなくルグを怖がらせていたのですが、実際に怪我をさせることなく恐怖を与え続けるとなると、途中からネタ切れ感も出てきます。

 自分はこれまでに何人殺しただの、この道具はこんな風に使うだの、それっぽい嘘の残虐エピソードをアドリブで話し続けていたらしいのですが、それにしたって何時間も続くものでなし。適当な作り話とはいえ、矛盾が出ないように整合性を取りながら即興で考えるのは案外難しいものです。

 とはいえ、この博物館の大口の出資者パトロンであるらしいコスモスからの依頼となれば演技の手を抜くこともできません。

 もしかしたらレンリ達のネタばらしで一番安心したのは、与えられた役目を忠実にこなし続けた役者氏だったのかもしれません。コスモスから特別業務の礼金としてそれなりの額のボーナスを貰った氏は、ルグに怖がらせたことを丁重に謝った上で去っていきました。





「いや、私もちょっとやりすぎたよ。ごめん」


「分かったから、全部忘れてくれ……」



 数時間もの間、死の恐怖に怯え続けたルグに何があったのかについては……彼の名誉のために描写を割愛しておきましょう。それこそ恥辱のあまり死んでしまいかねません。なにしろ、仕掛け人であるレンリやコスモスですら、流石に悪ふざけが過ぎたと素直に反省しているくらいです。

 だから、この件については『何もなかった』ということにしておきましょう。

 ルグの下着とズボンが買ってきたばかりの新品に変わっているのも、たまたま急に新しい服が欲しい気分になった以外の理由はありません。本当です。決して嘘ではありません。



「それで、俺が泊まる場所を移るって話だけど」


 何もなかった以上は同じ話題を続ける意味もなし。

 積極的に話を逸らしたいわけでは決してありませんが、ルグは先程聞かされて気になっていたことについて尋ねてみました。



「うん、魔王さんの客間が空いてたから。コスモスさんから話を通してもらって、もういつでも泊まれるようになってるよ」


「いや、それは別にいいんだけど」



 今の宿を出て一人だけ別の場所に泊まる。

 ルグとしては強く反対する理由もありませんが、賛成する理由もまたありません。


 それに、気になる事といえば他にも一つあります。



「ああ、言ってなかったっけ。ルカ君ならここには来てないよ。ホテルで留守番してる。どういう顔でキミに会えばいいか分からないってさ」


「それは……」



 会わせる顔がないと言うべきなのは自分のほうだ。

 ルグはそう言いかけましたが、肝心のルカがいないままではそんな風に言葉を伝えることも、彼女を傷付けたことを謝ることすらできません。


 否。たとえ彼女が目の前にいたとしても、今の彼には謝る資格などありません。

 昨日眠らされる前にもレンリに指摘されたことですが、ルグは自分の言葉がルカを傷付けたことは分かっていても、具体的に何がどのように悪かったのかを正しく理解してはいないのです。


 後悔も、反省もしている。

 けれど、それだけでは不十分。



「だから、それをきちんと理解するまでは、キミはあの子と会うべきじゃないのさ。とはいっても、同じ所に泊まってたら顔を合わさないままでいるってのも難しいからね」



 会えば、ルグは謝りたくなる。謝ってしまう。

 そうすれば、ルカはきっと許してしまうでしょう。

 それでも表面上は元通りの関係に戻れるかもしれません。


 ですが、それでは駄目なのです。

 仲直りとは、良好な関係を取り戻したフリをすることなどでは決してありません。

 本当の意味で友情を、あるいは愛情を取り戻したいのであればこそ、半端な謝り方をすべきではないのです。



「そのためにしばらくルカに会わないほうがいい、と」



 それが魔王の家である意味まではまだ分かりませんが、宿泊場所を移る理由に関してはルグも一応は納得しました。ルカと会えないことへの寂しさはありましたが。



「ま、そんなに心配しないでもいいさ。私も手を貸すし、他にも頼りになる助っ人が沢山いるからさ。いや、なんか私が思っていた以上にあの家の人達が興味津々みたいで……うん、まあ大船に乗った気持ちでいたまえよ」


「あ、ああ……」



 心配するな、と言われただけで安心できたら苦労はありませんが、それはともかく。かくして、ルグは一人、魔王宅へホームステイをすることになったのです。


 

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