男の飯
劇場近くの通りで出会ったルグとシモン。
たまには女性陣抜きの男同士で語らうのもいいだろう、というシモンの誘いで、二人は騎士団本部の近くにある小さな居酒屋に入りました。
「おや、団長さんご無沙汰だね」
「久しいな店主。二人なのだが空いているか」
「ああ、適当に奥の席に座ってくんな」
まだ日が落ちて間もない時間。
居酒屋の営業は始まったばかりで店内に客はほとんどいません。
そんな店内を、ルグは物珍しそうにキョロキョロと見回しています。
「俺、酒は飲まないから居酒屋ってあんまり入ったことないんですよね。シモンさんはよく来るんですか?」
「うむ、今日は久々に来たが仕事をしている時はちょくちょくな。とはいえ、俺も大抵は酒より飯が目当てだ。仕事で遅くなると夕飯を食いそびれることがあってな、普通の料理屋が閉まっている時間でもやっている店は何かと便利なのだ」
「なるほど」
ここ半年ほどよりも前、シモンが騎士団長職に毎日勤しんでいた頃は、学都の治安を守る責任者として日々忙しく働いていました。というよりも、責任感が強すぎる傾向のある彼は、後日に済ませても構わないような仕事でも前倒しにして片付けようとするのが常でした。
部下が少しでも楽を出来るように、部下を早く帰して自分が代わりに頑張る……というと理想の上司にも思えますが、一人が過度に負担を抱え込むような組織は健全とは言い難いでしょう。人一倍体力に優れるシモンだから回っていたようなもので、常人が同じ仕事量をこなそうとしたら、一週間もしないうちに過労で倒れてしまうかもしれません。
兄である国王が処罰の名目でシモンを無理矢理休ませたのには、そういった頑張りすぎを防ぐ目的もありました。休職処分というのもシモンに納得させるための強引な理由付け。普通に褒美で長期休暇を与えただけでは彼はきっと休みを返上してでも働きたがるでしょう。最近は流石に仕事中毒の気も抜けてきたようではありますが。
ともあれ、そういった仕事で居残った後の深夜に食事を摂れる場所として、シモンは居酒屋に通っていた時期があったのです。本日訪れた店もそうして贔屓にしているうちの一軒。
「店主、俺には何か軽めの酒を適当に頼む。ルグはどうする? 別に飲まずとも構わんよ」
「それじゃ、俺は水で」
「料理は、そうだな……とりあえず煮込みを二つとライスを大盛りで。ルグの分も大盛りでよかったか? うむ、では大ライス二つと、あとは焼き肉盛りを頼む」
「あいよ! 煮込みはすぐ出せるから、とりあえずそれで繋いどいてくれ」
そうして注文すると、驚くほどの早さで品物が運ばれてきました。提供の手順を簡略化するため、主要なメニューはあらかじめ仕込んであった物を盛り付けるだけで出せる形式にしてあるのでしょう。
「うむ、コレだコレ! ここの煮込みは絶品だぞ」
「へえ」
煮込みの具材は牛のスジ肉や内臓肉といった安価な部位に、グズグズに溶けて元の形が分からなくなった野菜。見た目は茶一色でお世辞にも良いとは言えませんが、
「お、美味い!」
「イケるだろう? 味が濃いから酒やライスと一緒に食うと堪らんのだ。煮込みの汁が染みた白飯がまた美味くてな」
見た目の地味さとは裏腹に味は絶品。高価な素材を洗練された調理法で仕上げた高級料理とは全く別種類の粗削りな美味さとでも言いましょうか。
「なんていうか、男の飯って感じだ」
「ああ、それは言いえて妙だな。こういう、肉! コメ! 酒! というのが男らしい食事というものだ。ははは、女連中に聞かれたら笑われてしまいそうだがな」
普段の食事とはだいぶ趣が異なりますが、二人ともいつも以上に食が進んでいる様子。栄養バランスや彩りなど全く度外視したメニューですが、今はその雑さが良いのです。
そうして煮込みを突いているうちに、先程注文しておいた焼肉の盛り合わせも運ばれてきました。こちらも安い肉の様々な部位を濃い味のタレに漬けて焼き、それを豪快に山盛りにしただけというシンプル極まるメニュー。
「ふぅ! 店主、酒をもう一杯……いや、やはりボトルで頼む!」
「あ、俺も大ライスおかわりで!」
味の濃い肉料理ばかりなので、当然、白米やアルコールの進みも早くなります。
そうして食べて、飲んで、また食べて。
ルグはお酒ではなく水ですが、そんな風に飲み食いに集中していれば、何一つ解決していなくともなんとなく気分は上向いてくるものです。
シモンが誘ってきた理由は、こういう形で悩んでいた己を元気付けようとしたのだろうか……と、そんな風にルグが思いかけた時でした。
「ふぅ……そろそろ頃合か」
「そろそろって、何がです?」
「いや、な。年長者として気の利いたアドバイスなり経験談なりが出来ればと思ってはいたのだが……正直、素面では話しにくかったのでな。こうして酒の助けを借りているわけだ。つまり、さっき言いかけた俺の失恋話なのだが」
共に食事を楽しもうという理由もウソではありませんが、シモンがわざわざこういった居酒屋を選んだのはその話をする為。いつの間にか店内には他の客も増えて騒がしくなっていますし、小声で話す分には内容が他の誰かに聞かれることもないでしょう。
「いや、シモンさん? そんなに言いにくいなら無理しなくても……」
「はっはっは! なぁに、遠慮するな。まあ、故あって言えない部分もかなりあるし、そう長くはならんよ」
ルグとしては好奇心よりも困惑のほうが勝っているのですが、すっかり酔いが回ったシモンは話を聞いてくれそうにありません。どうやら聞かずに済ませる選択肢はなさそうです。
こういう雑な食事って何故か美味いんですよね。
「お食事」じゃなくて「メシ!」って感じで。




