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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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休みの終わり:お土産と謎の人々について


「よっ、お邪魔します。それとも、『ただいま』かな?」


「やあ、ルー君おかえり」


「おかえり……なさ、い」


 年が明けて数日後の午後。一人だけA国王都を離れて故郷の村へと帰省していたルグも、レンリの実家の屋敷に戻ってきました。

 学都に戻る列車の出発は翌日の朝。

 この時期は帰省ラッシュで席が埋まっているので、もし間に合わなければ王都での滞在を伸ばすか、鉄道ではなく馬車と徒歩で遥々旅をする羽目になるところでしたが、これならば元々の予定通りに進みそうです。



「でも、思ったより遅かったね。その大荷物のせいかい?」


「いや、荷物は関係ないんだけど、帰り道が雪で塞がってる所があってさ。別に迂回する道があったから良かったけど。で、この荷物はお土産な。うちの村の肉とか野菜とか」


「おお、それは嬉しいね。メアリおばさんに言って今夜の夕食にでも使ってもらおう」



 王都から村へ向かった時は、弓や剣といった武装以外は最低限の旅装だけの身軽な格好をしていたルグですが、戻ってきた今は村で採れた野菜やら肉やら乳製品やその他諸々を大量に持たされて、彼自身の体重と同じかそれ以上もの大荷物を背負っていました。少なくとも50kgは軽く超えているでしょう。

 到底ルグ一人で消費しきれる量ではありませんが、学都の知人に渡す一部を除いて、この屋敷に残る大部分を押し付けてしまえば決して無駄にはなりません。

 レンリの家族は相変わらず留守にしているか引きこもっているかで全員揃ってはいないのですが、住み込みの使用人や研究者が大勢いるので、食材はいくらあっても余る心配は無用です。



『あっ、美味しそうなのがいっぱいあるの!』


『おや、これは素晴らしい』


「いいね! じゃあ、ちょっと早めだけどお茶にしようか?」



 お土産の中にはお茶請けになりそうな甘味も少なからずありました。

 大瓶いっぱいのヨーグルト。山ぶどうや野苺のジャム。栗の蜜煮。桃や林檎の蜂蜜漬け。生姜の砂糖漬け。干し果物やチーズ……等々。ほとんどは日持ちのする物ばかりですが、実に豊かなバリエーションが揃っています。


 長距離馬車の発着場から大荷物を担いできたルグは少しばかり疲れていましたし、ずっとこの屋敷で快適な生活をしていた女子組は疲れてはいませんが、すぐにでもお土産の味見をしてみたい気持ちで一致していました。


 それに何より、互いに積もる話が沢山あります。

 まだ少し早めですが、お茶の時間には良い頃合でしょう。






 ◆◆◆






「ところで、その丸めてあるのはなんだい? あんまり美味しそうじゃないけど」


 一口大に切ったチーズに琥珀色の蜂蜜をかけた物を飲み込んだレンリが尋ねました。チーズの塩気に蜂蜜の甘さが加わると、なんとも後を引く中毒性のある味わいになります。こうしてお茶に合わせるのも良いですが、酒精が強めの蒸留酒やワインにも合いそうです。



「ああ、これは食べ物じゃないんだ。さっき話した八手熊(ヤツデ)の毛皮」


「へえ?」



 レンリの質問に対して、こちらはベリーのジャムと砕いたナッツを散らしたヨーグルトを匙で掬いながらルグが答えました。

 ヨーグルト自体には砂糖が混じっておらず、単品では酸味がかなり強く感じられるのですが、ジャムの爽やかな甘さが合わさると酸味のトゲも丸くなり、炒ったナッツのカリカリした歯ごたえも心地良いアクセントになっています。

 こうしてヨーグルトを甘味として食べるのは勿論、サラダのドレッシングや揚げ物のソースに使っても面白いかもしれません。



「毛皮とか骨とかのほとんどは村で売ることになったんだけど、ちょっとだけ貰ってきたんだ。学都に戻ったら職人街の工房に持ち込んでマントにでもするか、鎧にでも縫いこんでもらおうかと思ってさ」


「なるほど、防具の素材としては中々面白そうだね」


「普通の刃物じゃ歯が立たないくらいだしな」


「どうせなら護符の類も一緒に縫い込んでみるのはどうだい?」



 面白いといえば、ルグが少しだけ持ち帰ってきた八手熊(ヤツデ)の毛皮も面白そうな素材です。下手な金属鎧以上の耐久性がありながら、軽くて動きを阻害しません。防御よりも回避を重視するルグの戦闘スタイルとも噛み合うはずです。

 具体的にどう加工するのかは、学都に戻ってから職人と相談しながら決めることになりますが、どう使うにしても悪い物にはならないでしょう。





 ◆◆◆





「へえ、レンの親父さんやお姉さんと会ったんだ?」


「う、うん……」


 薄焼きのビスケットに桃の蜂蜜漬けを乗せながらルカが答えました。

 ちなみにビスケットはルグのお土産ではなく、この屋敷に元々あった物。蜂蜜漬けの強烈な甘さがビスケットの塩気と素朴な麦の風味で適度に和らぎ、食べやすくなっています。



「どんな人達だったんだ?」


「え? ええと……なんというか、個性的な……」



 そして話の本題についてですが、ルカはなんだか答えにくそうにしています。

 一週間以上もこの屋敷に滞在し、その間に三日間ほどレンリの父親と姉が帰宅していた際にルカやウル達も挨拶をしたのですが……、



「えと……その……すごい人達だった、よ」


『……うん。あれは「すごい」としか言いようがないの』


『ええ。悪い人達ではないと思うんですが……いえ、良い人達かというと、それはそれで全然違う気もするんですけど。朝起きたら客間のベッドじゃなくて地下室の手術台で目が覚めたりしましたし。ああ、でも悪い人達じゃないんですよ? 解剖されかけましたけど』



 元々、口下手なルカだけでなく、ウルやゴゴも説明に困っている様子。

 普段は王宮で王族の教育係という重職に就いているのだから、少なくとも全く話が通じないということはないはずですが、どうにも要領を得ません。なんらかの具体的な被害を受けそうになったらしいゴゴですら、善とも悪とも判断しかねているようです。



『結局、この家の中ではレンリさんが一番マトモでしたね』


『我も“いかん”ながらそれは認めざるを得ないのよ』


「え、これって褒められてるの、私?」


 

 レンリも世間一般の感覚からすれば間違いなく変人の部類に入る性格をしていますが、そんな彼女がマトモな常識人に思えるほどの変人一家。まだレンリ以外と遭遇していないルグとしては興味半分、怖さ半分といったところですが、



「よく分からないけど、俺が会う機会はなさそうだな。明日出発だし。世話になった挨拶くらいはしておきたかったけど」


「まあ、今回は縁が無かったってことで。なに、また機会はあるだろうさ」



 スケジュールを考慮すると、今回の滞在ではもうルグがレンリの家族に会う機会はなさそうです。流石に、挨拶をするためだけに列車の予約を無駄にするわけにもいきません。


 残念ながら、と言うべきか。

 幸い、と言うべきか。

 それは結局、最後までルグには分からず仕舞いのままでしたが。



多分、次でこの章は終わりです。

レンリの家族については、設定は存在するんですが当面はレギュラー化の予定がないので、今はまだボカしておく方向で。

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