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いざ、常識外れの街へ


 迷宮都市。

 G国の北端近くに位置する学都から列車でおよそ半日。人跡未踏のエリアも多い大陸中央の大森林、そんな秘境をほぼ縦断するような形で抜けた先にある世界有数の大都市です。


 しかし、その道程について話を聞いた人は大抵不思議に思います。

 大森林の浅い部分であれば、近隣の住民が果実やキノコ、木材といった森の恵みを採りに入ることは珍しくありません。魔物がいても小さく弱い種類がほとんどで、非武装の子供や老人でもまず命の危険はないでしょう。

 

 とはいえ、それは森の外縁、ほとんど外側近くだからこそ。森の奥深くには凶暴な魔物や野生動物が多数生息しており、歴戦の軍人や冒険者でも一切油断はできません。

 訓練された戦士であれば一回や二回の戦いには勝てるでしょう。

 それが十回や二十回でも、あるいはなんとか切り抜けられるかもしれません。ですが、それが百回や二百回、しかも昼夜の別なく警戒状態が続いたら、屈強なタフガイであってもいつかは心身を磨り減らして力尽きてしまうことは想像に難くありません。


 事実、有用な資源が多く眠っていると目される大森林深部の開拓には、かつて少なくない数の国家や個人が手を付けようと考え、そして最終的に断念してきた歴史がありました。

 森林の奥にいる魔物は、あえて人間が刺激しなければ外に出てくることは滅多にありません。よって手を出さなければ火傷をすることはないですし、あえて危険な森を突っ切らずとも遠回りをすれば遠方の国と交流するのも不可能ではないのです。余計な欲をかかなければ、少なくとも大損をすることはありません。


 まあ、そんなわけで近年に至るまで手付かずの部分が大半だった大森林の、よりにもよってど真ん中を突っ切るように森を拓いて線路を通したのですから、多少なりとも知識がある者が疑問を抱くのは至極当然。問題はその方法ですが、



 G国のような大国が軍事力に物を言わせたのでしょうか?

 ――――否。

 数十年がかりの大事業として取り組めば不可能ではないかもしれませんが、多くの兵を消耗するのは確実です。投資額を回収できるようになるまでにも相応の時間はかかりますし、あまりにも割が合いません。



 優秀な冒険者達が危険な魔物を排除した?

 ――――否。

 利を求めて大森林の魔物退治に赴いた者はそれなりにいますが、直線距離で数百km、更にはその周囲一帯に巣食う危険生物全てを倒しきる、あるいは追い払うだけであっても、そんなことが出来るはずがありません。


 さて、一体どのような方法でその難事を成し遂げたのかというと……。







 ◆◆◆







「いや、私も新聞で読んだだけで半信半疑なんだけどさ、迷宮都市を治める魔王……魔王陛下が手刀の一振りで森を両断したんだとか」


 学都から迷宮都市へと向かう列車内、ちょうど件の大森林を通過中のレンリ達は、この線路の由来について雑談をしていました。


 早朝に出発した列車は夕方頃に目的地に到着予定。

 今は完全に日が昇った昼前とあって、窓からの景色もよく見えます。


 線路の周囲は平らに均されており、その少し先には深い森が広がっていました。本来は凶暴な生物が多数跋扈する危険地帯のはずですが、まったく危険は感じられません。時々、生き物を見かけても精々が珍しい種類の鳥や栗鼠くらいのものです。



「おいおい、流石にそれはないだろ。手刀って」


「ええと……すごい、ね?」


「いや、私が言ったんじゃないし。でも、本当にそう書いてあったんだって!」



 ともあれ今の話題についてですが、あまりにも胡散臭い内容なのでレンリの話はなかなか信じてもらえません。そのレンリにしても数年前、まだ鉄道が開通して間もない頃に実家で読んだ新聞記事の話をしているだけで、そこまで本気で信じてはいなかったのですが。



「違う」


「ああ、それは違うなレンリ嬢」



 そこで、当時まだ迷宮都市にいたライムとシモンからの訂正が入りました。

 彼らは実際に、線路を敷くために森を拓いた現場を目にしています。



「きっと、その新聞ではわざと大袈裟に書いていたのだろうな」


「ああ、やっぱり。それはそうですよね。でも、そうなるとどうやって森を拓いたのかが不思議で」


「実際は一振りではなく十振りくらいしていた覚えがある。勢い余って人里にまで余波が及ぶと迷惑がかかるからと。加減しつつ慎重に……いや、気持ちは分かるが本当なのだから仕方あるまい。そんな目で俺を見るな」



 手刀の風圧で生い茂る森を薙ぎ倒し、ついでに住んでいる魔物も吹き飛ばし、それから一帯に魔物避けの結界を張れば作業は完了。そうして安全になりさえすれば、大きく抉れた地面を平らに均し、線路を敷設するだけなら通常の作業員だけでもなんとかなります。

 もっと詳しく説明するなら、補助に当たった人員が二名ほど、急激な気候変動を押さえ込んだり、必要以上の自然破壊を避けるべく同時に森を守護まもっていたりもしたのですが……まあ、何をどうしようがあまりに信じ難い内容です。正直に話そうとすればするほど逆にウソっぽくなってしまいます。こうして話しているシモンも、実際に作業風景を見ていなければ決して信じられなかったでしょう。



「というか、シモンさんは魔王陛下と面識があるんですか? やっぱり、王室同士で友好的な交流を、みたいな? 外国の貴族同士でも、そういう繋がりはあったりはするし」


「ううむ、なんと言ったものか。俺としても説明したいのは山々なのだが……」



 レンリの疑問は、当然といえば当然のものでしょう。

 王族であるシモンならば異国の、より正確には異界の王室と交流があることにも一応の説明はつきますが、その詳しい関係性や知り合った経緯に関してはなんとも説明が難しいのです。



「ああ、お気遣いなく。外交上の機密とかもあるでしょうし」


「別にそういうわけでは……いや、やはり、そういうことで頼む」



 幸い、レンリが勝手に想像して納得してくれたので、この場での説明は回避できました。

 他の皆、ルグとルカにとっては王族がどうのこうのという話はまるで実感が湧かないようですし、ライムやウルやゴゴに関してはシモンと同じ側の立場にいるので説明の必要はありません。


 しかし、今夜からしばらく迷宮都市に滞在するならば、いつまでも避けてはいられないのも、また道理。その辺りの諸々の隠し事に関しては、ゴゴの発案で、当事者の了解を取った上である程度まで明かしてしまおうということになってはいますが、



「……不安だ」



 果たして、どうなってしまうのやら。

 あの常識外れの街ではいつ何が起こっても不思議はありません。新たな旅路に浮かれる皆とは裏腹に、シモンは一人密かに心労を感じて胃を押さえるのでありました。



◆レンリがまだ会ったことのない魔王に「陛下」を付けて呼んだり、やや崩しながらもシモン相手にもずっと敬語なのは、一応は貴族令嬢として目上の人物への対応が染み付いているので。絵の無い文章だけだと、急に口調が変わると誰だか分かりにくくなるかもしれませんが

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