ドキッ! 二人きりのデートと狡猾な正直者
いったい、如何なる心境の変化があったのか?
二人だけで一緒に出かけようという言葉。
それ即ち、デートの誘いに他なりません。
つい数時間前、今日の午前中までは考えられないようなルグの積極性に、ルカはもちろん、一緒に話を聞いていた他の面々も驚くばかりです。
「あ、急に言われても困るよな。ルカの都合が悪いならまた今度でもいいんだけど」
いきなり、今日これから出かけようというのは、いくらなんでも性急すぎます。彼自身にもその自覚はあるようですが、
「ううんっ……全然、大丈夫だから……! すごく、いいと……思いますっ」
「そ、そうか」
ルカは、誘ったルグが怯むほどの勢いで首を縦に振りました。
彼女の立場からすれば、まだ明確な予定も決まっていなかった観光よりも、好きな人からのデートの誘いを優先するのは至極当然。もちろん驚いていますし、動揺もしていますが、少なくとも嫌なはずがありません。むしろ歓迎すべき事柄です。
「うん。じゃあ皆、悪いんだけど午後は俺達は別行動ってことで」
「あ、ああ、分かったよ」
当事者ではないレンリ達も驚いていましたが、まだ午後の予定がきちんと決まる前でしたし、あえて彼を止める理由もありません。
「ふむ、では今日は各々自由行動ということにするか。俺はこっちの知り合いに顔を見せてこよう。今日は定休日だったはずだし、相談したいこともあるしな。ライムも来るか?」
「ん。行く」
「それじゃ、私は適当に街をブラついてるよ。ウル君達はどうする?」
結局、ルグ達二人と同じように、他の皆も今日は自由行動とすることにしたようです。シモンとライムは迷宮都市の知人に会いに、レンリとウルとゴゴは三人で特に目的地を定めずに街歩きをすることに決まりました。
◆◆◆
二人きりのデート。
ルカとしてはなるべくお洒落な格好をしたいところですが、なにしろ突然の話だったので用意などあるはずがありません。そもそも旅行先ということもあって、衣類の数も種類も限られます。
「お、お待たせ……どう、かな?」
しかし、待ち合わせていた宿のロビーに姿を現したルカは、いつもの彼女とは随分と印象が違っていました。
「髪を編んできたのか。ああ、似合ってると思う」
「そ、そう……えへへ、よかったぁ」
着る物に関しては先程のままですが、それでもせめてものお洒落ということで、長い髪を編んできたようです。頭の両サイドの毛を三つ編みにしてからリボンを使って後ろでまとめ、残りの髪を背中側から垂らすハーフアップに。
普段は隠れている目も、長い前髪を斜めに流して他者から見えるようになっています。人と目を合わせるのには抵抗があるようで、ルグと向かい合っていても視線は地面に落としていますが、ルカの性格からするとこれでもかなり思い切ったほうでしょう。
そして、いつもと違うのは髪型だけでなく、薄く化粧もしているようです。
ルカには日常的に化粧をする習慣がなく、当然旅行カバンにも化粧道具など入っていませんでしたが、そこはレンリが提供しました。
もっとも、レンリの化粧道具もお洒落目的ではなく刻印魔法の触媒として用いるのが主な利用法。市販の化粧品そのままではなく、モノによっては魔力を通しやすくする怪しげな薬品を混ぜ込んでいたりもするのですが、まあ通常の用途で使えないわけではありません。
「それじゃ、ここからは別行動ってことで」
シモンとライムは一足先に知人宅へ出かけています。
ルカの部屋でお洒落の手伝いをしていたレンリやウル達もロビーに下りてきて、そして用は済んだとばかりに早々にホテルの出入り口へと――、
「あ、レン」
「なんだい、ルー君?」
「一応言っておくけど、ついてくるなよ」
と、その前にルグは一応釘を刺しておきました。
当然ですが、彼もルカも進んで見世物になりたくはありません。
「おいおい、見くびってもらっちゃ困るね。私がそんな無粋な真似をする女に見えるのかい?」
『え、すごく見えるのよ?』
「ウル君は黙っててね。いや、まあ、キミ達のことで面白がってるのは否定しないけど、たまには私だって空気くらい読むのさ。邪魔はしないから安心したまえ」
ルグが柄にもなくデートの誘いなどしたのです。
真意の全ては分からずとも、彼の真剣さはレンリにも感じ取れました。
ならば、その気持ちを汲んで二人だけにしておくのが粋というものでしょう。
「勝手を言って悪かった。ありがとな、この埋め合わせはそのうちするから」
「なに、気にする必要はないさ。それよりも、ルカ君をしっかりエスコートしてあげるんだよ。じゃ、私達も出かけようか」
レンリはそう言い残すと、ウルとゴゴを連れて三人でホテルの外へと歩いていきました。
◆◆◆
「さて、それじゃあ張り切って後をつけようか!」
宿の近くの物陰に潜んでいたレンリは、後から外に出てきたルグ達を遠目に眺めながら実に楽しそうに宣言しました。
興味があること自体は否定しないながらも、友人の真剣な気持ちを察してあえて見ないようにする。そんな格好いいことを言ってからまだ五分と経っていないのにも関わらず、実に見事な変わり身です。良心の呵責などまるで感じていないかのような、とても楽しそうな笑みを浮かべています。
『ウソはよくないと思うのよ? まあ、我だって見たかったけど』
「ウル君、ちゃんと聞いていたのかい? 私はウソなんて言ってないよ」
『あ、言われてみれば確かにそうですね』
先程のルグとのやり取りについてですが――、
“そんな無粋な真似をするように見えるのか?”
そう問いかけただけで、自分がそうではないとは一言も言っていません。
“面白がっているのは否定しない”
だから、当然のように興味津々です。
“たまには空気を読む”
ただし、その「たまには」は今ではありません。
“邪魔はしない”
気付かれずにこっそり尾行するだけなら、邪魔にはなりません。
ついでに、ルグに埋め合わせの必要がないと言ったのも、ついてくるなと忠告されたのを聞かずについて行くつもりなのだから、本当に礼を述べられるような立場ではないというだけ。
屁理屈も甚だしいですが、レンリはついて行くとも行かないとも明言していないのです。これならば、ルグが一人で勝手に誤解しただけ……と、強弁できないこともないでしょう。
「それに狭い世の中、たまたま行き先が被ることくらいあるだろうさ」
『ええ、偶然なら仕方ありませんね』
『なるほど。偶然ならしょうがないの』
そして、特に目的地を定めていなかったレンリ達が観光する先が、“偶然”ルグ達の行き先と一緒になることもあり得ます。世界有数の面積と人口を誇る大都市とはいえ、そういうことも時には起こるかもしれません。本来は極めて低い確率で。
『おや、向こうも歩き出したみたいですよ』
「おっと、見失わないようにしないとね」
『なんだか、かくれんぼみたいで楽しいの!』
見つからないように距離を取りつつ、なおかつ見失わないように離れ過ぎず。
その距離感の加減が肝要です。
ウルの言う通り、かくれんぼのようなものかもしれません。
迷宮都市に着いてからまだ丸一日足らず。
ほとんど観光らしい観光もしていないのに、早くもおかしな流れになってきました。
レンリはかしこいなぁ




