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手作りクッキーと旅の予定


 迷宮都市まではおよそ半日。

 今回は車中に泊まる必要もないため、全員で一等客室ひとつだけを使っています。横になろうとしたら手狭ですが、ベッドを椅子代わりに使えば十分快適に過ごせるでしょう。

 部屋中央のテーブルに各々が持ってきたお菓子を広げ、皆すっかり寛いでいました。


 

「あの、ね……クッキー、焼いてきたの。みんな、どうぞ」


「ああ、そういえば昨日屋敷の厨房で何やら作っていたな」



 ルカが持ってきたのは市販品ではなく手作りのクッキー。今日のためにわざわざ屋敷のオーブンで焼いてきた物です。砕いたナッツを散らした物、果物の砂糖漬けを乗せた物、他にも何種類もあってどれも実に手が込んでいます。



「ルグくん、ど、どう……かな?」


「あ、ああ、美味いと思う」


「えへへ……よかったぁ」



 皆で食べるため、というのも勿論ウソではありませんが、ここまで手間をかけているのはルグに食べてもらうために違いありません。彼の性格上、多少の気まずさはあっても勧めた食べ物を断ることはまずないでしょう。先日のパン粥で手応えを掴んだのか、どうやら手料理でポイントを稼ぐ作戦のようです。



「ルカ君、結構グイグイ攻めてるなぁ」


「ん。意外」


『男性を落とすには、まず胃袋からと言いますからね』


『“すとまっくくろー”ね! これは地味だけど確実に効いてくるのよ!』



 そんなルカの意図が分かっているのでしょう。大変珍しいことに、レンリ達も手作りクッキーに関しては味見程度にしか手を付けていません。他にも食べ物はありますし、一時の食欲を満たすよりも目の前の初々しいやり取りを肴にお茶でも飲んでいたほうが、よっぽど“オイシイ”というものです。



「……美味いけど食べづらい」


「あ、クッキーだけ、じゃ……喉渇く、よね。お茶、おかわり……どうぞ」


「いや、そういう意味じゃないんだけどな。うん、まあ、ありがと」


「ふふ……ど、どういたしまして」



 そしてレンリ達が楽しむ様子を隠そうともしていないので、見世物になっているルグは大変やりにくそうにしています。もう何も隠す必要がないルカは、開き直りが良い方向に作用しているのか、皆からの視線を浴びてもまるで平気そうにしているのですが。


 ルグにとっては厳しい状況ですが、迂闊に抗議もできません。

 なにしろ、元々は彼が返事を先延ばしにしているのがこの事態の原因なのです。

 真剣かつ慎重に考えているといえば聞こえは良いですが、優柔不断と受け取られても仕方がないでしょう。下手に文句など口にすれば、完全にルカの味方についている女性陣を丸々敵に回しかねません。



「と、ところで!」



 まあ、だからして、ルグが抗議ならぬ話題逸らしに出たのも仕方のないこと。いささか語気が強くなりすぎて、わざとらしい態度になったのはご愛嬌です。



「ええと、ほら、迷宮都市って食事が美味いって有名だろ?」



 迷宮都市はこの世界と魔界との境界。

 当然、両世界の各地から様々な食料品も集まります。

 学都の市場にも魔界から運ばれてきた産物が並ぶことは珍しくありませんが、やはり鮮度の問題もありますし、競争の激しい大都市では自然と飲食店の水準も上がるもの。

 人が多く集まれば様々な土地の料理を提供する店も出てきますし、そうして異郷の味に刺激を受けた料理人が新たな味を作り上げる機会も多くなります。まあ、そんなわけで迷宮都市の食事は美味いと世に広く知られているのです。



「向こうに着いたらもう晩飯時だし、折角だから何か美味い物でも食べたいよな、なんて……」


「ふふ、楽しみ……だね」


「ルー君は話題を逸らすのが下手だなぁ。でもまあ、私は心が広いからね。美味しい食事をしたいって意見には賛成だし、その誤魔化しに乗っかってあげよう」


「……そりゃどうも」



 ルグの話題逸らしは辛うじて、ほとんどお情けのような形でしたが一応は成功しました。

 今回の旅行メンバーの中で迷宮都市を訪れたことがあるのはシモンとライムだけですが、学都やA国にいても有名店や名物料理などの情報は伝わってきます。あれを食べたいだとか、この店に行きたいだとか、場の話題は次第にそういった方向に変わってきました。


 また、労働や留学のような長期滞在では面倒な審査と許可が必要ですが、短期的な観光のみであれば、世界間の境界を越えて魔界側の限られたエリアを移動することも可能です。境界の向こう側は厳密には迷宮都市ではなく魔界側の首都ということになるのですが、どうせ近くならば、ついでにそちらにも足を伸ばしてみたいと思うのが人情。

 食べ歩きだけでなく見応えのある名所や遊ぶ場所も多々ありますし、実際に現地に着いて歩き回れば更に気になる場所も増えることでしょう。


 細かい旅行のスケジュールについてはまだ詰めていませんでしたが、皆の希望を汲みながら予定を立てるとなると、これがちょっとした大仕事。各自が好き勝手にバラバラに自由行動というのもひとつの手かもしれませんが、それではあまりに味気ないですし、どうせならなるべく皆で仲良く回ったほうがより楽しめるというものです。

 

 あれを食べてみたい。ここに行ってみたい。

 ああでもない、こうでもない。

 そういう風に、皆の希望を取り入れながら予定を組むのは悩ましくも楽しいもの。最初の話題変更の流れこそ強引でしたが、すぐに皆があれやこれやと希望を出し始めました。

 ここで組んだ予定通りに旅程が進むかといえば恐らくそんなことはなく、現地に着いてからも幾度となく予定を変更することになるのでしょうけれど、しかしそれでいいのです。


 遊興目的の旅行なら、多少のアクシデントや予定変更は旅を彩る適度なスパイス。

 むしろ歓迎すべき事柄と言えましょう。



「俺達の知り合いをそなたらに紹介できればいいのだが、向こうの都合もあるのでな。そちらは確認を取ってからということで頼む。少し、いや、かなり驚くかもしれんが」


「ん。まだ秘密」


「はい……秘密、ですか?」



 もっとも、予定外の事柄が『多少』で収まってくれるかは分かりませんけれど。







 ◆◆◆







 がたん、ごとん。

 がたん、ごとん。

 列車は進むよ、どこまでも。


 やがて昼を過ぎ、お茶の時間を過ぎ、オレンジ色の夕日が森の木々に隠れた頃。

 ようやく、目指す都市の姿がうっすらと見えてきました。



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