秘密がバレた!
お待たせしました。
それでは六章のはじまり、はじまり。
「あ、あ、あの……ルグ、くん?」
「ああ、その……聞こえた。ええと……」
本来、愛の告白という一大イベントにあって然るべき流れ、そこに至るまでの前置きや段取りなどの一切合財を省略する形で、ルカの想いはルグに伝わってしまいました。
声が小さくて聞こえなかっただとか、放たれた言葉を本来の意味合いとは異なる風に解釈したとか、そういう「実は伝わっていなかった」なんて紛らわしい話でもありません。
誰かが悪いというワケでもないのでしょう。
そもそも、誰かの責任を追及して、それで解決するような問題ですらないのですが。
しいて言うなら、間が悪かった。
いいえ、正しくは今のこの状況が「悪い」のかどうかすらまだ分かりません。
その良し悪しを判じられるようになるのは、これから先、話がどういう方向に転がるかを確認してからになるでしょう。少なくとも現時点においては、この場の誰にとっても予想外の状況で、それゆえに誰しもが対応を決めかねていました。
動くに動けない。
何を言ったらいいか分からない。
当事者二人は元より、ついさっきまで他人の恋愛を肴に面白がっていたレンリやウルやゴゴも、流石にこの流れを無邪気に、かつ無責任に楽しめるほど豪胆でも無神経でもありません。
先に動いたほうが負ける……かどうかはさておき(そもそも、何を以て勝ち負けとするのか?)、まるで剣豪同士の立ち合いにも似た緊張感が客室を満たします。
結果、まるで時間が止まってしまったかのように室内の全員が動かなくなってしまいましたが、まあ、当然ながら本当に時間が止まってしまうはずもなし。
人体に備わった機能として、精神的な動揺や混乱は時間経過に伴って自然と収まってしまうもの。ショックで真っ白になった頭も次第に回り始めました。
「……うぅ」
やはり、と言うべきか。
一番最初に動き出したのは当事者であるルカでした。
とはいえ、それはあくまで単純に、言葉通りの意味で「動いた」だけであり、現状を打破するために建設的な行動を取ったわけではありません。
「……あぅ」
彼女は顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまいました。
長い前髪と手で隠れていますが、それでも隙間から僅かに覗くルカの顔は、人間の顔色がこれほど変わることなどあるのかと皆がビックリするほど真っ赤になっています。その赤さときたら、熟れたトマトやリンゴですら及ばないでしょう。
顔が赤くなるということは、つまりは心身の緊張や高揚で顔に血液が集まっているということなのですが、こんなにも赤くなって健康面への影響はないのだろうかと、見ていた皆が心配になってくるほどでした。
「あ、大丈夫かい、ルカ君?」
『鼻血なの』
「は、恥ずか……しい」
というか、実際に体調への影響が出てきてしまいました。
血管や皮膚が弱かったりだとかの体質的な理由で、緊張する場面で鼻血が出やすい人がいます。ルカは特にそういう出血しやすい体質ではなく、それどころか人一倍、普通の人の何十倍か何百倍かくらい頑丈な身体を持っているのでその手の体調不良に陥ることは珍しいのですが、今回ばかりは動揺が激しくなりすぎて鼻血を出してしまいました。
「まあまあ、ルカ君や。ちょっと落ち着きたまえ」
「そ、そう言われ……ても……」
「それはそうだろうけど、『自分は落ち着いている』と心の中で唱えるだけで少しは違うものさ。とにかく自棄にだけはなっちゃいけないよ。間違っても暴れたりしないように」
この状況で平静でいろと言うのも無茶かもしれませんが、今は場所がよくありません。
なにしろ、走行中の列車の客室です。パニックになったルカの怪力で、例えば壁を殴るとか床を踏み抜くなどしたら、下手をすれば車両が脱線・横転して大事故になりかねません。レンリも下手に刺激しないよう口調は穏やかですが、死にたくないので必死にルカを宥めます。
「ベッドに横になって、口でゆっくり呼吸して。そうそう、ゆっくりでいいからね。ああ、ゴゴ君、私のカバンに小さいタオルがあるから取ってくれるかい? 白いヤツ」
『はい。これですか?』
「うん、ありがと」
しかし、結果的にはこのアクシデントが他の皆が動きやすくなるキッカケになったとも言えます。事故的にこじれてしまった恋愛模様を解決するのは無理でも、鼻血を出した友達に然るべき処置を施して休ませるくらいなら難しくありません。
それに、何をすればいいか分からない時でも、とりあえず機械的に手を動かしていれば気分が落ち着いてくるものです。レンリとゴゴはテキパキと手を動かし、
『我がいいって言うまで、こっち見ちゃダメなのよ?』
「あ、ああ。分かった」
少しでもルカを落ち着かせるために、ルグは部屋の壁を見て彼女に顔を見せないようにし、ウルはそれを見張る係。ルカほどではないにせよ、彼も彼なりに動揺しているのか普段より顔を赤くしています。
別にウル達がルグを信用していないわけではありませんが、こうして抑えておかないと、この世話焼き気質の少年は率先してルカの面倒を見ようとしかねません。そんな真似をしたら、出血がもっと酷くなってしまうでしょう。
そして一通りの処置も終わり、
「とりあえず、ルカ君はそのまましばらく寝ていたまえ。一眠りすれば少しは頭も冷えるだろうさ。ゴゴ君はこっちで一緒に付いていてあげてくれるかな」
「うん……ありが、とう」
『はい、我にお任せを』
ルカに関しては、そのままベッドで寝てもらうことになりました。
まだお昼頃ですし、それを差し引いても今の精神状態ですんなり眠れるかというと難しいかもしれませんが、横になっておとなしくしていればレンリの言うように頭も冷えるでしょう。
「で、ルー君とウル君は私と一緒にちょっと外に出てようか。ちょうどお昼だし、食堂車でご飯でも食べながら話し合おうじゃないか。色々とね」
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《おまけ》
◆おまけのイラストは、具体的にどこがとは申しませんが布地越しの柔らかさとか、ウルのおバカっぽい可愛さが表現できたので気に入ってます。
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