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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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シモンとライムの冬休み④


 ――――強い。

 だが、それ以上に巧い。


 純粋な剣の技量であればシモンがやや上。

 遮蔽物のない平地での戦いであれば、恐らく十回のうち七か八は勝つことができるでしょう。その見立ては大きく外れてはいないはずです。


 しかし、現状は明らかな劣勢。

 相手が二人で組んで戦っているから……それが大きな要因であるのは確かですが、理由は人数の差によるものだけではありません。苦戦の理由がそれだけであれば、一旦距離を離してからの各個撃破ですでに決着はついているでしょう。


 微妙な地面の傾斜。木々の枝葉や蔦。落ちている石や枝。そういった環境を的確に把握する素早さが、そして環境を味方につけるのが抜群に上手いのです。

 剣を繰り出したかと思えば足下の石をシモンの顔面に向けて蹴りつけ、かと思えば引き千切った蔦を膝の高さに張って即席のトラップを仕掛ける。攻撃に有利な高所にさりげなく回り込み、生まれた隙は立ち木を壁としてカバーする。一挙手一投足に意味があり、かと思えば隙だらけの姿を誘いとして晒してくる。


 騎士や兵士のような、丁寧に理論立てて組み上げられた対人前提の戦闘技術を学んだ軍人の動きではありません。武器を使ってはいますが、どちらかというと野生の獣のそれに近いでしょうか。野山を駆け巡りながら幾度となく繰り返した実戦と冒険の中で習得した技と、その技術を活かすための研ぎ澄まされた感覚。


 トップクラスの冒険者とはこれほどのものかと、シモンは剣を交わしながらも純粋な感嘆の念を抱いていました。

 同じ食べ物屋の常連同士である彼らとは、世代が違うためにライムほど親しくしていたわけではないとはいえ、もう随分長い付き合いになります。一応、友人と言ってもいいくらいの間柄ではあるでしょう。ですが、まだまだ知らないことは多々あるものです。



「むむっ、やるな、アラン殿!」


「まだまだ若い子には負けてられないからね! ダン、合わせろ!」


「応よっ! 喰らいな、シモン!」



 長剣に軽鎧という普段のシモンに似た武装の冒険者アラン。

 大盾に戦鎚、重鎧という重装備の冒険者ダン。

 シモンが出会った頃からの十年以上に及ぶ歳月は、未熟な若者を歴戦の強者に成長させるに十分な経験を積ませていました。







 ◆◆◆







「隙あり」


 と、男三人が激しく争う場に飛び込んできたライム。

 眼前の(シモン)に集中していたアランの背に向けての飛び蹴りは、しかし……、



「と、危ねっ!?」


「むぅ」


 

 咄嗟に大盾を振るったダンの機転で防がれました。

 シモンとの戦闘中にも周囲への警戒を切ってはいなかったのでしょう。



「悪い、助かった!」


「へへ、貸し一つな……って、ライムじゃんか」


「ん。こんにちは」



 ライムも当然彼らのことはよく知っています。不意討ちの飛び蹴りが防がれた直後ではありますが、それはそれ。両親や師匠から教わっているようにキチンと挨拶をしました。



「シモン、助太刀」


「おお、それは助かる」



 最終的には敵同士になるとはいえ、ライムとしてはここでシモンに脱落されてしまっても面白くありません。相手が二人ならこちらも二人。少なくとも、これで数の面での不利はなくなりました。



「……と、そういえば貴殿らの奥方は参加しておられぬのか? 伏兵として潜んでいたりとか?」


「ああ、そこは安心していいよ。ここの王様には四人とも呼ばれてたんだけど、うちの奥さんは治療院の仕事と子供の世話があるし、ダンのとこは今ケンカ中でさ。まあ、いつも通り二人とも意地張ってるだけなんだけど」


「余計なこと言うんじゃねぇっての」



 アラン達は本来四人組の冒険者グループで、全員が一流の冒険者として近隣諸国に名の通った実力者。実のところ四人ともライムと同じ招待選手枠で迷宮都市から呼ばれていたのですが、色々な事情があって全員は来れなかったのです。シモン達にしてみれば幸運だったかもしれませんが。



「さて、と。つい話し込んでしまったが、そろそろ続きと行くか?」


「ああ、あまり観客を待たせても悪いしね」



 ライムの乱入をきっかけに戦闘が止まっていましたが、こうしている間も彼らの姿は遠見の魔法で観客席前のガラス板に映し出されています。シモンを筆頭に注目選手が集まったこの場は試合場全体の中でも特に注目されていますし、手を休めて観客を退屈させるのはよろしくありません。



「シモン」


「うむ」



 まず最初に動いたのはライム。

 この四人の中で一番小柄ですが、一人だけ攻撃用の魔法に長ける彼女は、実は最も長い攻撃射程(リーチ)を有しています。そのアドバンテージを活かさないはずがありません。

 シモンが前衛として相手二人を足止めし、その隙に距離を取ったライムが素早く移動して身を隠しながら魔法による狙撃を行う。単純ですが、その分だけ打開しづらい作戦です。



「はっ」



 シモンもその意図をアイコンタクトのみで察し、積極的に前へと出始めました。

 縮地法でアランの懐に飛び込んでからの短剣による連続刺突……と見せかけてからの投擲……からの踏み込みと視線、殺気、重心操作……と、様々な幻惑と本命の攻撃を幾重にも織り交ぜたフェイントを仕掛けます。

 これらのフェイントが有効に働くのは、相手がその仕掛けを看破できるだけの実力を有しているからこそ。一定以上の達人にしか意味を成さない、極めてハイレベルな高等技術です。並の使い手ではシモンが何をしているのかも分からないでしょう。



「甘い!」



 しかし、その程度で終わっているようならば、先程ライムが来るまでの間に勝負はついています。アランは数多の幻惑に隠れた本命の攻撃だけを的確に見極めて捌き、そうして生まれた一瞬の隙にダンの戦鎚がシモンに向けて振るわれますが、気配で攻撃の予兆を察知したシモンはそれを辛うじて回避。

 純粋な個人の技量ではやや劣るといえ、二人のいずれも守勢に専念されたら易々と突破できるほど甘い相手ではありません。一人で攻防両面に意識を割かねばならないシモンが苦戦するのは必然。重力結界を展開しようにも、ほんの数瞬の集中に要する時間は、それこそ決定的な隙になりかねません。



 先程までの二対一の状態ではそうでした……が。



「…………!」



 アラン達の意識がシモンに向いたタイミングで、彼らの背後に回りこんだライムが雷撃の槍を放ちました。如何なる達人であっても既に発動した雷速の攻撃を見てから避けるなど……いえ、まあ、そんな例外もいるにはいますが……基本的には不可能。金属鎧の防御力も、電気であればそれを貫通して中の肉体に届くはずです。



「……びっくり」


「おいおい、驚いたのはこっちだっての」



 しかし、ダンは魔法そのものではなく、雷撃が放たれる前にあるかないかの僅かな殺気に反応して射線に自ら飛び込んでいました。それでも電撃は狙い通りに彼の身体を焼いたはずですが、実際のダメージは軽微。戦闘に支障はないでしょう。魔力を用いた身体強化の出力を瞬間的・爆発的に高めることで、肉体そのものの耐久力を大幅に増して耐え切ったのです。



「お返し、行くぜ!」


「おかまいなく」



 しかも耐えただけではなく、魔法を放ったことで位置が判明したライムに向けて、大盾を構えたままでの縮地法による突進、強烈なシールドバッシュで反撃までしてきました。ライムは大きく跳躍してそれを回避しましたが、突進の軌道上にある木々が纏めてへし折れ、薙ぎ倒されるほどの威力です。直撃を受けたら、体重の軽いライムは一気に場外まで吹き飛ばされてしまっても不思議はありません。









 そのように、四人の攻防は一進一退。

 試合場の収縮に合わせて山頂方面に移動しながら、一時間近くも互角に戦っていました。高度な技の応酬に観客も大いに沸き、観客席の注目が彼ら四人に集中していたのも当然といえば当然でしょう。


 ……だから、戦闘に集中していたシモン達も、観客の多くも、まだ気付いていませんでした。彼ら四人以外の出場者、序盤の戦いを潜り抜けた猛者達が、一人を除いてすでに脱落していた事実に。

 ここまで全部の戦いが観戦者の動体視力を超える高速かつ、一人の例外もなく一撃決着。あまりに圧倒的・一方的すぎて、盛り上がりに欠けたせいでもあるでしょうが。


 その残った一人。

 齢六十を超えながらも老いを感じさせない筋肉質の巨漢は、一足先に辿り着いた山頂で、



「ほぉ、あいつらも中々やるようになったじゃねぇか。どれ、久々に稽古でもつけてやるかね」



 首都で評判の菓子店でリュック一杯に買い込んだ飴玉や焼き菓子などの甘味を頬張りながら、まるでピクニックでもしているかのように寛ぎつつ、四人の戦いを眺めていました。



前作ではあまり目立っていなかった彼らですが、あれは比較対象がおかしかっただけで実は割と強いのです。でも次回はもっと強い人が……

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