旅情キャンディ
早朝に学都を出発した列車は順調に走り続け、そして日が落ちて間もない頃に迷宮都市に到着しました。
しかし、流石は大都会。街灯や大きな商店の灯りでそこら中が明るく照らされ、鉄道駅の周囲は昼間のような人通りと活気に満ち満ちています。学都にも街灯くらいはありますが、それ以上の明るさです。
「さて、どうしたものか。まずは食事に……いや、それとも荷物が邪魔になるから宿に預けてからのほうがいいか」
今回の滞在に際しては、あらかじめシモンが手紙を送ってホテルの予約を取ってありました。
前回、彼が迷宮都市に来た際に使っていた高級宿の部屋を、贅沢にも一人一室。
この旅行メンバーだけで宿のワンフロアを貸し切りにするという大判振る舞いです。
ライムは明日以降は実家に泊まることもあるでしょうし、レンリは抱き枕としてウルを愛用しているので毎日全室を使うことにはならないかもしれませんが、これならば多少騒いでも大丈夫。
幸い、駅から宿までは然程の距離でもありません。
わざわざ辻馬車や乗合馬車を使うまでもないでしょう。
一行は夕食前の散歩がてらに、旅行カバンを手に手に歩き出しました。
「俺からしたら学都も都会だけど、こっちはもっとすごいな」
「うん……人、いっぱい」
単純に人口だけを比べても、学都の十倍以上が住んでいるのです。
ルグの故郷とは言うまでもなく比べ物にもなりません。
ルカやレンリの住んでいたA国の王都に比べても更に巨大。この、夜になっても衰えない活気と合わせて見ると、まるで街そのものが一つの大きな怪物であるかのようです。
『なんだか、一人で歩いたら迷子になりそうなの』
『姉さん、他の皆さんとはぐれたら下手に動き回ってはいけませんよ。入れ違いになってしまいますからね』
あるいは都市の通称通りに、まさしく『迷宮』的だとも言えるでしょうか。
なにしろ、『迷宮』そのものであるはずのウルが迷子の心配をするくらいです。まあ、彼女達は自らの本体の外では能力を大きく制限されますし、無理からぬことかもしれませんが。
そうしてキョロキョロと周囲を見渡しながらだったので思ったより時間はかかりましたが、それでも駅から十分も歩かないうちにホテルに到着。チェックインだけ先に済ませ、フロントに荷物を預けたらすっかり身軽になりました。
「さあ、何を食べようか? 私はもう飢え死にしそうだよ」
今日は朝から朝食と食堂車での昼食と、その合間にお茶とお菓子だけしか口にしていない、要するに普段通りに食事は摂っているのですが、レンリはすっかりお腹を空かせていました。旅行の高揚感でいつもより一段と食欲が増進されているのでしょう。
「さっきの駅からここに来るまでの間だけでも、良さそうな店はいくつかあったからね。何処と何処と何処に行こうか?」
『ハシゴするのは前提なのね?』
「ふふ……わたし、も……お腹、空いちゃった」
レンリほど極端ではありませんが、他の皆も食べ盛りの若者揃い。お腹を空かせているのは一緒ですし、どうせなら美味しい物を食べたいと思うのも当然です。ホテルに着いて早々ですが、休憩する間も惜しむように、一行は早速夜の街へと繰り出しました。
◆◆◆
迷いに迷った末、多数決で今宵の晩餐に選ばれたのは海鮮料理のフルコース。
大陸中央近くにある迷宮都市の付近には海などありませんが、ちょっと世界の境界を越えれば、そう遠くない距離に新鮮な魚介の獲れる魔界の海が広がっているのです。
学都の近くには河はあっても海はありませんし、神造迷宮産の海産物はあまり市場に出回りません。気軽に安く食べられるシーフードは旅先での特別感を感じられるという意味でも、悪くない選択でしょう。
「ふぅ、食べた食べた」
「ん。満腹」
様々な魚や貝、タコやウニなども、レンリ達は猛烈な勢いで食べ尽くしました。
メニューの端から端まで全部制覇するほどの勢いです。
特に冬が旬の牡蠣は人気で、揚げ物、焼き物、蒸し物、煮物、そしてレモンを絞っただけの生牡蠣など、全員で百個以上は食べていたでしょうか。
最後にデザートとして出されたアイスクリームまで綺麗に食し、店を出る頃にはもうすっかり遅い時間になっていました。日付が変わるまではまだ少しありますが、流石に料理屋のハシゴをするだけの余裕はなさそうです。
今日のところは一旦宿に戻って休むのが正解だろう、と自然とそんな流れになりました。旅行の本番は明日から。まだまだ焦る必要はありません。
そうして会計を済ませた一行が店を出た、その時。
「おっと、『あめ』が降りそうだな。まあ、朝までには止むだろう」
シモンがふと空を見上げて呟きました。
「雨、ですか?」
「別にそんな感じはしないけど」
しかし、ルグやレンリには雨が降りそうな気配は感じられません。もう暗いので空を見上げても雲の様子は分かりませんが、空気の湿り気もありませんし、別段風が強くなっていたりする様子もありません。
「違う」
「ちがう、って……何が、ですか?」
「見て」
と、そこで誤解に気付いたライムが勘違いを正しました。
彼女が指差した先、ちょうど皆の頭上100mくらいの高さに浮いているのは、ふわふわと宙を漂う白い雲……ではなく、とんでもなく大きなわたあめ。
もっとも、見ただけでそうとは分かりませんが、普通の雲や煙突などから立ち上る煙との違いはすぐに分かりました。
「何か、落ちてきてるみたいだけど?」
わたあめの雲からぽろぽろと地面に落ちてきたのは小さな飴玉。
しかも、ご丁寧に一つ一つが包装紙でパッケージングされています。
「雨じゃなくて、飴」
「別に食べても大丈夫だぞ。まあ、この街ではよくあることだ」
何故だかスローモーションのようにゆっくり落ちてくるので頭に当たっても痛くはありませんが、迷宮都市に慣れているシモンとライム以外の皆はとても不思議そうな顔をしていました。
しかし、この程度はまだまだ序の口。
レンリ達がこの街のワケの分からなさを真に理解するのは……否、理解などできないことを思い知るのは、そう先のことではありません。
◆◆◆◆◆◆
《おまけ》
◆「雨」と「飴」が同音異義語として認識されているあたり、彼らはいったい何語を喋っているのかとお思いかもしれませんが、この世界でもたまたま似た感じの言葉だったということで。
◆おまけ画像はまたツイッターでの宣伝用に描いたやつです。レディースファッションをネットで調べて、季節に合わせた秋コーデっぽくしてみました。レンリはこういう格好もさらっと着こなしそう。




