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旅行の思い出と正直者


 さて、学都の到着して馬車でルカの屋敷に向かった一行は、庭先でトレーニングをしていたシモンとライムに再会しました。



「おお、そなたらか」


「おひさ」


 

 互いに積もる話はたくさんありますが、まず一目見て気になったのはシモン達の、ともすれば珍妙にも思える姿勢。膝を軽く曲げ、ただ立ち続けるというトレーニングは武術界隈では一般的な鍛錬ではありますが、そのあたりの事情を知らなければ何をしているのか分かりません。


 その辺りの理由と修行をしている事情について話すとなると、当然ルグの師匠でもあるガルドについてや、首都での武術大会で大敗した話題にも触れることになります。



「へえ、師匠に?」


「ん。強かった」


「うむ、負けも負け。負け惜しみを言う気にもならん大負けだ」



 敗北に対する悔しさはあっても、口に出すのも嫌な屈辱というわけではありません。

 そもそも、大勢の観客がいる前での負けであり、隠すようなものではなし。この学都でも、ちょっと新聞を読むなり街の噂に耳を澄ますなりすれば、シモン達がボロ負けしたことは簡単に分かります。

 シモンを応援していた熱心な女性ファン達、また一番人気の彼に賭けていたギャンブル好きは少なからずショックを受けていましたが、当の本人はこの通りさっぱりしたものです。



「そ、そんなに……強い、の? その……お師匠さま」


「ああ。いや正直、俺にとっては師匠もシモンさん達もレベルが高すぎて、どれくらい違うのか分からなかったけど」



 ガルドと面識のないルカにとっては、雲の上の達人であるシモンやライムをあっさり蹴散らせる人物など、想像するのも難しいようです。

 弟子であるルグにしても、ガルドから付きっ切りで長く教わったわけではなく、時折、彼が村を訪ねてきた時に武術の基本や初歩的な身体の鍛え方を習った程度。もちろん強いということは知っているにせよ、今の彼にとってはガルドもシモン達もレベルが高すぎて、正しく実力を理解することすら難しいというのが本音でした。


 世の中、上には上がいる。

 言ってしまえば、それだけの単純な話なのですが。



「まあ、修行もいいけどさ。お土産も渡したいし、シモンさん達もちょっとくらい休憩したらどうです? ほら、ルー君も当たり前のように修行に混ざらないの」



 ちなみに、ここまでの会話の最中もシモンとライムは修行を続けており、話の途中からはルグも見様見真似で同じように鍛え始めていました。「奥義」という格好よさげな言葉にワクワクしてしまうのは少年らしい反応ではあるにせよ、ここまでいくとトレーニング中毒にも思えてきます。


 まあしかし、レンリの言う通りに休憩を挟むには良いタイミングでしょう。



「はっくし! ……まあ、続きは屋敷の中でお茶でも飲みながらね」


「うん……さ、賛成……」



 それに、今の時期はまだ年明け間もない真冬。

 雪こそ降っていませんが、今朝の気温は零度を下回っていました。

 鉄道の車両内は暖房が効いており、駅前では人混みの熱気で寒さは軽減されていましたが、広々とした庭だと風の寒さが強く感じられます。

 日頃から肉体と精神を鍛えすぎて生半可な寒さなど気にならなくなったような面々や、ウルやゴゴのように暑さ寒さといった感覚のオンオフを自在に切り替えられるような特殊な事情でもない限りは、屋外での立ち話など望んでしたいものではありません。


 そもそも寒さ云々を除いても、土産を渡しに来たのに、延々と立ち話のみで済ませるというのもおかしな話です。シモン達とルグも修行を切り上げ、皆は屋敷の食堂へと向かいました。



 話題の種なら山ほどあります。

 お茶菓子の類も同じく山ほど。

 ルグの故郷からの土産やレンリ達が王都で買い集めた物以外にも、シモン達も首都からあれこれと持ち帰ってきていました。今回の帰郷では国の行事やら修行やらで呑気に土産店巡りをする暇はありませんでしたが、それでも王宮御用達の商人に声をかけて手頃な土産を見繕ってもらう程度は難しくありません。



「ルカ姉、おかえりー」


「うん、ただいま……レイル。お姉ちゃん……たち、は?」


「リン姉はタイムの姉ちゃんと買い物。お昼は外で済ませてくるって。で、兄ちゃんとロノは仕事ね」



 他に屋敷に残っているのはレイルだけでした。買い物に出ている女性陣はともかく、ラックも意外と真面目に遊覧飛行の仕事を続けているようです。

 ロノに無理をさせて体調でも崩しては台無しなので一日の飛行回数は三回から多くても五回程度。御者兼ガイド役のラック以外は、一度に二人までしか乗客を乗せられませんが、競合業者がいないので価格はレジャーとしてはかなり高めに設定しています。

 それでも空を飛んで街を眺めるという体験は刺激的かつ魅力的で、予約で埋まっている日も珍しくありません。今の時期の寒さを考慮してこの客入りならば、温かくなってくる春以降はもっとお客が増えそうです。


 

「うむ、あの男は喋りが上手いからな。結構評判が良いようだぞ」


「へえ……意外、です」



 ルカにしては珍しく辛辣な意見ですが、これまでのラックの暮らしぶりを見ていれば、極めて妥当な感想でしょう。

 拘束時間が短く、なおかつ楽で高収入という美味しい条件だからこそ続いているとも言えますが、一応は合法的な堅気の仕事にきちんと取り組んでいるとは、人間変われば変わるものです。あるいは、ラックにも何かしら思うところがあったのかもしれませんが。




 そして、話題は次々と変わります。


 ルグの故郷での魔物退治や村での宴会。


 お嬢様たちとの華やかなお茶会の日々や、驚異的で狂気的なレンリの実家について。

 ルグは体験できませんでしたが、王都での観光や買い物など。


 一部、ゴゴが解剖されかけたあたりに関しては、話題のジャンルがサスペンスかサイコホラーになりそうでしたが、それも今となっては良い思い出です。

 この話の内容でどうして良い記憶と思えるのかはゴゴ本人にも不思議でしたが、レンリの実家関連は常識がナチュラルに狂っている、知識欲こそが他の全てに優先されるというローカルルールが罷り通っているので、しばらく滞在した影響で認識が歪められているのかもしれません。


 ……と、まあ、ここまでは問題ないのです。法律や良識に照らし合わせてどうかはさておき、全般的に見れば旅行の良い思い出と言うことができます。


 問題は、旅行の行程がほぼほぼ終わって帰るだけになってから。

 要するに、復路の列車の中でルカの恋心が事故的な形でルグに伝わってしまったこと。

 それが結果的に良かったのか悪かったのかは今後の彼女達次第ですが、個人のプライバシーに深く関わる問題を軽はずみに口にはできません。

 当事者であるルカとルグはもちろん、仲間内で共有しているとはいえ、それを第三者に対して闇雲に漏らさない程度の良識はレンリやウル達にもあります。



「なーなー、ルカ姉。旅行中にルグの兄ちゃんとケンカでもした?」


「え、してない……けど?」


「そう? なんか、さっきから気まずそうにしてなかった?」


「そ、そそそんな……こと、は……なななっ」



 しかし、誰が漏らさずとも人並み程度の察しの良さがあれば、会話に違和感があるのは一目瞭然。そしてルカの性格上、ウソを吐いて誤魔化そうなどとすれば逆に相手にヒントを与えてしまいます。ここまで来れば、真実まではあと一歩。

 


「じゃあ、ケンカの逆で仲良くなった……ううん、それにしてはぎこちないし……あ、分かった」


「レイルよ、いったい何が分かったのだ? 俺には何を言っているのか分からぬのだが」


「まったく、シモン兄は鈍いなー」



 嫌な予感がしたと思った時にはもう手遅れ。

 口止めをする間もありません。



「うちの姉ちゃんとルグの兄ちゃんのどっちかがどっちかに告白でもしたんじゃない? それでまだ返事をもらってない、みたいな感じ?」



 推理材料が不足している状態からでは仕方ありませんが、当たらずとも遠からず。

 見た目は子供、頭脳も子供。

 五歳という年齢を考慮すれば十分以上に賢明ですが、流石にどんな謎でも魔法のように言い当てるというわけにはいきません。レイルの推理は善戦ではあれど、正解をピタリと言い当てているとは言い難いものでしたが、



「レイル、ちち違う、よ……っ!? こ、告白、じゃなくてっ……あれは、事故で…………あ」


「なんだ、外れかー」



 それでも結果的にルカを動揺させ、自爆を誘うには十分すぎるものでありました。




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