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男同士の夜


 夕暮れ時。

 学都の商業区近くにあるエスメラルダ大劇場にて。



「……うーん、わからん」



 つい先程まで一人で芝居見物をしてきたルグは、建物や出て早々に難しい顔をして首を傾げていました。

 彼が観てきたのは美男美女ばかりが登場する華やかな恋愛劇。

 他の観客は女性ばかりのグループやカップルばかりで、男一人で観客席に居続けるには中々の忍耐力を要しました。いえ、劇が始まってからは場内の観客は、ルグ自身も含めて舞台上に集中していましたし、その点についてはさして問題ありません。



「面白いことは面白かったけど……」



 劇自体は、ジャンル的に彼の趣味ではありませんが案外楽しめました。

 これだけ大規模な劇場ハコで上演できる劇団や役者となると、当然ながら相応の実力が求められますし、それについては流石にプロの仕事と言うべきでしょう。


 ですが、今日の本来の目的を果たせたかというと、否。

 わざわざチケット代を出して趣味から外れたジャンルの恋愛劇を観にきたのは、その内容からルグ自身の最近の悩みを打開するヒントを得られるのではないかと思ったからこそ。

 今日の舞台見物だけでなく、学都に帰ってきて以降の彼は貸本屋で借りた恋愛小説を読んだり、恋愛をテーマとした辻芝居を眺めたり、色々と試行錯誤を重ねていました。


 それも全ては誠意を持ってルカに返事をするため。


 本気の気持ちに対しては本気で返さねばならない。

 その為には、まず恋愛感情というものをキチンと理解する必要がある。

 不器用ここに極まれりといった手段ではありますが、これも彼なりに考えてのことです。残念ながらと言うべきか、当然ながらと言うべきか、今のところコレといった成果は挙がっていませんが。


 そもそも、そうした作品や演技というのは、観客を楽しませるエンターテイメントとしての意味合いが強いもの。時にはリアリティを廃してでも面白さを優先することも珍しくありません。

 実際的な人間関係の問題解決に役立つかといえば、絶対に有り得ないとまでは行かずとも、難しいと言わざるを得ないでしょう。現に今日の観劇でも、楽しむことはできても登場人物の心情に実感を伴う共感を抱くことはできませんでした。


 ルグ自身も途中から方向性のズレに薄々気づいてはいたのですが、かといって別の方法というのも思い付きません。

 身近な、それでいて一定以上の恋愛経験がありそうな誰かに相談するというのも一つの手ではありますが、故郷の親族に手紙を送っても、今からでは返事が来る時にはもう迷宮都市に発っています。それ以前に、どんな風に相談の文面を書けばいいのかもさっぱり分かりません。

 学都で親しくしている人間になら口頭で相談できますが、レンリ達に相談しても先日の延長にしかならないでしょうし、まさかルカに直接聞くわけにもいきません。他の知り合いというと、騎士団関係や行きつけの店の店員、会えば挨拶を交わす程度の仲の冒険者などであればそれなりにいますが、個人のプライバシーに深く関係する内容だけに、関係の浅い人物に事情を明かすというのも気が引けます。



「……うーん」



 何か発想の転換ができそうな手はないものかと唸りながら歩いていると、



「うぅむ……」


「シモンさん? 何してるんです?」



 同じように唸り声を上げながら腹部を押さえている知り合いに出くわしました。



「……おお、ルグか。いや、ちょっと近道をしようとこっちの道を通ったら、視界の端に劇場の屋根が入って思わず胃痛がな」


「なんか、前より悪化してません?」


「ああ、俺ももう克服したと思っていたのだが、気を張っていない状態で見たのがまずかったようだ。最初から気合を入れていれば大丈夫なのだが……」



 以前の騒動で劇場や芝居に関係するトラウマを克服したつもりでいたシモンですが、まだ完全ではなかったようです。覚悟のない状態でうっかり劇場の一部を見てしまっただけで、ストレス性の胃痛を発症していました。



「ふぅ、もう大丈夫だ。心配かけてすまぬ」


「いや、それは全然かまわないんですけど」



 流石に、前にあれだけ苦労しただけあって胃痛慣れしています。

 ルグとしては何と反応していいやら迷いますが、劇場の方向から視線を逸らしているうちに早くも復調したようです。 



「ところで、そちらの道から来たということは何か観てきたのか?」


「ああ、はい。俺の趣味ってわけじゃないんですけど、恋愛モノの劇をちょっと」



 自分の趣味ではない、とさりげなく強調。別にルグは硬派を気取っているわけではないのですが、男一人で恋愛劇を観てきたという事実に、今更ながらに正体不明の気恥ずかしさを感じているようです。



「ふむ? 趣味ではない芝居をあえて観るとは、誰か連れでもいたのか?」


「いや、今日は一人です。その……ルカの件で、何か参考にならないかと」


「成程な。その様子だと成果は芳しくなかったようだが」



 シモンも現在のルグのデリケートな状況は知っています。

 皆まで言わずとも事情を察してくれました。



「恋とか愛っていうのが、どうもピンと来ないんですよね。劇とか本とか見たら参考になるかと思ったんですけど」


「まあ、そういうのは実際に体験してみねば分からぬからな。それこそ、分かる時は一瞬で分かるものだが」


「へえ?」



 ルグとしては、シモンの返答は少々意外なものでした。



「シモンさんにもそういう経験ってあるんですか? でも誰かと付き合っては、ないですよね?」


「ああ、なにしろ一目惚れをした相手に真正面から一世一代の告白をして振られたからな。今から考えると最初から勝ち目のない勝負だったのだが……いや、あれには正直凹んだものだ」



 今でこそ笑って語れる思い出ですが、シモンにも本気で誰かに恋をして、そして想いが成就することなく終わった経験がありました。

 失恋の痛手が大きすぎた影響か、以降のシモンは恋愛関係のあれこれについて異常なまでに鈍くなってしまい、そのせいで苦労している誰かさんもいるのですが、それについては今は置いておきましょう。


 だから、結果はともかく、シモンも誰かを特別な意味で好きになるという感覚は実感として知っています。そういう意味では、年齢的な意味のみならずルグにとっては人生の先輩と呼べるかもしれません。前述の鈍さゆえに、この分野に関してはあまり頼もしいとは言い難い先輩ですが。



「……ふむ。ルグよ、このあと時間は大丈夫か?」


「え? ああ、はい。今日はもう飯食って帰るだけなんで」


「ならば、どこかで少し話さぬか? いつもは誰かしら女衆が一緒だが、たまには男同士で腹を割って話すのも悪くあるまいよ」







◆◆◆◆◆◆



《おまけ》


挿絵(By みてみん)



ジャージの上とスパッツの組み合わせは健康的なエロさがあって良いと思います(断言)

新しい塗り方を試してみたけど結構いい感じに仕上がりました。

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