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手と手を繋いで


「誘っておいてなんだけどさ、どこに行くかはまだ決めてないんだ」


 柄にもなくルカをデートに誘ったルグ。

 ですが、その割には明確なプランまではなかったようです。



「とりあえず、適当に見て回る感じでいいか?」


「うん……いい、よ」



 しかし、学都以上に発展した大都会。ざっと見渡しただけでも多種多様な店屋が軒を連ねていますし、目に付いた場所を巡るだけでも決して退屈はしないでしょう。

 互いに土地勘のない街ではありますが、馬車や都市内を走る鉄道など交通網は十分に発達していますし、まさか迷子になるようなこともないはずです。


 ホテルの入口を出た二人は、とりあえず迷宮都市の中心側に向けて歩き出そうとして、



「ルカ……あのさ、手を」


「手が……どう、したの?」


「いや、その、手を繋がないか?」



 スッと、ルグが手を差し伸べました。

 ルカは一瞬、言葉の意味が分からなかったかのようにキョトンと首を傾げ、そして次の瞬間にようやく理解が追いついて顔を真っ赤にしています。



「え、えっと……い、いいの?」


「あ、いや!? ほら、人が多いしはぐれると困るだろ?」


「そ、そうだよねっ……はぐれると、困るもんねっ」



 いったい、ルグの真意はどこにあるのやら?

 「はぐれたら困る」という理由も、十中八九は照れ臭さを隠すための詭弁でしょう。いくら素直で騙されやすいルカにもその程度は分かりますが、彼と堂々と手を繋げるのだから悪い話ではありません。



「ええと……ふっ、ふちゅちゅか者ですがっ」



 変な風に気合を入れて、なおかつ意気込みすぎてうっかり彼の手を握り潰さないように注意をしながら、そっとルグの手を取りました。








 ◆◆◆







「おお、大胆だね!」


 一方、すぐ近くの物陰で二人の様子を盗み見ていたレンリ達は、早速の面白そうな展開に大喜び。バレないように距離を離しているので詳しいやり取りまでは分かりませんが、それでもあれほど堂々と手を繋いでいるのを見逃すはずもありません。



『話し声が聞こえないのがもどかしいですね。この角度では唇も読めませんし』


『あ、それなら我に任せるの』



 そして距離があって聞きづらい問題もウルの能力があれば解決します。小指の爪をテントウムシに変化させ、ターゲットの二人に向けて飛ばしました。そのテントウムシはこの場にいるウルの分身。見たこと聞いたことをリアルタイムで共有できるのです。

 あとは隙を見て服か髪にでも潜り込めば、盗聴の準備は完了。もし尾行に失敗して見失ったとしても、容易にルカ達の居所を感知できます。



『流石です、姉さん』


「私はウル君はやればできる子だと信じていたよ」


『ふっふっふ、もっと褒めるといいのよ!』



 褒められたウルはすっかり得意満面。

 薄い胸を反らして鼻を高くしています。



「はい、よしよし。ご褒美に後でお菓子を買ってあげよう。っと、それよりもあっちの二人だ」


『街の中心側、今朝行った市場の方向に行くみたいですよ』


『それじゃ、こっちも出発ね!』



 物陰から物陰へ。

 影から影へ。

 まるで泥棒かスパイのように怪しげな風情ですが、ウルやゴゴの容姿ではそういう「ごっこ遊び」としか思われないようで、道行く人々も微笑ましく見守るばかり。これなら不審に思われて通報されたりもしないでしょう。


 兎にも角にも、こちらの三人の追跡行は順調なスタートを切りました。







 ◆◆◆








 都市の発展具合からすれば意外な話ですが、迷宮都市には数多くの動物が住んでいます。

 犬や猫どころか、羊や豚、それ以外にも色々な生き物が堂々と道を歩いていることもあるくらいです。外からの移住者が連れてきたペットや家畜も多くいますが、誰にも飼われていない野良の動物も少なくありません。

 衛生面を考えると必ずしも良いことではないのかもしれませんが、市場や飲食店から出る廃棄物だけで食料には事欠きませんし、危険な外敵も少ない。雨風をしのげる場所も多いこの街は、動物にとっても暮らしやすいのでしょう。



「この街って意外と動物が多いんだな」


「ふふ……かわいい、ね」



 歩き始めて一時間ほど。

 小さな広場に辿り着いたルグ達は、人間用のベンチを一匹で独占していた野良猫を眺めていました。かなりの老猫ですが毛並みも筋肉もまだまだしっかりしていて、まるで王様のような奇妙な貫禄があります。広場には他にも数匹の猫がいましたが、一番日当たりの良いベンチを独占している点からするに、本当にこの街の猫達の王様なのかもしれません。



「飲み物も売ってるみたいだ。ここで少し休んでくか」



 広場にはお茶やジュースを売る屋台が店を出していました。

 今の時間は日差しもあるとはいえ、冷たい飲み物よりは温かい物が恋しい季節。

 生姜のジャムがたっぷり入ったミルクティーを購入した二人は、猫も人も座っていないベンチに腰を下ろしました。



「ふぅ、美味いな」


「うん……美味しい、ね」


「……なあ、ルカ?」


「なぁに……ルグくん?」



 結局、この一時間はただ歩いていただけ。

 手を繋ぐ以外にはデートらしい要素など何もありませんでした。



「こっちから誘ったのに悪い。歩いてばっかりでつまんないだろ?」



 元々、目的地に関してはノープランだったので仕方のない部分もあるにせよ、ただ歩いただけで気付けば一時間。シモンやレンリのように財布の余裕があるわけではないので選択肢は限られるにせよ、これだけの時間があればもっと気の利いたこともできたでしょう。実際、ここまでの道中にはいくつもの店屋や遊び場もありました。

 勿論、ルグとしては意図して時間を浪費するつもりはなかったのですが、誘った以上は何か気の利いたことをしなければならないという焦りで、かえって視界が狭まっていたのかもしれません。


 ルカの性格上それで怒ったりすることはないにしろ、己の考え無しが原因で退屈させてしまっただろう……と、ルグは謝ったつもりだったのですが、



「ううん……すごく楽しい、よ?」



 単に気を遣って言っているのではなく、ルカは退屈などまったく感じていませんでした。



「ルグくんと一緒だから……それだけで楽しいし、幸せだよ」


「……そうか。それなら、良かった」


「それに、ね……すごく、ドキドキしたの……今も」



 ルカはそこまで言いかけると、空になった紅茶のカップをベンチに置きました。

 そうして空いた両手で彼の手を柔らかく包むように握ると、伏せていた視線を上げて自分から彼と目を合わせ、



「ルグくん、は……どう?」



 震える声で、真っ直ぐ目を見て問いかけました。



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