シモンとライムの冬休み⑦
「俺の奥義に名は無い」
シモンの奥義を驚くべき方法で破ったガルド。
彼は、その返礼として自らの奥義を披露すると言い出したのですが……、
「……なーんて、実はこいつを思いついたのが、つい先週でよ。まだしっくり来る名前が浮かんでないってだけなんだけどな」
「せ、先週?」
「おお。いや、どうも俺はネーミングセンスってやつがなくてなぁ。あ、別に冗談とかじゃなくてマジだからな? マジですごいから、この奥義。まだ練習中だけど一応の形にはなってるからよ」
ガルドがその奥義を思いついたのは、つい先週。
名無しなのも、考案してから時間が経っていないから。
それだけ聞けば冗談やハッタリにも思えますが……いえ、本気で騙す気があれば「先週」の下りは隠しておくでしょう。その話し振りからも、彼は本気で言っている様子です。
まあ、世に在る諸流派の秘奥、どのような奥義にせよ、昔の誰かがどこかのタイミングで思いついたものではあるわけです。
ガルドの場合は、そのタイミングがたまたま先週だった。
それだけと言えばそれだけのシンプルな話ではありますが、よりにもよって奥義に開眼した直後に対峙する羽目になったシモン達は不運としか言い表せません。ただでさえ薄い勝ち目がますます減ってしまいます。
「まあ、こんなモンは口で言っても仕方ねぇ。百聞は一見に如かずってな」
そしてガルドは、なんとも気軽な調子でその奥義を使用しました。
◆◆◆
「これが構え、なのか?」
ガルドの構えは実に見事なものでした。
否、構えという表現も相応しいかどうか。
観客の素人目には、ただの棒立ちにしか見えていないでしょう。
両腕をだらりと垂らした自然体。普通に立っているだけにも見えますが、この脱力ぶり、リラックス具合といったら並大抵ではありません。
武器術や格闘技といった武芸に限らず、多くの運動競技において、脱力という技術は非常に重視されています。ガチガチに力を込めるだけでは、人体の運動機能を十全に発揮することはできません。
力みを抜き、筋肉を緩め、リラックスする。
力を入れ、筋肉を固め、そして動く。
その緩急双方のコントロールこそが、およそあらゆる運動の肝と言ってもいいでしょう。
しかし、言うは易し行うは難し。
人間の身体は、本人が自覚せずとも勝手に力んでしまうもの。
ただ立っているだけ、ただ座っているだけでも筋肉は休み無く動き、常に緊張しているのです。いつでもどこでも、自由自在にリラックスするというのは案外簡単ではありません。
ましてや実戦や試合の場においては、高揚や不安といった精神的な揺らぎもまたリラックスを阻害する要因になり得ます。
練習では上手くできたことが本番で出来なくなる。
様々な分野でよく聞く話ではありますが、練習時のような精神状態で臨めないことが原因の一つ。完璧な脱力を完成させるには、何事にも揺らがない平常心、心の在り様も求められるのです。
「で、こっからが奥義の本領なんだが……口で説明するより実際に確かめてみたほうが分かりやすいか」
……と、極限の脱力を難なく実現したガルドですが、無論、奥義とまで言った技がこれだけで終わるはずがありません。
「嬢ちゃん、今度は避けないし防がないからよ、好きなだけ殴ってみな」
「うん」
ガルドが言い終えるよりも前に、ライムの飛び後ろ回し蹴りが水月(鳩尾)に正確に突き刺さりました。予告通りに回避も防御もされずに蹴りが腹に入ったのです。普通に考えれば悶絶モノ。常人なら間違いなく即死するだけの威力だったはずです。
「……むぅ?」
しかもライムは一撃で止めずに、跳躍して頭を抱え込んでから顎への膝蹴り。
更には中指の第二関節を用いた一本拳で米噛、人中(鼻と上唇の間)と顔面の急所への二連撃。おまけに全体重を乗せて振り下ろした肘で鎖骨を思い切り叩きましたが、
「どうした、もう終わりかい? 遠慮はいらねぇぜ」
ガルドには一切のダメージが通っていません。
痩せ我慢をしている様子もなく、それどころか痛みすら感じていないようです。単なるタフネス自慢とは根本からして異なります。
「手応えが……変?」
実際に手加減のない攻撃を打ち込んだライムも、強い違和感を覚えていました。
具体的にどう変かと言うと、彼女自身も上手く説明できない感覚ではありますが……、
「今度はもうちょい分かりやすくしてやるか。ほれ、坊主達も好きに打ち込んでみな。武器を使ってもいいからよ」
「……では、御免!」
なんとも底知れぬ異様さがありました。
ここまで来れば、見ているだけの観客にも理解できるでしょう。
一見すると、無抵抗の一人を、四人がかりで武器を用いて攻撃しているだけ。
剣で突き、斬る。
戦鎚を頭部に振り下ろす。
拳や蹴りを容赦なく急所に突き立てる。
しかし、ガルドには一切の怪我がありません。
逆に、攻撃しているシモン達のほうが消耗しているくらいです。先程との違いは、ガルドが立っていた大岩が、四人が攻撃を加えるごとにひび割れ、砕けていく点。
「鎧通し、ってのがあるだろ?」
攻撃を喰らいながらも、まるで頓着せずにガルドは説明を始めました。
「あれは要するに、攻撃の威力を敵の体内に浸透させて、鎧を着込んだ奴とか甲殻のある魔物をぶっ倒すための技なわけだ」
鎧通し。
その技であればシモン達も知っていますし、使うこともできます。
鎧や甲殻のような硬い守りに対し、物体表面の破壊ではなく、攻撃の威力を伝播させ素通りさせることで体内の奥深くへダメージを与えるという高等技術です。
「で、俺は考えたわけよ。攻撃を受けた時に鎧通しの応用、いや逆用かな? ……で受けた破壊力を素通りさせて、そのまま身体の外に逃がしてやればいいんじゃないかってな。今は、こうやって足下に威力を逃がしてやってるわけだ」
言わば、自分に向けられる全ての物理的な攻撃を、強制的に素通りさせてしまう技。
勿論、鎧通しとそっくり同じではダメージが倍増しかねませんが、破壊力のエネルギーをそのまま体外に逃せば、どれほどの破壊力を向けられようと自分自身は無傷のままでいられるという寸法です……が。
「そ、そんな馬鹿な……」
「うん。すごく、びっくり……」
勿論、ここまで親切丁寧に解説されたところで、素直に納得できるはずもありません。
特に信じがたいのは、これが純粋な体術によるものであるらしい点です。幻覚とか、特殊な魔法とか、まだしもそんな原理だったほうが聞いた側も受け入れやすかったかもしれません。
「いや、そんなこと言われてもなぁ。出来たモンは出来たんだから細かい事ぁいいじゃねぇか」
当の本人は、深く考えることなく大雑把に納得していましたが。それに、実際そんな突拍子も無い、現実味すらない技を体感しているのです。納得できようができまいが関係ありません。
「そんでな、これは別に守りの技ってわけじゃない」
全ての物理攻撃を無効化する――先に見せた魔法の無効化と合わせれば、もうほとんど無敵なんじゃないかという恐るべき奥義ですが、これだけで終わりではありません。
「打ち込まれた破壊力を逃がすんじゃなくて、体内を傷付けないように適当に散らしながら循環させて溜めておいて……で、俺自身の攻撃に相手の力を合わせて放つわけよ」
この奥義は攻防一体こそが旨。
相手の攻撃力を自身の力に上乗せして放つ。それだけなら通常のカウンター系の技術とも同じですが、破壊力を溜めておいてタイミングを問わずに利用できる上、一度に何発分も、何人分もまとめて返すことができる。ただでさえ強いガルドの技が、何倍にも何十倍にもなるのです。
しかも、技術の基礎が鎧通しの技である為に、防具等で防ごうにも威力は敵の体内にまで浸透してくることでしょう。ここまで盛り沢山だと、反則的という表現を通り越して悪質とすら言えるかもしれません。
◆◆◆
まだ大会の決着こそついていませんが、既にシモン達の勝ち目は無くなったと見て、ほぼ間違いはないでしょう。観客や審判も、何より当の本人達が勝ち目の薄さを強く実感していました。
あとに残るのは単なる消化試合。
どんな攻撃も通用しないガルド相手に徒労を重ね、その後で死なない程度にボコボコにされて、そして終わり。何なら、今この瞬間にでも降参するのが一番賢い選択かもしれません。
最早、ここから逆転する方法などは……、
「……皆。最後に一つ、試してみたいことがあるのだが」
可能性は、ただ一つだけ。
体内の重力を操作する、シモンの第一奥義。
重力が作用する範囲を体外にまで広げる第二奥義。
そして、それら二つに続く第三の奥義。
その三つめの奥義であれば、間違いなくガルドを打ち破ることもできるでしょう。
この土壇場で万が一にも成功すれば、ですが。
己が奥義と定めてはいるものの、まだ練習ですら成功したことがない、シモン自身も術理を理解しきれていないような未完の奥義ですが、それこそは彼が師を、すなわち勇者をも超える為の秘剣。
「――――行くぞ」
体力も魔力も尽きかけた身体を気力だけで動かし、シモンは最後の一撃を放ちました。
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《おまけ》
GIFアニメを作ってみました。
下の画像をクリックでリンク先に移動してから、PCでは移動先の画像を選択、スマホならページ内の「画像最大化」を選ぶと絵が動いてるのが見られるはずです(ガラケーには対応してないみたいなのでゴメンナサイ)。




