シモンとライムの冬休み⑥
剣が、戦鎚が、拳が、幾十幾百も打ち込まれる。
一人の人間に対し、四人の手練れが一切の容赦なく打ち続ける。攻撃の大半は正面からではなく背後や側面の死角から、多勢の利を活かして四方を囲みながら。
正々堂々とは程遠い。
卑怯卑劣の謗りを受けても文句は言えません。
こんな形では、最早「勝負」と呼ぶにすら値しないでしょう。
「ははっ! 楽しいなぁ、おい」
「くっ……」
ですが実際には、それとは異なる意味で戦いにすらなっていませんでした。
圧倒的に有利なはずの状況にありながら、シモン達はガルドの守りを未だ崩せずにいたのです。一番最初のシモンへの前蹴り以降は守りに徹していましたが、しかしそれは攻める余裕がないからではなく、むしろ彼の余裕によるものでしょう。
振り下ろされた剣の腹を、指や手の甲で軽く押して軌道を逸らす。
頭部狙いの戦鎚を、手首や肘や肩関節をクッションにして威力を殺しきる。
疾風の如き拳の連打を、それ以上の速さで優しく受け止める。
いずれか一つの受け技であれば、まだ納得もできましょう。
一対一の、正面から繰り出される技に対してであれば、シモン達四人とて似たような対処は不可能ではありません。
しかし四人を同時に相手にし、見えてすらいない背後からの攻撃に同じことが出来るかというと、否。わざわざ考えるまでもなく絶対に不可能です。手足は合わせて四本あるのだから、四人を相手にするのに支障はない、なんてはずがありません。
不可解なのは、ガルドのパワーやスピードは、たしかに四人を超える凄まじいものではあるけれど、絶対的なまでに隔絶した差があるわけではないという点です。
たとえば、シモンやライムの師達であれば、同じように四人を相手に優位に立ち回るのは造作もないことでしょうが、彼女達とは根本的なパワーやスピードや魔力、強さの基礎の部分からして大きな差があるのだから、まだ納得もできます。
ですがガルドの場合はパワーもスピードも――それが全力とは限らないにせよ――現在までに見せているのはシモン達と比べても精々三割から五割増し。ざっと一人頭の戦力を十としたなら、多めに見ても十五程度。
実際の戦闘が机上の計算通りにいくはずもありませんが、しかし、いくらなんでも合わせて四十の戦力が十五を相手に遅れを取るなどということがあるでしょうか?
素直に考えるなら、個の力量差を人数の有利で強引に押し切るには十分すぎる条件のはずです。
シモン達もアラン達も、先程まで一時間近くも戦っていただけあって、互いの呼吸や手の内はある程度把握しています。即席のチームとはいえ、足を引っ張り合って総合的な戦力がマイナスになっている、などという間抜けな結論もあり得ません。むしろ即興とは思えないほどに巧みな連携と言えましょう。四人の側に何かしらの落ち度があるわけではないのです。
「よっ、と」
今度は、背後から的の大きな胴を狙った刺突を、片足を軸に半身になるだけで回避。
続いての上段斬りを、蚊でも叩くかのような何気なさでパシンと白刃取り。
「くっ、これでも通じぬか!?」
この鉄壁の守りを支えているのは、五十年近くにも及ぶ膨大な戦闘経験で培われた戦闘勘と、敵の行動を予測する先読み。
戦いのレベルが高くなればなるほど、その内容はどれだけ動きの先を正確に予想できるかという、読み合いが重要になってきます。相手の手を読み、時に騙し合い、最善手を指し続け、一手でも多く読み切ったほうが勝つ様は、ある種のボードゲームにも似るかもしれません。
そして、ガルドの読みの深さに野生的な勘の鋭さが加わったなら、それは最早予測ではなく予知にも等しい精度になります。見えてもいない死角からの攻撃を正確に捌けるのも、それが理由でした。
高い実力を持つ者ほど手を読ませない、あるいは誤読させる術にも長けるので、同格以上の相手となると、ここまでの精度での予測は難しいでしょうが、格下相手ならこの通り。いつ、どこから、どのような攻撃が来るかは手に取るように把握できています。
そして、その技術の根幹は長年かけて培われた経験であるために、如何に才能があろうとも、まだ若いシモン達に今すぐ真似が出来るようなものではありません。
「若ぇ連中が立派に育ってくれたじゃねぇか。ジジイとしちゃ嬉しいねぇ」
とはいえ、これほど一方的な戦いではありますが、ガルド自身は若者達の成長ぶりを心底喜んでいました。経験の差を埋められずに攻めあぐねているとはいえ、将来もっと経験を積めば今のガルドにも迫る、あるいは超えられる可能性もあるでしょう。
人を育てることが好きな、面倒見の良い彼にとって、目をかけた若者達の成長を見ることは好物の甘味を食べるのと同じくらい嬉しいことなのです。
「ああ、でも、あんまりワンパターンだと観てる客に飽きられちまうかもな。よし、じゃあ今度はこっちから攻撃させてもらうぜ」
ですが、これは単なる組み手や練習ではなく武術大会。観客受けやエンタメ性にも留意すべきと判断したガルドは、今度は一転、攻勢へと回りました。
「うおっ」
四人の中で最も防御に優れるダンの、大盾に向けて掌底打ちを一つ。
ダンとて、パーティーの壁役として多くの攻撃を受け続けてきた猛者。肘や膝を柔らかく使って衝撃を受け流すような守りの技も当然習得していますが、威力を殺し切れずに転倒。
続けて、シモンとアランの剣士二人に対して、両手指を伸ばした手刀で斬りかかりました。素手での戦いを好むガルドですが、彼なりの二刀流というわけです。
いくら武器に威力軽減の魔法がかけられているからとはいえ、素手で剣と打ち合うなど無謀でしかありません。切れ味がなくとも、指や甲の骨折は免れない……普通ならそうでしょう。
「ぐっ、鎧に切り傷が……」
「その手、こっちの武器よりよく斬れるんじゃないか?」
「おう。鍛えてるからな」
刺し、斬り、叩く。
直撃する瞬間だけ、一秒にも満たない短時間のみ身体強化の出力を増して、金属以上の強度を得ているのでしょう。その瞬間、ガルドの両手は下手な刃物など相手にもならない業物と化すわけです。
そして足技も恐るべき脅威となっています。
決死の覚悟で迎撃の蹴りをかわし、一本足で身体を支えている状態になったガルドに対し、ライムは小柄の有利を活かした低空タックルで押し倒しにかかりました。地面に転がしてしまえば、そしてそのまま起き上がらせなければ、勝機が生まれるかもしれないという判断です。
「……木?」
しかし、一本足に組み付いても、倒すどころか揺らがせることすら出来ませんでした。
大地深くに根を張った木を思わせる安定感と力強さ。やはり、先程守りに徹していた時のパワーは全力ではなかったようです。
そして、隙を突いたはずが反対に無防備な姿を晒すことになったライム目掛け、数瞬前にかわした足が戻ってきます。ライムは前方の岩場に身を投げ出すようにして辛うじて蹴りを外しましたが、受身を取る余裕すらなく、したたかに顔を打つ羽目になりました。
◆◆◆
兎も角、このまま同じように攻め続けても埒が開きません。
「タイム」
「うん? 嬢ちゃんの姉ちゃんがどうかしたかい?」
「違う。作戦タイム」
だから、ライムは流れを変えるために堂々と申し出ました。
「ああ、いいぜ」
そして、ガルドもその申し出を素直に受け入れて攻撃の手を止めました。
彼としては、このまま一方的に押し勝つよりも、何かしらの秘策なり逆転劇なりを期待しているのでしょう。もっとも、その知恵と工夫を見届けた後で再逆転するつもりでもあるのですが。
「あっちにいる」
「ああ、分かったぜ。作戦を盗み聞いたりはしないから安心しな」
「みんな、集合」
ともあれ、ライムの機転……と言うよりもガルドの余裕によるものですが、シモン達四人は戦っていた場所から少し離れた岩陰に移動しました。ライム以外の皆も流れを変えたい気持ちは当然あったのでしょう。
「いやはや、正直甘く見ていた。ガルド殿があれほどの達人であったとは」
「おい、お前ら気付いてるか? あのオッサン、まだ拳を握ってないんだぜ」
「ハンデのつもりかな。これだけ差があると文句を言う気にもなれないけど」
ここまでの戦いは、完全に遊ばれていました。
徒手で戦うガルドが一度も拳を握らず、掌底や手刀のみで戦っていたのがその証左。武器を持たないが故に、威力減衰の魔法によるハンデがない分の釣り合いを取ろうとしているのかもしれません。
そうやって手加減をされたことに対して面白くない気持ちはあれど、こうも見事に、一方的にあしらわれてしまっては文句を言ってもかえって虚しくなるばかり。責めるなら、ガルドが全力を出すに値しない己の未熟を責めるべきでしょう。
ですが、まだ勝負は終わっていません。
どれほど劣勢であろうとも、まだ負けたわけではないのです。
「でもよ、ライム。こうやって中断したのは正直ありがたいんだけど、あのオッサンに勝てる作戦なんてあるのかよ?」
「ん……ある」
「え、あるの?」
その作戦は、実のところ中断を申し出た時点でライムの頭に浮かんでいました。
もっとも、それを実行するには彼女一人では不可能ですが。
「シモン」
「うむ。些か興醒めの決着ではあろうが、この際、致し方あるまい」
先程までの戦闘中も、そして今の作戦タイム中も、場外を示す結界は徐々に縮み続け、既に半径200mほどにまで小さくなっています。
こうして相談の為にガルドから皆を引き離したのもライムの策の一つ。
山頂付近は岩場ばかりですが、まったく草木が生えていないわけではありません。今四人がいる辺りには、細いながらも木が生えて地面に根を張っています。
枝や幹を握れば、落ちないよう身体を支えるには十分。
ガルドは四人の作戦をあえて知らないようにか、明後日の方向を向いています。このまま真っ正直に不意討ちをしても殺気を気取られて失敗に終わるでしょうが、いくら正確に予測しても避けることができず、どんな威力の技も意味を成さない方法を用いれば話は別です。
「皆、この木から手を離すな!」
シモンが合図すると同時、山頂付近に転がっていた岩や土が、そしてガルドの巨体も、
「お? お、おお!?」
ふわりと宙に浮かび上がり、そのまま勢いを増して上空へと向かって“落ちて”行きました。
流石のガルドも、重力に抵抗することはできません。
強靭な手足を振り回しても無意味に空気をかき混ぜるだけ。
ジタバタとともがきながら、数秒後には結界の外の場外にまで追い出される、はず。
「く……流石に堪えるな」
試合場の範囲全てを覆う重力結界。
この終盤に至るまで、シモンが奥義によって問答無用に勝負を付けようとしなかった理由はいくつかあります。試合場の範囲がここまで縮まなければ、最大にまで重力結界を拡張してもカバーし切れず場外に押し出せない点や、ここまで範囲を拡大するとなると消耗が大きくなりすぎてしまい、ガルドを場外負けに出来たとしても、その後にライムやアラン達と戦う余力が無くなってしまう点。
それに、いくらルールに違反していないとはいえ、手も触れずに強敵をふわふわ飛ばしてそれで決着なんて結末は、観客だって見たくはないでしょう。
いくつもの問題点に目を瞑って奥義の使用に踏み切ったわけですが、ともあれ、これで最大の難敵は退場するはず……でした。
「なんだ? いったい何……を?」
シモンが上空のガルドを“見下ろす”と、彼は大きく振りかぶった手刀を思い切り振り下ろすところでした。足が地に着いていない以上、威力は大して出ず、そもそも一人だけで落下している状況で手刀を振るうことに何の意味があるのか?
シモンが抱いた疑念は、直後に明らかにされました。
ガルドの手刀は、シモンの重力結界も、それと重なって存在していた場外を示すための結界も一刀両断に断ち切ったのです。
「ば、馬鹿な……奥義が!?」
結果は一目瞭然。
反転していた重力は通常通りの下向きに戻り、場外に出かかっていたガルドの身体も山頂へと舞い戻ってきました。いえ、場外を示すための結界など、もうどこにも存在しないのですが。
「へえ、今のが坊主の奥義だったのかい。良い技だな! いやぁ、本気で焦ったぜ」
「だが、素手で結界を斬るなど……」
「坊主の師匠の嬢ちゃんだってあれくらいやるだろ? 別に専売特許ってわけじゃねぇんだしよ」
「いやいやいや、あれは聖け……特別な武器あってこその技で、素手で出来るのはやっぱりおかしいと思うぞ!」
「そうか? まあ、人間気合があれば大抵のことは出来るもんだぜ」
「そ、そんな馬鹿な……」
魔法を、別の魔法で解除する。
攻撃魔法に対し、武器を振るって破壊力を相殺する。
ガルドが今しがたやってのけたのは、それらのような常識的な魔法への対処法とは、仕組みからして根本的に異なります。
発動した後の魔法に干渉して、元の魔力の状態に解いた。
緻密に織られた編み物を、一瞬にして編まれる前の糸に戻したようなものでしょうか。
そうして原材料のエネルギーに戻された魔力には、最早魔法としての性質など残っていないのは、この結果を見た通り。
ガルドの技が結界系以外の魔法にまで対応可能かは不明ですが、いずれにせよ恐るべき絶技であることに違いはないでしょう。仮にシモンの師と同等の技だとすれば、威力や規模に関係なく、それが魔法と名の付くものであれば問答無用に切り捨てて無効化しかねません。
奥の手として温存しておいた重力結界が封じられ、魔力も大きく消耗し、シモン達の勝ち目は大きく減りしました。そして更に……、
「ふむ、そっちから見せてもらってばかりってのも何だな。よし、今日は気分も良いしサービスだ! お返しに俺の奥義も見せてやるよ」
◆◆◆◆◆◆
《おまけ》
新装備ラフ画。
新しい髪形に合わせて装備も変更。
コートにはフードを追加してもいいかも。
お金の力と実家のコネを使って買い揃えた高級品ばかりなので、見た目以上に防御力は高い。




