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「あり得ない」はあり得ない?


 レンリとウルとルグは、昼食を摂るために食堂車に移動しました。

 いえ、昼食のためという理由もウソではないのですが、この場合は機転を利かせたレンリが一時的にルカから引き離しておこうとルグを連れ出した意味合いが主でした。

 ちなみにウルも一緒に連れてきたのは、下手なことを言ってルカを刺激しないように。居残りでルカの世話を任せたゴゴには貧乏くじを押し付けた形になりますが、しっかりしている彼女ならその辺りの事情は言わずとも察してくれるでしょう。


 ともあれ、三人は食堂車の窓際の席に着きました。

 お昼のピーク時であれば他の車両の乗客もやってきて混雑するのが常ですが、今回のレンリ達は一番混み合う時間帯よりも少し遅めだったのが幸いして並ぶことなく座れました。

 食堂車にやってくる前の一等客車でのあれやこれやが起こる前は午前の遅い時間だったことを考慮すると、ルグに話を聞かれて以降の膠着状況や諸々の対処に、彼女達自身が思っていたよりも長く時間を使っていたようです。


 ロクにメニューも見ずに三人分の日替わり料理と、あとで客室に持ち帰るために二人前を別に頼み、そしてようやくルグは本題を切り出しました。



「……一応聞いとくけどさ、俺以外は皆知ってたってことでいいんだよな?」


「うん、ルカ君は結構分かりやすいからね」


「そうか……分かりやすいのか」


『むしろ、お兄さんが今までホントに全然気付いてなかったのが不思議なの』



 まずは前提条件の確認から。

 ルグもここまでの会話の流れから察してはいましたが、ルカが彼のことを好きだというのは、仲間内では当人を除けば周知の事実でした。

 女子陣が気付いた理由にしても、同性ならではの勘働きゆえというよりは、そもそもルカの正直で小心な性格が隠し事に向いておらず、ちょっと観察力と想像力を働かせれば簡単に分かってしまったから。

 しかしそうなると、ここまで本気で何も気付いていなかったルグにしてみれば、面と向かって鈍感だと指摘されたも同然で、なんとも複雑な心持ちになってしまいます。


 まあ、彼の鈍さについてはひとまず置いておきましょう。

 事実は事実として、真摯に受け入れるしかありません。

 話の本題はここから。

 つまりは、ルカから向けられる気持ちを知ったルグは、今現在いったいどのように思い、受け止めているのかについてです。

 


「……困った」



 困る。

 それがルグの率直な気持ちでした。



「へえ、困るのかい? 今度はこっちから確認だけど、それは好かれて迷惑だとかルカ君を嫌いだってわけじゃないんだろう?」


「そりゃそうなんだけどさ。でも、いきなりだったし、俺も何を言えばいいやら」



 一口に「困る」といっても、この状況では何通りにも解釈できてしまいます。

 レンリの問いに返したように、この場合は向けられた気持ちに対してどのように振る舞えばいいか分からないという困惑が主でしょう。



『ねえねえ、好きか嫌いかで言えば好きなのよね?』


「それは、まあ」



 今度はウルが別の切り口から攻め込んできました。好きか嫌いかの二択に絞ろうとすれば、ルグはたしかにルカを好いているということにはなりますが、



「互いに好きなら、それはもう両想いってことだね」


『うん、何も問題はないの! 一件落着ね!』


「いや、問題あるだろ」



 ウルはともかく、レンリは意図的に好意の意味合いを誤認させるべく誘導したフシがありますが、いくら恋愛方面の知識に疎いルグでも流石に騙されてはくれません。



「っていうか、それでいいなら、俺、お前らのことも好きだぞ?」



 友情と恋愛的な意味での愛情はあくまで別物。

 彼がその点を混同してくれれば騙し易かった、もとい話がスムーズに運んだのかもしれませんが、そこまで上手くはいきません。



「……っ!? そ、そうかい。いや、キミね。そういうことをサラッと言うのはちょっとどうかと」


『この男、無自覚に相手を勘違いさせるタイプなの……』


「そうなのか?」



 ルグ本人に意図して反撃したつもりはないのですが、不意打ちで真正面から「好き」と言われたレンリとウルが何故か精神にダメージを負っていました。

 相手が初心(うぶ)なルカだからこそ、これまでは恋愛アドバイザーの真似事もやってこれましたが、別に彼女達自身の経験値が豊富というわけでは全くないのです。

 流石に、今の一言だけで本当にどうにかなってしまうような事はないにせよ、近しい異性から好意を告げられたら、意味合い云々を抜きにしてもそれなりに動揺してしまいます。



「こほんっ」



 内心の揺らぎを誤魔化そうとしてか、わざとらしい咳払いを挟んでからレンリが新たな話題を持ち出してきました。



「じゃあ、発想を変えよう。まず、とりあえず先に付き合っちゃえばいいんじゃないかい? 言い方は悪いけど、ほら、お試し版みたいな感じで」



 言い方の是非はさておき、レンリの言うように気持ちが伴っておらずとも、まず試しに付き合ってみるのは、そう突拍子のない話ではないかもしれません。

 先に表面的な体裁を整えてしまうというのは一つの手ではあるのでしょう。

 実際、世の中の夫婦や恋人達にしても、交際を始めた一番最初の時点から両想いとは限りません。彼氏や彼女、夫や妻という「役割」を演じている間に、いつの間にか役が板に付いてくる。関係性が自然なものになってくるというケースも多々あるのではないでしょうか。


 今はまだ気持ちが追い付いていなくとも、試しに付き合ってみたら、そのうち自然と友情ならぬ愛情が芽生えるという可能性も十分にあり得ます。

 逆に、どうしてもこの相手とは合わないと分かってしまうかもしれませんが、それはそれで進歩ではあるのでしょう。少なくとも、何もかもが分からないままで手をこまねいているよりは建設的です。



「いや、そういうのはルカに悪い気がする」



 ですが、当のルグはそういう「お試し」には気乗りしない様子。



「向こうが真剣なら、こっちもちゃんと真面目に考えないと失礼だろ」



 年齢の割に堅物すぎる考えにも思えますが、もしも付き合うならその時は本気で。

 返事をどうするかまでは考えが至っておらずとも、真剣な気持ちに対して中途半端な答えを返すつもりはないという点に関しては、ルグも譲る気はないようです。



「真面目だ……」


『真摯で紳士ね。正直、お兄さんもルカお姉さんに劣らず面倒臭いの』



 レンリとウルは、感心するやら呆れるやら。

 ルグが真面目な人柄だということは知っていましたし、そういう部分に好感を抱いていればこそこうして仲良く友達付き合いができているわけですが、彼の真っ直ぐさは彼女達の想像を上回っていました。

 一度付き合うところまで話を持っていけば絶対に浮気の心配はなさそうですが、この堅物っぷりではまず交際まで事を運ぶのが大変です。こうした義理堅さというのは美徳ではありますし、客室で休んでいるルカも彼のそうした部分に惹かれているのでしょうけれど。

 


「まあ、別に今すぐどうこうしろってわけじゃないんだ。私達も急なことで驚いたけど、じっくり考えればいいと思うよ」


『うんうん。時間だけはいっぱいあるのが若者のトッケンなのよ?』


 

 幼女に言われてもイマイチ説得力に欠けますが、確かに今回の件は考えようによっては幸いかもしれません。先程のようなアクシデントでもなければ、ルカは告白を延々と先延ばしにして、そのまま何ヶ月も何年も大きな進展がないままズルズルと……という可能性もそれなりに、否、かなりありそうに思えます。


 返事をするにしても、もちろん際限なく引き伸ばせるわけではないにせよ、具体的にいつまでという期限が切られているわけではありません。今はまだルグも少なからず動揺していますし、明確に気持ちが定まるまでしばらくかかるでしょうが、時間をかけてじっくりゆっくり考えれば何かしらの答えは出るはずです。

 返事を焦らしている間、ルカは生きた心地がしないでしょうが、それについては普通に告白していたとしても同じこと。結局は遅いか早いかの違いだけ、と言えなくもありません。







「色々言ったけどさ、私はキミとルカ君は付き合うことになると思うよ。賭けてもいい」


「そう自信満々に言われてもな……」


 長々と話してはいたものの、これまで近くで彼らを見ていたレンリとしては、恐らくこの話は上手く運ぶだろうと見ていました。人間同士の関係ですから何事にも絶対はありませんが、それでも十中八九くらいは良い流れに乗るだろうと。


 

「さっきの話を蒸し返すわけじゃないけど、意味合いはともかく互いに好き合ってはいるわけだし。それにルー君のほうにも積極的に断る理由があるわけじゃないだろう?」


「んー……まあ、そうなるか?」



 ルグとしても、何がなんでもルカと交際したくない、してはいけない理由は全くないのです。一方、一緒にいたら落ち着くとか楽しそうだとか、あるいは顔が好みだとか、好感情に結びつくような理由は簡単に幾つも思い浮かびます。



「参考までに断る理由って?」


「そうだね、例えば実はキミを好きな子が他にもいたとして、その誰かさんに近々告白されて付き合う流れになったら、ルカ君は残念ながらフることになるだろう? 二股なんて真似ができるほど器用でも馬鹿でもないだろうし」


「まあ、そりゃそうだ。でも、それは流石にあり得ないだろ」


「だから、あくまで例え話だよ」



 積極的に断る理由となると、それくらいに無理矢理な仮定を積み上げなければ成立しそうにありません。既に誰かと交際している状態になれば、彼の性格上、他の相手に靡くことは絶対にないでしょう。

 ですが、ルグの交友関係の中で彼に急激なアプローチを仕掛けてきそうな女性などいませんし、シモンのように知り合い以外の不特定多数にモテるようなタイプでもありません。レンリの言うように、これはあくまで例え話です。



「そうだね、あとは……ルー君がルカ君以外の誰かをこれから好きになる。もしくは既に好きだったことに気付いた場合だ」


『好きなのに自分で気付かないなんてあるの?』


「ああ、たまにいるんだよ。そういう、自分の気持ちに鈍い子が」



 レンリは更に別パターンの例え話を続けます。ルグが別の誰かをこれから好きになる、あるいは実は既に好意を持っていたことに気付くという可能性。たしかに、そんなことがあればルカに良い返事をするのは難しいでしょうが、



「でも、これはもっとあり得ないだろう」


『うん、それはそうなの』



 ルグの恋愛分野に対する疎さ、鈍さは、ここまでの会話で実証済み。

 レンリ達と知り合ってからもうすぐ一年近くになりますが、その間、彼が異性に対して恋慕の感情を向けたことなど全くありません。もし、そんな面白そうなネタがあれば、レンリ達は決して見逃さず、ルカの時のように話の種として楽しんでいたことでしょう。そのような気配を巧妙に隠せるような甲斐性があれば、そもそもルカの気持ちにもとっくに気付いていたはずです。


 だから、あり得ない。

 少なくとも現時点においては、彼には好きな異性などいない……、



「……あ」


「『え?』」



 ……はず、だったのですが。



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