シモンとライムの冬休み②
武術大会の会場となる山の標高は800mほど。
普段は王侯貴族が狩猟遊びなどに使う場所であるために、生息する動物は鹿や野兎や栗鼠といった草食動物か小型動物、あとは野鳥程度でしょうか。危険な害獣や魔物は一匹も存在しません。
山裾から山頂までの多くの面積は森に覆われていますが、整備された登山道は複数存在しますし、特に身体を鍛えていない一般人であっても登頂は難しくないでしょう。
真冬である現在はやや寂しげではありますが、春から秋にかけては季節折々の木々や花々、滝や川、底が見えるほど澄んだ泉などの風雅な景色が楽しめる場所でした。
そんな美しい場所、でした。
今となっては過去形です。
◆◆◆
「ヒャッハー! 汚物は消毒だー!」
「ちょっ、待て待て待て!? 山火事になる!」
モヒカン頭の筋肉質な魔法使いが、シモンに向けて猛烈な炎を放ちました。彼は反射的に回避しましたが、背後に生えていた木が一瞬で燃え尽きて炭化するほどの威力です。相手を殺したら負けというルールなのに一切の手加減が感じられません。
性質が悪いことに、こんな奇抜な見た目なのに魔法使いとしての実力は確かなようで、自身の周囲を高速旋回する火の玉で敵の接近を防ぎつつ、全方位に向けて先程の火炎放射を連発しています。
「自然破壊は楽しいぞい!」
「お前達、大会の趣旨を理解しているのか!?」
炎の魔法を回避したシモンの背後から、今度は別の大斧を構えたドワーフが襲い掛かってきました。渾身の斬撃が空振ってもおかまいなし。
狙いなどロクに付けずに視界に入った物を手当たり次第に切り付けて、結果的に倒木で周囲を無差別に攻撃するような形になっています。斧に威力減衰の魔法がかかっているのに、強引な力技で木々を打ち倒せるのはドワーフの強靭な筋力ゆえでしょう。何人かの参加選手は、倒れた木の下敷きになって気絶していました。
「くっ、やむを得ぬ」
シモンとしては大会序盤は体力と魔力を温存しておく予定だったのですが、これではそんな悠長なことは言っていられません。
「ヒャッハー! 燃えろ燃え……ぐえっ」
「このまま山中の木を伐採……げはぁ」
身体強化に加え、奥義である重力操作術まで併用して超加速。
シモンの姿を見失ったモヒカン男の鳩尾を長槍の石突で一突き、ドワーフの顎には爪先蹴りを入れて、二人を気絶させました。恐らく、あと半日は起き上がってこないでしょう。このまま放置しておけば十数分後には、今も収縮している結界の外に出て場外負けになるはずです。
「ふう……恐ろしい敵であった」
魔法の腕前や怪力も思った以上の脅威でしたが、何よりその異常なテンションというか、ルールを理解しているのかも怪しい、理解していても明らかにそれを軽視しているであろう点が厄介でした。戦場には独特の高揚感、ある種の狂気が付き物ではありますが、その狂騒に酔っていたのでしょうか。
いえ、そんな異常者が今の二人だけならまだ良いのです。
如何に頭がおかしくとも、もう意識を失っているのだから、これ以上は何もできません。
しかし、耳を澄ませば山のあちらこちらから、爆発音や木々がへし折れる音、岩のような硬い物が砕ける音などが聞こえてきます。シモン一人がいくら頑張っても、全部で千人以上もいる戦闘狂から美しい自然を守りきるのは、どう考えても不可能。
それに、今は環境保護に頭を悩ませる余裕などありません。
「いたぞ! 殿下だ!」
「囲め、囲め! 近くの奴も呼んで来い!」
「一対一では敵わん。今いる者で陣形を組んで当たるぞ!」
なにしろ、シモンは前年までの武術試合での連続優勝者。
当然、他の参加者にはマークされていますし、一対一ではないバトルロイヤル形式なら、複数人で一時的に手を組んでの共闘も立派な戦術です。
出場者には一般人もいるとはいえ、この国の軍人も数多く参加しています。
木々の生い茂った山中かつ、最初のクジ引きでバラけているとはいえ、訓練された連携行動は大きな脅威になることでしょう。
「掛け声に合わせて仕掛けるぞ! せーの……」
「「「イケメン殺すべし!」」」
「お前達まで何を言っているのだ!?」
◆◆◆
そうして、大会の開始から一時間後。
シモンはまだ勝ち残っていました。
「なんとか生き残ったか……」
しかし、ここまでの戦いは決して楽なものではありませんでした。
戦闘が激しくなるほどに物音で新たな敵が増えて包囲され、近寄れば剣や槍が、距離を離せば魔法や矢が雨霰と射掛けられるのです。一瞬たりとも気を抜けません。
通常、敵を包囲した状態では対面の味方との同士討ちを避けるために遠距離攻撃の使用は慎重になるものですが、この戦いではどうせ最後には全員敵になるのです。
シモンに当たればそれで良し。
外れて他の誰かに当たってもそれはそれで良し。
そういう大雑把な方針で、休む間もなく激しい攻撃が続き、最終的には百人近くもがシモン包囲網に参加していました。
突破できたのは、またしても奥義の、今度は自身の周囲に軽重自在の結界を展開する技のおかげです。シモンの身体を中心にして、半径5mほどの結界を発動させ、それにより厄介な全方位からの飛び道具を完封したのです。
確実に制御できる出力なら五十から六十倍の重さに、逆向きに作用させれば相手の身体を宙に浮かせて無力に出来る上、僅かな例外を除けば基本的に防ぐ手段はない。
そんな反則的とも言える便利な奥義ですが、燃費の悪さという欠点もあります。
全力で発動させると消耗が激しすぎて数分も保たないのです。
よって今回は最大でも十倍程度の出力に抑え、その効果で遠距離からの矢や魔法だけは封じましたが、このくらいの重力下であれば身体強化の心得がある戦士なら動くのは難しくありません。平時より動きが鈍っていても、そもそもの人数が多いのだから余裕など皆無。
魔物相手の時のように急所狙いで殺していいなら幾分は楽になりますが、きちんとルールを守る気のあるシモンにはそれも不可能。相手の大半が遠慮なしに急所を狙ってくるのに理不尽を感じつつ、時には敵の武器を奪ったり、時には投げ技や絞め技で応戦し、どうにか全員の意識を奪うことに成功したのです。
「どこかで……息を整えねば……」
気付けば、十分に距離を離していたはずの試合場の端は、もう100mほどにまで迫っていました。あと五分もすれば今いる位置も場外になってしまうでしょう。
激しく消耗した状態でライム級の敵と遭遇すれば勝ち目はありませんが、幸い現在は周囲に誰もいないようです。出来れば誰もいない所で少しでも休憩しようと、シモンは山の中腹に向けて移動を開始しました。




