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自己紹介と人の縁について


 情報量が急に増えすぎて何を聞けばいいのか分からなくなってしまったルグ。

 その心情を思えば混乱するのも無理はない。いえ、むしろそうなって当然かもしれませんが、そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、性質の悪い冗談としか思えないような新情報が雪崩のように一気に押し寄せてきました。



「じゃあ、みんな揃ったところで自己紹介しますね。ええと、わたしは料理人コックをしてる一ツ橋リサといいます。あと、前に勇者やってました」


「どうも、こんにちは! 僕はこの店の料理人で、あと、魔王もやってます」


「私はアリスと申しまして、ここの従業員をしています。あと、昔は魔王でした」



 はっきり言って、ルグには声が聞こえてはいてもその内容を理解できてはいません。

 まるで脳が言葉の理解を拒んでいるかのようです。主に、ついでのように付け加えられた(恐らくは言った本人達が大して重きを置いていないであろう)部分のプロフィールのせいで。

 ルグほどショックを受けてはいないレンリやルカはもうちょっとマシな精神状態ですが、それでも言葉の意味をすんなり受け入れられるかというといささか難しいものがあります。

 


「あの……シモン、さん?」


「ええと、これは一体どういうアレなんです?」


「ああ、皆の気持ちは分かる。分かるが全部本当のことなので諦めてくれ。こら、可哀想な人を見る目で俺を見るな。だって、本当なんだから仕方ないだろう!」



 普通に考えれば酔っ払いや狂人の戯言と思われても仕方のない内容です。下手をすれば、この一家と引き合わせたシモンやライムの正気まで疑われかねません。



「ん。全部本当」


「うむ、まるで嘘を吐いていないのが逆に性質たちが悪いとも言えるが……」


「ええ、まったく。この一家は存在自体が冗談みたいなものですからな」


「いや、コスモス。お前がその筆頭だからな?」


「ははは、お褒めに預かり光栄です」



 コスモスの言う通り、正直に素性を説明しようとしたら冗談にしか聞こえないのがこの一家。正体を知った上で付き合おうとするならば、どんな物事でも受け入れる広い心と、それ以上に何があっても仕方がないという諦めが肝要です。


 そして、自己紹介の順番は一家の子供達へと移りました。



「では、すでにご存知でしょうが私もついでに。この私、コスモスはそちらの魔王さまの造った人造生命ホムンクルスでして、この家の長女ということになっております。ここにはいませんが、私と同じようなホムンクルスの弟妹きょうだいが現状で二百人以上おりますので、この街にいれば目にする機会もあるかと」



 まずは口を開いた流れでコスモスから。彼女をはじめとするホムンクルス達は公的な戸籍上でも製作者である魔王の子供ということになっており、その大半は迷宮都市の各所で仕事をしていたり遊んでいたりサボっていたり、まあ色々なことをして好き勝手に過ごしています。あと、たまに増えます。



「こんにちは、アリシアです!」


「は、はじめまして、リヒトです」



 次に元気良く挨拶をした金髪の女の子がアリシア。

 おとなしそうな黒髪の男の子がリヒト。

 ここまでワケの分からない紹介が続いた中で、この一見普通そうな子供達の存在は、ただそれだけで聞く側の心に平穏をもたらす、この非常識なトンチキ空間における一服の清涼剤と言えましょう。


 自分達がとびきりヘンテコな夢の中にいるんじゃないかという疑いを捨てきれないまでも、必死で理解力を働かせてどうにか情報の咀嚼に努めるレンリ達。まあ、夢だろうが現実だろうが名乗られたからには名乗り返すのが礼儀です。



「やあ、こんにちは、アリシアにリヒト。それじゃあ私達も自己紹介といこうか」



 あるいは、それも一種の現実逃避だったのかもしれませんが、とりあえずはレンリ達も名乗りを返すことにしました。








 ◆◆◆








 言葉をいくら重ねても、それだけで納得できるようなものではありません。ですが、目に見える形の証拠があれば話は違います。少なくとも、説得力は段違いに増すでしょう



「ほら、これがわたしの聖剣さんですよ。触ってみます?」


「うわっ! すごいすごい、本物だ! 欲しい!」



 というわけで、リサが勇者にしか扱えない聖剣を手の中に出現させ、それを見せたらレンリは一発で信用しました。

 剣マニアのレンリには、一目でその剣の只事じゃなさが理解できたのでしょう。正直、もはや持ち主が本物だろうが偽者だろうが構わない。剣さえ本物であれば他のことは全部どうでもいいというくらいの食いつきぶりです。

 勇者以外が持っても聖剣が真価を発揮することはありませんが、それでも借りた剣に触れたり舐めるように観察したり、比喩ではなく本当に舐めて味見をしたりして、その変態的な姿を見た他の面々は大いに引いていました。


 まあ、形はどうあれ仲良くなるきっかけさえ出来ればしめたもの。それに、話しているうちにレンリと勇者リサの間には、ちょっとした縁があることも分かりました。



「ええ、そうなんですよ。レンリちゃんのお祖父さんには昔からお世話になってます」


「爺様め。前々から何か隠してるとは思ってたけど、こんな面白いことを黙ってたのか」


「あとは、レンリちゃんの国の王様とか騎士団の人達とか、勇者わたしのことを知ってる人は結構いるはずですよ」



 『勇者は役目を終えて自分の世界に戻った』。

 世間に知られているのはそこまでのエピソードですが、そのしばらく後でひょっこり戻ってきて、以降は気軽に世界間を行き来していることはあまり知られていません。ですが、あくまで「あまり知られていない」だけなので知っている人は知っています。レンリの祖父もその一人でした。



「うむ、この際だから言ってしまうが、俺の国でも国王陛下あにうえや父上は知っているしな。それから城勤めの者の中でも特に信頼できる者には事情を知らせている」


「ん。私の村の人も」


「あとは、このお店の常連さんの中でも古い付き合いの人はそこそこ知ってますねえ」



 当のリサ本人も普段はそれほど意識することはありませんが、この秘密を知っている人は案外いるものです。全員合わせれば何十人か、もしかしたら百人を超えるかもしれません。

 世界を揺るがしかねない機密情報にしては扱いが軽いようにも思えますが、知っているのは基本的に信頼のおける人々ばかり。万が一、勇者の存在を公にバラそうとする者がいたとしても、それは各国の首脳クラスを敵に回すも同義。

 まあ、そういったおかげもあってか、少なくともこれまでのところは、超有名人の勇者が市井で堂々と平和に暮らせているわけなのです。







 最初の自己紹介こそ理解を超えすぎていて、どうやって受け止めればいいか分からない有様でしたが、こうした縁もあって雰囲気は次第に和やかなものになってきました。

 何もかもを包み隠さず話せるわけではないにせよ、それでも話題は山のようにあります。

 聖剣について。

 日々の生活について。

 違う世界について。

 迷宮都市の店屋や名所について。

 話題は他にも数え切れないほどありました。思い浮かぶ全ての物事について語り尽くそうと思ったら、いったい何日かかるのかも分かりません。


 もう外は暗くなってきていますが、料理好きの魔王がご馳走を作ってレンリ達の歓迎会を開こうと言い出したので夕食の心配も無用。営業日でないとはいえ、料理店だけあって食材なら売るほどあるのです。ここの家族で消費するつもりだった分も合わせれば、急な来客をもてなすくらいはワケがありません。これならば時間を気にせずに、じっくりと腰を据えて話が出来ます。



「ルグ、くん……?」


「おや、ルー君。折角の再会だというのにあまり喋ってないね? 会えて嬉しくないわけじゃないだろう?」


「あ、いや、嬉しいよ……」



 ですが、話を続けるうちにルグの口数は減り、次第に浮かない顔をするようになってきました。

 勿論、リサとの再会が叶って嬉しくないはずはありません。

 心の準備のない状態で驚きはしましたが、時間が経つにつれて少しは落ち着き、冷静に喜びを受け止められるようにもなってきました。

 彼がこの再会を喜ばしく思っているのは確かです。

 まだ出会ったばかりですが、魔王をはじめとするこの家の人々も友好的で、ルグも彼らに好感を抱いています。尊敬していた勇者が、自分の知らないところでとはいえ、こうして家庭を持って幸せに暮らしていたという事実も嬉しく思えました。


 なのに、何故ルグは今一つ素直に喜べないのか。

 最初のうちは彼自身にも分かりませんでしたが、



「なるほど。そんな小さい頃から本物の勇者に教わってたなら強いはずだよ」


「うん……納得、です」


「未だ、師の足元にも及ばぬ不肖の弟子だがな」


「で、ライムさんはリサさんと互角のアリスさんに鍛えられたと」


「ん。そう」



 話題がシモン達の師弟関係について及ぶと、ルグも言葉には出さないまでも薄々とその理由が分かってきました。正直、あまり愉快ではない、そして馴染みのない感覚なのですぐにはその正体が分かりませんでしたが、



「それは、羨ましいな。本当に」



 羨望。そして嫉妬。

 別にシモンが悪いわけではありません。それに、十数年も前から勇者の存在を知りながら秘匿していた人々が悪いわけでも。

 ルグ自身も、それは重々承知しています。

 こんな事を思うべきではないとも理解できています。

 今日、こうして巡り合えただけでも十分以上に恵まれているということも。


 だけど、何故、自分はその中に含まれていなかったのだろう?

 もっと早くに再会できなかったのだろう?


 否、理由に関しては問わずとも分かっています。

 件の彼ら彼女らには、たまたま、縁があった。

 ルグには、たまたま、縁がなかった。

 要は、単なる縁と運。

 それ以外の何物でもありません。


 だけれど、羨ましい。妬ましい。

 そして、そういう風に考えてしまった己が、とても矮小な人間に思えて恥ずかしい。


 無論、浅ましい嫉妬心を表に出して、誰かに文句を言ったりする気はありません。

 そんな真似をすれば、ルグはいよいよ自己嫌悪で死にたくなってしまいます。

 そもそも、嫉妬や羨望を抱いたとて、それは心の片隅に一瞬影が差した程度のもの。気の迷いということで己を誤魔化し、忘れてしまうのが賢い選択というものです。周囲から隠し通そうと思うなら、決して難しくはないでしょう。


 しかし、生真面目さも度が過ぎれば毒になる。

 あるいは、良くも悪くも勇者との再会で心が乱れていたせいか。

 誠実で在ろうと思い、思い詰めるあまりに、ある種の潔癖症に陥っていたのかもしれません。


 こんな自分に、勇者に憧れる資格があるのだろうか。

 こんな自分に、ルカに好かれる価値があるのだろうか。

 ほんの僅かではあるけれど、ルグの心の奥底にはそんな疑問が芽生えてしまったのです。



うーん、この少年すごく面倒臭い

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