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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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シモンとライムの冬休み①


 この日、G国の首都には国内外から数多くの武芸者が集まっていました。

 昨年までは騎士団の内輪の催しであった恒例の武術試合。今年はその規模が大幅に拡大され、一般人や外国人でも参加できるようになったのです。

 前回までは軍属でないと参加ができず、観戦をするにも貴族の身内や王城に勤める友人知人の伝手を頼るしか方法がありませんでしたが、そのハイレベルな内容は噂として、時に尾鰭をつけて知れ渡り、多くの人々の関心を呼んだもの。大会の規模拡大は大変好意的に受け止められました。



 王宮の敷地内にある山の一つが丸ごと試合場として整備され、観客席も数万単位の人間が入れる大規模な物が用意されていました。

 なにしろ試合場が広いので全部を目視だけで見るのは不可能ですが、宮廷魔術師達による遠見の魔法で巨大なガラス板に映像を映し出すことで死角を完璧にカバー。一定の距離内であれば木々や岩などの遮蔽物があっても関係ありません。反則行為に対する判定なども、この遠見の魔法でチェックされることになっています。



 人が集まるということは、すなわち商機が生まれるということ。

 開催に合わせて屋台や簡易的な建物が用意され、飲食物や小物の販売が行われることになっています。一日限りの出店とはいえ、こうしたイベント事では来場者の財布の紐も緩むことでしょう。利に聡い商人たちがこの機を逃すはずもなく、出店場所を決める事前抽選は大いに盛り上がったものです。


 また大会の主催者である王家も、賭けの胴元となっています。

 熱くなった観客が全財産を賭けて破産でもされたら困るので、賭けられる金額には天井があり、レートも抑え気味ではありますが。

 こうした勝負絡みの催しでは賭け事が付き物ですが、ここで合法的に賭けられる場を用意しておかないと、狡賢い誰かが違法賭博の仕切りを始めかねません。単に胴元としての利益目当てというだけでなく、犯罪の抑止という点でもこうした処置は有効なのです。

 誰が優勝するかを賭ける以外にも、一時間後に何人脱落しているかであるとか、最終決着までに何時間かかるか、一番多く敵を倒すのは誰か……等々、賭けの項目は多岐に渡っています。



 そして勿論、盛り上がっているのは観客だけではありません。

 武の道を志すなら、誰もが一度は地上最強を夢見るもの。

 最終的な出場希望者は、驚くべきことに千人以上にもなりました。

 上位入賞者には高額の賞金が出ることになっており、また希望者には好待遇での仕官の口が紹介されるなどの特典もありますが、出場者の多くはまだ見ぬ強敵との血湧き肉踊る戦いこそを最大の目的としています。

 更に、大会を盛り上げるため、近隣諸国から名の知れた強者が幾人も招かれていました。

 バトルロイヤル形式であるためにシード枠などはありませんが、それは彼らとしてもむしろ望むところ。下手に特別扱いなどされたら、闘争の愉悦を十全に味わい尽くせなくなってしまいます。


 開戦の時は、もう間近にまで迫っていました。







 ◆◆◆








 武術大会のルールは単純明確。


 一つ、規定外の武器の使用は禁止。

 一つ、故意の目突きや金的等、身体に重大な障害を与える恐れのある急所への攻撃は禁止。

 一つ、降参を宣言した、または意識を喪失した相手への攻撃は禁止。

 一つ、設定された試合場外へ全身、もしくは身体の一部が出た場合、試合への復帰は認められず失格とする。

 一つ、対戦相手を殺した者はその時点で失格とする。


 細かい条項はまだいくつかありますが、大まかにはこんなところです。

 状況次第では判定が難しい局面も起こり得るでしょうが、そうした場合には複数人の審判団の協議によって逐一可否の判断がされることになっています。


 試合場となる山、厳密にはその山裾の森まで含めた一帯は、大会の開始と共に巨大な半球ドーム状の結界術により覆われます。

 本来は虫除けくらいしか効果のない、強度の弱い半透明の魔力膜を張るだけの魔法ですが、今回は時間の経過と共にその結界の範囲が狭められていき、その外に出たら場外負け。


 大会が進行するほどに出場者の人数も減っていくわけですが、これならば数少ない勝ち残りが互いを探して無駄にうろうろする必要はありません。

 早い段階であれば有利な場所を探して陣取るなり、強者同士が潰しあうまで隠れているのも手ではありますが、場外負けにならないようにするためにはどこかしらで移動しないといけないのです。その辺りの駆け引きの判断も、大会の見所のひとつと言えるでしょう。



「ふむ、なるほど……」



 つい先程、大会のことを知らされたばかりのシモンも、気を取り直して愛剣の具合を確かめていました。昨年までの試合では刃物禁止のルールでしたが、木刀や刃引きをした武器では、使い慣れた得物で培った感覚が狂って出場者達は全力を発揮できません。


 そこで開始前に宮廷魔術師が全員の武器に魔法を、正確には一種の呪いなのですが、付与することで出場者達が愛用の武器をそのまま使えるようにしたのです。

 これが、ルールにあった武器の規定。

 この魔法を受けた武器は見た目や重さは変わりませんが、まるで見えないスライムにでも取り付かれたかのように、切れ味や打撃力が大きく減衰してしまうのです。その効果は丸一日近くも続きます。

 術者が武器に直接触れないと使えない魔法なので、実戦での使い勝手はそれほど良いわけではないのですが、こういう大会であれば話は別。これならば思い切り剣で斬りつけても、打撲や骨折程度で済むはずです。



「お前は武器無しでいいのか?」


「ん。問題ない」



 シモンはいつもの剣と軽鎧以外に、短剣が二本に長槍が一本という重装備を選択しましたが、ライムは防具らしい防具もなく、素手のまま。まあ、彼女の拳は立派に武器と言えますし、威力減衰の魔法がかけられていない分、並の武器などより遥かに危険かもしれません。



「それにしても……よく、これだけ集まったものだ」



 シモンは周囲を見回して対戦相手達を眺めました。

 選手一同は試合場となる山の麓に集められていたのですが、



「ひひっ、早く血を浴びてぇぜ! あったけぇ血をよぉ!」


「殺す殺す殺すコロスコロコロ殺ス……」


「くひゃはひゃひゃひゃ! 早く始めやがれ、俺ぁもう我慢できねぇよぉ!」



 ……と、どの選手もやる気十分。

 いずれ劣らぬ魔人揃いと言えましょう。

 何やらドス黒い汚れの染み付いたナイフを舐め回している者や、ぶつぶつと不気味な独り言を呟いている者、完全に目の焦点が合っていない者など。

 果たしてルールをきちんと理解しているのか、不安になってくる面々(イロモノ)ばかりです。

 そんな奇抜さ、キャラの濃さが意外と観客受けしているようですし、個人の個性でもあるので一概に否定はできませんが、「こいつらは普段どうやって社会生活を送っているのだろう?」とシモンも疑問に思わざるを得ません。一応、こうして出場している以上は最低限の社会性というか、イベントの告知内容を理解して必要な手続きをするだけの知性はあるはずなのですが。



「順番。先に行く」


「おお、そうか。では、また後でな」


「ん」



 出場選手達はクジで番号が割り振られ、その数字の若い者から順に山の中に入っていくことになっています。番号を呼ばれたライムは、係員の指示に従って一足先に山中に向かいました。


 なにしろ、こうして山の麓に集まっていても、すぐ近くの十数人以外はロクに様子も分からないほどです。出場人数が多過ぎるので、一斉に全員が試合場に入るのは混乱の元にしかなりません。

 よって、最初の一人から順番に山に入っていき、最後の一人が入り終えた時点で試合開始の鐘が鳴らされるという手筈になっています。

 早いうちに入った者ほど、地形を把握したり有利な場所を確保する時間がありますが、そこで体力を消耗してしまえば肝心の勝負で不利になる可能性もありますし、必ずしも早いほうが有利とは言えません。

 しかし、そうした番号の早い遅いも賭けの判断要素として観客達に知らされ、また有力選手は司会者から名前と略歴なども紹介され、開始前から随分と盛り上がっているようです。




「では殿下。どうか、ご武運を」


「うむ、ありがとう」



 シモンの順番は最後の一人。

 待機時間が一時間以上もかかりましたが、ようやく係員に呼ばれました。

 彼の場合は前年度優勝者ということで、クジ引きの結果ではなく、一番目立つポジションに置かれてしまったようです。


 彼も一応それらしい振る舞いをすべきかと思い、観客席に向けて笑顔で手を振ってみたら、女性達の黄色い声援が飛んできました。

 平民から貴族まで、まだ言葉を覚えたばかりの幼女から曾孫がいるような老婆まで、シモンの首都での人気は大変なものです。賭けもダントツの一番人気で、二番手以下と大きく差を離しています。


 ハンサムで強くて若くてお金持ちで性格と頭が良くてハンサムで……と、人気が出そうな要素が盛り沢山なのですから無理もありません。

 何気なく観客席のほうに視線を向けただけで、やれ自分と目が合っただの、いや自分を見たんだのといった女性達の言い争いが起きてしまい、本人は慌てて視線を逸らしました。実のところ、こういうのが苦手で、普段は首都にあまり寄り付かないようにしているのですが。



 まあ、何はともあれ、ここから先は並々ならぬ戦場です。

 少なくともライムは苦戦必至の強敵ですし、他にも数名、彼らと同等かあるいはそれ以上かもしれない実力者もいました。気を切り替えなければ、シモンとて不覚を取りかねません。



「……さて」



 そうして彼が山裾の森に入ると同時、試合開始の鐘が高らかに鳴らされました。



ルール的には某オンラインバトルロイヤルゲームみたいな感じです。

果たしてシモンはドン勝を食べられるのでしょうか?

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