魔剣製作のススメ
第一迷宮での講習を終えた二日後の昼下がり。
学都南街の喫茶店『木胡桃亭』にて。
「やあ、二人とも、こっちだよ。席を取ってあるから」
「こんちは、レン」
「こ、こんにち……は」
先に来て席を確保していたレンリの前に、ルグとルカの二人がやってきました。先日に話をした護衛仕事や諸々の話をするために、あらかじめ待ち合わせ場所を決めておいたのです。
「おや、それは剣角鹿の角剣かい?」
「うん、一昨日のうちに職人街の工房に預けておいたんだ」
ルグの左腰には一昨日まではなかった剣が差してありました。
講習が終わった足でそのまま加工を頼みに行き、つい先程受け取ってきたのだとか。
魔物素材から作った武具は形状や品質にバラつきがあるものですが、ルグの角剣は緩い「く」の字型に湾曲していて、その弧の内側の刃を主に使用するタイプ。いわゆるククリナイフのような形に仕上がっていました。重心が前に寄っているので重さで叩き切るのに向いていそうです。
「へえ、なかなか良さそうな剣じゃないか」
「そ、そう……なの?」
元々鋭い角に研ぎを入れて切れ味を増し、柄の部分に革を巻いて握り手にしただけの簡単な加工でしたが品質は悪くありません。名剣とまではいきませんが、お金のない初心者の装備としては上々の部類でしょう。
「ま、二人とも座りたまえよ。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」
「う、うん……じゃあ、一番安いのを……」
「うん? ああ、ここの支払いは私が持つよ。一応、私が君達を呼び付けた形なわけだしね」
「え、いいのか? ありがと、レン」
「あ、ありが……とう……」
かなりお金に困っているルカと、剣を作ったことで再び財布が軽くなったルグは、ありがたくおごられることにしました。各々の飲み物と『木胡桃亭』名物の胡桃パイをホールで注文し、パイは欲しい分だけ取り皿に分けて食べ始め、
「お、おいしい……!」
「ああ、そういえば前はルカはいなかったんだっけ。ここのパイ美味いよね」
「うん……おいしい、ね」
ルカは久しぶりに口にする上等な菓子の味に大いに感激していました。
単純にこの店のパイが美味しいということもありますが、家の経済事情が悪くなってからというもの嗜好品である菓子類は滅多に食べられなくなっていたのです。
迷宮の中ではルグに飴玉を貰ったり『知恵の木の実』を食べたりと、久々に甘味にありつけましたが、こういう手の込んだ菓子にはまた違った魅力があるものです。最初は遠慮して小さく切り分けた分だけで我慢しようとしていましたが、一切れでは到底足りずにすぐ二切れ目に手を出していました。
「一ホールじゃ足りなさそうだし、追加を頼もうか?」
「う、うん……いい、ね……!」
結局、その後に三人で胡桃パイを二ホール、クリームたっぷりのロールケーキを一本、お茶のおかわりもポット三杯分がなくなるまで食べては飲んでを繰り返し、
「……で、そろそろ今日の本題に入るけど、二人とも護衛の件は考えてくれたかな?」
そして、ようやくレンリが本日の主題を切り出しました。
「わ、わたしは……いい、よ」
「そうか、それは良かった」
まず高額な報酬に釣られたルカが了承の意を示しました。家族のことは絶対にバレてはいけませんが、その問題にさえ目を瞑れば非常に魅力的な条件なのです。
「ルー君はどうだい?」
「うーん……ちょっと気になったんだけどさ」
しかし、意外にもルグはすぐに返事をしませんでした。
何やら気になることがあるようです。
「何かな? 仕事次第で報酬の増額には応じるつもりだけど?」
「いや、そうじゃなくて。散々おごって貰っておいてから言うのもなんだけどさ……レンの家が金持ちっぽいのはなんとなく分かるけど、そんなに使ってたら親御さんに怒られない?」
どうやら彼はレンリの経済状況を心配していたようです。
確かに、彼女くらいの年齢の少女が相場の何倍もの報酬を提示して人を雇うなどおかしな話です。いくら家が裕福だからといっても、普通は保護者に伺いを立てるくらいはするでしょう。
「ん? ああ、そういうことか。大丈夫大丈夫、私が自分で稼いだやつだし」
とはいえ、お金の出所が彼女自身の稼ぎであれば話は別です。
いくら散財しようとも文句を言われる謂れはありません。
「レンって仕事してたの?」
「まあ仕事といえば仕事かな。そうだね、折角剣があることだし、実演して見せようか。ルー君、ちょっとその角剣を貸してくれたまえ」
ルグが鞘に入った角剣をレンリに渡すと、彼女は鞄から塗料を取り出し、いつぞやの刻印魔法の説明をした時と同じように鞘から抜いた剣の刀身に紋様を刻みました。
「……よし。これで、この剣は魔剣になった。持ち主の身体能力を底上げするオーソドックスな魔剣だね」
ほんの数秒で作業は終わったようです。
「え、これだけで?」
「まあ、これだけだと塗料が剥げたら効果も消えるし、大して値も変わらないけどね。精々、元値の二倍がいいところだろう」
「え、これだけで!?」
「す、すごい……ね……!?」
普通の剣が魔剣になったことよりも、今の数秒で剣の金銭的価値が倍になったことにルグは驚いていました。剣に興味がないルカも値段の変化には大いに関心があるようです。
魔剣(及び、魔槍や魔斧等の魔法の武具)とは、読んで字の如く魔法の発動体としての機能を備えた剣の総称です。
持ち主の身体能力や回復力の強化、武器の頑丈さや攻撃力の向上、刀身から炎や風などを放って遠隔攻撃を可能にする……などの効果が一般的でしょうか。加工の難易度と価格は跳ね上がりますが、一つの武器に複数の効果を持たせることも可能です。
魔法使いが使う杖との違いは、大きく分けて二つ。
持ち主に魔法の素養がなくとも発動できる点と、使える魔法の種類が限定される点。
そして、更に加えて言うならもう一つ。
魔剣というのは、それはそれは高価な品物なのです。
「魔剣の造り方にも色々方法があるんだ。最初に剣を打つところからやる人もいるけど、私は既存の武器に手を加えるのが専門でね。刻印魔法もそのために覚えたのさ」
「へえ、そうだったのか。魔法使いってやっぱり儲かるんだな」
「売り物にする場合は、こんな風に描くだけじゃなくて刀身を彫り込んで色々やるから、もっと手間も時間もかかるけどね。例えば……」
例えば、武器を魔剣に加工する依頼を受けた場合は、まずどのような効果を持たせたいのかを依頼者とじっくり話し合います。
後からやり直しは出来ないので、使い手の戦闘スタイルや筋力、身長体重、手足の長さ、本人の好みなどの要素を加味し、じっくりと考えねばなりません。元の剣の素材の種類ごとに相性の良い魔法や悪い魔法もあるので、術者には深い知識が求められます。
魔剣というのは所有しているだけで一種のステイタスになるような側面もあるので、どんな効果でも構わないから早く魔剣が欲しいなどという酔狂な金持ちも時折いますが、大抵の依頼者は非常にこだわる場面でしょう。
そして、魔法の種類を決めてからがまた大変です。
レンリのように刀身を彫るようなスタイルの場合、下手な場所を彫ると重量のバランスが狂ってしまうのです。使い手の剣士が一流であればあるほどに武器の状態には敏感で、素人には分からないようなコンマ数ミリの重心の狂いが気になって仕方が無いといったことも起こり得ます。
彫り込む位置を決めたら炭粉で下書きをし、ノミやヤスリを使って少しずつ刀身を削っていきます。ただの彫金と違い、彫る動作そのものが刻印魔法の術式になっているので魔力も消耗しますし、力加減やリズムが狂ってもいけません。
そうやって苦労して刀身に紋様を刻んだら、更に次の工程が待っています。この段階でも魔剣として使用はできるのですが、魔法の効果や魔力効率を高めるためには、まだまだ工夫が必要なのです。
刀身を彫った際に出た金属や魔物素材の屑を触媒となる素材と融かし合わせ、場合によっては使い手の魔力に馴染むように髪や血液などの肉体の一部も合わせ、刀身の溝に流し込んで冷やし固めます。
それだけでは大きな衝撃などで触媒が剥がれてしまうかもしれないので、焼きごてや定着剤などを使って完全に剣と一体化させ、通常の錆止めや魔力の伝導率を高める薬品を塗布してより扱いやすくし、最後に実際に魔法を繰り返し百回ほど発動させて刀身の芯にまで刻印が馴染んだらようやく完成です。
「術者によって細かい工程は違うけど、私の場合はこれで完成かな? ここまで全部やった場合は、元の剣の値段の二十倍以上はいくだろうね」
「な、なんか……」
「すごい……ね」
レンリの説明にルグとルカは大いに関心していました。
予想以上に複雑な加工手順に驚いたようです。
「魔剣を欲しがる人は多いけど、実際に作れる術者は少ないからね。自然と手間賃もどんどん高くなって、私はボロ儲けって寸法さ。学都に来るちょっと前にやったミスリル剣の仕事なんか、たしか金貨五百枚くらい儲かったかな?」
どこぞの列車強盗は四人組で懸賞金が一人百二十枚ですから、全員捕まえてもそのミスリル魔剣を買うには足りません。
「で、私の場合、十歳前くらいから家の工房で勉強がてら手伝いをやってたんだけど、実家住まいだとお金を使うことはあんまりないからね。割と貯め込んでるのさ」
流石に十歳当時からレンリ一人で全ての工程をこなせたわけではありませんが、技術が上達するにつれて相応の報酬を貰っていたのだとか。
それで小遣い以外に報酬を貰ってはいたものの、普段の彼女の生活だと買い食いくらいにしか使わないので、大部分をそのまま余らせていたようです。
いやはや、なんとも変な貴族令嬢がいたものです。
「ま、そんなワケだから君達への支払いについては心配いらないよ。分かってもらえたかな?」
「う、うん……分かった。じゃあ、俺も雇われることにするよ。金は欲しいしさ。でもさ……」
お金の出所については納得したルグですが、それはそれとして別の疑問が出てきたようです。
「レンはさ、なんで迷宮に行こうとしてるの? 別に痛い思いなんてしなくても、一生遊んで暮らせるでしょ?」
「ああ……それはもちろん知りたいことがあるからさ。わざわざ学都まで来て冒険者なんてやろうってくらいだし、君達もそうなんだろう?」
その問いにルグは首を縦に振って答えました。
なりゆきで冒険者になってしまったルカは違うのですが、まあ、それはそれ。
「私は……いや、うちの家系はね、代々ずっと、もう何百年も勇者の持つ聖剣を造ろうとしているんだ。この街には、その製法を探しに来たんだよ」




