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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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休みの終わり:旅行の終わりと恋について


 ルグがA国王都に戻ってきた翌朝。

 一行は予定通りに大陸横断鉄道に乗り込み、学都へと出発しました。


 往路と同じく一等客車の個室を二部屋取ってあったので、他の乗客に気を遣う必要もありません。屋敷から持って来た分やルグのお土産、他にも駅周りで購入したお菓子などをテーブルに広げて寛いでいました。



「いや、昨日の塩漬け豚は美味しかったね。カリカリに焼いた脂身が最高だったよ」


「わたし、も……おかわり、しちゃった」



 現在の話題は昨夜の夕食について。

 昨晩の主菜は、ルグがお土産に持ち帰ってきた塩漬けの塊肉を、オーブンでこんがり焼いたローストポーク。塩だけでなく様々な香草の粉末を一緒に擦り込んであり、同じくお土産だった果実のジャムをベースにした甘酸っぱいソースとの相性も抜群。実に味わい深い風味が出ていました。

 今朝の朝食にも肉の残りを挟んだサンドイッチが出て来て、レンリとウルとで最後の一つが奪い合いになったほどの人気でした。



「毎日毎日あればっかりだと飽きるんだけどな」


『そうなの? 我なら毎日でも大丈夫よ?』


「昨日のは確かに美味かったな。でも、あれはメアリさんの腕が良いからだよ」



 香草を使うのも塩に漬けるのも、元来は長期保存が目的。

 寒さが厳しくなる秋頃に大量に仕込んでおき、冬の間はずっと似たようなメニューが続くのです。いくら美味しくとも、調味料や調理設備の限られる村では料理のレパートリーは決して多くありませんし、春前にはすっかり飽きて見るのも嫌になってくるのだとか。

 実際、ルグが故郷に滞在した一週間ほどの間でも、大盤振る舞いの宴会になった初日を除くと二日目以降は塩漬けの豚や羊ばかりのメニューが続き、学都でのバリエーション豊富な美食に慣れた舌には少しばかり辛いものがあったようです。



「いやいや、メアリもキミのお土産の質が良いって褒めてたよ」


「そういえば俺も色々聞かれたな」


「あの人、食材の目利きに関しては絶対お世辞は言わないからね。自信を持ちたまえよ」


「うん。まあ、俺の村の物を褒められて悪い気はしないしな」



 以下、余談。

 後日、やたらと食材消費量の多いレンリの実家の新たな仕入れ先として、ルグの村が加わることになりました。元々生産されていた畜肉や野菜、果物、乳製品などに高位貴族の御用達という(ブランド)が付いたことで市場での売り値が上がり、村の財政状況が大きく上向くことになるのですが……まあ、これに関してはこの場の彼らにはあまり関係のないお話でしょう。以上、余談終わり。





 ◆◆◆






『それでね、皆で曲芸(サーカス)を観に行ったのよ!』


「へえ、それも楽しそうだな」


 ルグが王都を離れている間、ルカやウル達はレンリの友人のお嬢様達とのお茶会に招かれたり、博物館や美術館の見学をしたり、評判の曲芸(サーカス)団の技を観に行ったりと楽しく過ごしていました。

 去年の春先に続き、折角の王都をほぼ通過するだけで終わってしまったことに関しては、彼としても惜しいと思うところではありますが。



「あ、でも、やっぱり俺はいなくて正解だったかも」


「うん、どうしてだい?」


「だってさ、女ばっかりのお茶会に男一人とか、なんか気まずいだろ」



 仮にあのまま王都に残っていたら、当然のようにルグもお嬢様の集まるお茶会に行くことになっていたはずです。それが「嫌だ」とまでは彼も言いませんし思いませんが、少女ばかりの集まりに一人だけ混じるというのは、並々ならぬ勇気を要することでしょう。心情的には、凶暴な魔物に立ち向かうほうがまだ気楽かもしれません。



「ふぅん? そんな気にすることでもないと思うけどね」



 ……が、その辺りの繊細な男心は女性陣にはイマイチ分かってもらえないようです。

 


『というか、ルグさん。それは今更なのでは?』


「まあ、それはそうなんだけどさ」



 ゴゴの言う通り、今更と言えば今更です。

 こうしている今もルグ一人が四人もの異性に囲まれているワケで、性別の比率としてはかなり偏っています。上流階級の見知らぬお嬢様方と単純に比べることは出来ないにせよ、ルグがこの状況に居心地の悪さを感じていないというのも、考えてみればおかしな話かもしれません。



「ほら、お前らはなんていうか……手のかかる妹分というか、そんな感じ? あ、いや、別に悪い意味じゃなくてだな」



 結局のところ、良くも悪くもルグは彼女達を異性として見ていないのでしょう。

 ふとした瞬間に彼女らの女性性を意識することはあっても、その気付きはあくまでその場限りのもの。時間が経てば次第に薄れてしまう程度に過ぎません。

 見た目からして明らかに年下のウルとゴゴは除いても、同い年かつ背丈で負けているレンリとルカも、彼にとっては世話を焼く対象であるという感覚が少なからずあります。面倒をかけているのはお互い様だということはルグも自覚していますし、決して彼女達を侮るつもりはないのですが、一度定着したイメージというのはたとえ悪気が無くとも拭い難いものなのです。



「はは、まあ分からないでもないさ。男だの女だのでいちいち気を遣うのは煩わしいからね。『私は』そういうのも悪くないと思うよ」


 

 レンリ個人の意見としては、今のように性差を意識しないで済む気楽な関係は好ましく思っているのでしょう。ただし、あえて『私は』と強調したように、この場の全員が同じ意見ではありません。



「……ふむ。食べてばっかりで少し喉が渇いたね。ルー君、ちょっと食堂車で冷たい飲み物でも買ってきてくれないかい?」


「ん? もうすぐ昼飯だし、別に今すぐじゃなくても」


「いいから、いいから。ほら、行った行った!」



 そこまで強く言われれば、ルグとしてもあえて拒否する理由はありません。ソファから立ち上がると、ドアを開けて後部車両へと向かって行きました。




 そうして、レンリが半ば無理矢理にルグを追い出した後。



「…………あぅ」



 先程の会話の途中から黙っていたルカが、がっくりと肩を落としました。

 性差を意識せずに済む関係はたしかに気楽かもしれませんが、ルグに対して友情以上の想いを抱くルカとしては決して喜んではいられません。



「なに、別に嫌われたってワケじゃないんだ。ルカ君が気に病むようなことじゃないさ」


「うん……それは、そうなんだけど……妹分……」



 なるほど、と納得できる部分も少なからずあります。

 ルカが今のように彼を意識し始めてからも、それ以前も、彼女はルグに対して頼り甲斐というものを強く感じていました。

 それは恐らく、被保護者が保護者に対して感じる頼もしさに類するものでしょう。

 ならば、彼がルカを妹分扱いするのも決して的外れではなく、むしろ極めて妥当な、的確な評価と言っても過言ではないかもしれません。以前は、ルグを内心では弟のように思っていた彼女からすれば皮肉な話ではありますが。


 少なくとも嫌われてはいない。

 ある種の親愛は確実に存在する。

 問題は、その親愛の種類が決定的に食い違っている点なのですが。


 自然な会話の流れで、そうした彼の本音が聞けたのは悪いことではないのかもしれません。ですが、先程の話を聞く前後で何か関係性が変化したわけではないとはいえ、ルカとしてはどうしても気落ちしてしまいます。



『この旅行中に何か進展があるかと期待していたんですけどねぇ』


『何もなくてつまんなかったのよ』


「ご、ごめん……なさい?」



 全体としては楽しい旅行でしたが、その部分に関しては期待外れとしか言えません。無責任に面白がっている外野に謝るようなことではないのですが、ルカも思わず謝ってしまいます。



「まあ、彼が一緒にいた時間は少なかったし仕方ないよ。これからの事は、学都に戻ってからゆっくり考えればいいだろうさ」



 今回の帰省旅行では大きな進展こそありませんでしたが、決して状況が悪化したわけでもありません。学都に戻って少ししたら、今度は迷宮都市への旅行だって控えています。


 年若い彼女達には、時間は、チャンスはこれからまだ幾らでもあるのです。

 興味半分で面白がっている部分があるのは否定できないにせよ、レンリやウル達という頼もしい味方だって協力してくれています。



「うん……がんばる、ね! ルグくん、に……ちゃんと、好きだって、伝え」



 ルカは暗く落ち込みかけた気分を振り払うべく、そして新たな戦いに向けて気合を入れるべく、自らの両頬をパシンと張ってから明確な決意を口にし――――、













 

 ――――同時に、客室のドアが開きました。



「え? あの、ルカ?」


「……え? ル、ルグくん……?」


「はい?」『おや?』『なの?』



 いくらルカの声が小さめだとはいえ、列車の走行音や風音があるとはいえ、部屋の扉を大きく開けた状態で聞こえないほどではありません。


 ルカの決意は彼の耳にもしっかり届いていました。

 そして、これだけ明確な言葉ならば誤解のしようもありません。



「な……なん……っ!?」


「ええと、財布を忘れて。じゃなくて、一応ノックはしたんだけど……いや、その、参ったな……」






 ◆◆◆





 彼女達の人生には、望みを叶える機会はまだ幾らでもあるのでしょう。

 ですが、そうした機というのは、常に本人にとって都合の良いタイミングで訪れるとは限りません。いいえ、むしろ全ての準備が完璧に整った万全の状態でそうした人生の重大事に臨むなど、余程の幸運と偶然に恵まれなければ難しいのかもしれません。

 人生には、一切の脈絡もなく、一文の伏線もなく、まるで不意討ちのように機が訪れることも決して少なくはないのです。今、この時のように。


 本日この場に訪れた機が好機となるか、それとも危機となるのかは、まだ誰にも分からぬことではありますが。



◆というワケで今章はこれにて終了です。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。最後の最後で大きな爆弾案件を仕掛けてみましたが、引き続き次章以降も宜しくお願い致します。

◆今章は大きな一つの事件を中心にするのではなく、別々の細かいエピソードがどんどん起こるような構成にしてみましたが如何だったでしょうか?

表面上は平和な話が多めでしたが、今後の展開に関わってくる諸々の仕込みは大量に入れてみました。顔見せ程度に出した新キャラと、存在感があり過ぎた旧キャラは今後の話でも出番が多々あると思いますので。

◆作品の感想など頂ければ幸いです。

あまり贅沢は言いませんが、出来れば甘口でべた褒めのヤツを一丁お願いします。贅沢は申しませんが、レビューなど書いて頂けると更に宜しいかと。

作者のやる気増進にご協力くださいませ。

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