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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』

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レンリとルカとウルとゴゴの冬休み②


 あれから数日。

 レンリ達は毎日のようにアンナリーゼの屋敷に招かれていました。

 初日こそ急な話だったせいで他の参加者はほとんどいなかったのですが、二回目以降のお茶会にはレンリの友人だという他家の令嬢達も多数招かれて、毎日楽しく過ごしています。



『ほら、出来たのよ』


「まあ、可愛らしい! ありがとうございます、ウルさん」


『こちらも出来ました。では、お次の方は何かリクエストはありますか?』


「はい! わたくしは猫さんがいいですわ」



 今日はウルやゴゴがリクエストを聞いて、小さな迷宮を作る遊びが人気のようです。先日、突然出来るようになったはいいものの、最大にまで広げても人が入れるほど大きくはならず。

 迷宮の宝物や魔物はある程度自由に作れるけれど、品質が良いわけでも強いわけでもありません。姿形がドラゴンだろうとも、多分カブトムシと喧嘩したらあっさり負けるでしょう。


 そんな特に何かの役に立っているわけではない正体不明の迷宮を作る能力ですが、純粋に観賞用としての用途であればそれなりの目新しさと面白さが感じられます。

 集まったお嬢様方も、特に年少の少女達はドールハウスや人形遊びを普段から好んでいます。ウル達が調整すれば、手の平サイズのドラゴンであるとか、同サイズの犬や猫を作り出すことも可能。そういった小さく愛らしい生物は、彼女達のメルヘンチックな感性を大いに刺激するものでした。


 ただし、作り出した小型生物は、その小さな迷宮から外に出すと魔力が霧散して消えてしまうという欠点もありますが。



『そうですね、それくらいの鳥籠が持ち運びに具合が良いようです』



 小鳥用の鳥籠や観賞魚用の水槽など、持ち運びが可能な器を用意して、その中に迷宮を展開すれば生きたまま持ち帰れます。令嬢達にも、迷宮の生き物を外に出さないようにと言い含めてあるので心配は無用でしょう。

 ウルがペットを飼い始めたように、ゴゴも彼女なりに新能力の正体を把握すべく実験と検証を繰り返していたのだとか。まあ、分かったのはこうして小さな迷宮を持ち運ぶ方法くらいで、能力そのものの本質や狙いについては不明のままだったようですが。



『はい、今度はちっちゃいライオンを作ってみたのよ』


「わぁっ、素敵です! そうだ、サンドイッチのチーズでもあげてみましょう」


『あ、そのチーズサンドおいしそうね。我も欲しいの!』



 ウルもゴゴも、相手が高貴な身分のお嬢様達だからと気にするような性格ではありません。それどころかこの数日ですっかり馴染み、とても仲良くなっていました。







 一方、ルカはやはりどうしても気後れしてしまうことが多く、ウル達ほどには令嬢の輪に馴染めていなかったのですが、



「そ、それでね……その時の、ルグくんが、かっこよくて」


「ふふふ、ルカさんたら、そのルグさんのお話ばっかりなんですから。もう少し、お姉様の格好いいところも教えてくださいな」


「あ……ご、ごめんね。えっと」



 それはそれで彼女なりに楽しくやっていました。

 迷宮での話をアンナリーゼ嬢にせがまれて、あれこれと思い出しながら話していたのですが、ルグが関係する話題なら口下手なルカでもいくらでも出てきます。



「それで、その時、私が華麗な剣技で魔物をやっつけてやったのさ」


「流石ですわ、お姉様! さすおね!」


「ははは、いや、それほどでもないさ!」


「え……? あの……あれ?」



 そして、レンリも自分の活躍を次から次へと捏造していました。

 魔法使いとはいっても攻撃用の術は不得意で、基本的に戦闘はサポートに回ってルグとルカに任せきりのレンリは自分から果敢に戦うようなタイプではないのですが、その話の中ではまるで自らを無双の英雄の如く語っています。


 その話しぶりは無闇に上手く、本職の語り部もかくやというほど。

 迷宮内の光景であるとか、遭遇した魔物の様子そのものはレンリ達が本当に迷宮に入って見聞きしたことなので臨場感たっぷり。優れた詐欺師は大多数の真実の中に一滴の嘘を混ぜることで話に真実味を持たせるものですが、レンリの話術も手口としては同様のものです。


 まるで本当にあったかのようにペラペラと流暢に嘘を吐くものだから、アンナリーゼや周囲の令嬢達はもちろん、話の現場に一緒にいたはずのルカでさえ、本当にそんなことがあったのではないかという気がしてくるほどでした。







 ◆◆◆







「それにしても、アン。キミが冒険をしたいっていうのは本気みたいだね」


「ええ、もちろんですわ」


 付き合いの長いレンリも、最初のうちはアンナリーゼの本気度合いを量りかねていたのですが、彼女が迷宮に行きたいというのは単なる思い付きや物見遊山ではなさそうです。レンリは、彼女の手に触れた時にその意志の強さを理解しました。


 “手”は口ほどに物を言う。


 アンナリーゼの手の平は少女らしい柔らかなそれではなく、硬く分厚くなっています。ルグやシモンの手の感触とよく似ています。日頃から剣や槍の稽古を積み、何度も肉刺(まめ)を破りながら修練を重ねないと中々こうはなりません。



『なるほど。随分と頑張ったようですね』


「ありがとうございます、ゴゴさん」



 剣に造詣が深い……というより剣そのものであるゴゴも、そうした武器を扱う努力をする者には好意的です。



「でも、これくらいならこの国では珍しくもないのですよ」


『そうなのですか?』



 元々、A国では剣術をはじめとして多くの武術が盛んです。

 他の多くの国でも武術の習得は奨励されていますが、この国が変わっているのは、身分の高低を問わず女性の武芸者が特に多くいる点でしょう。


 このA国は、かの勇者の旅立ちの地。

 王都だけでもいくつもの勇者像が建ち、建立から十年以上が経過しても、地域の住人達の手で汚れ一つないほど綺麗に手入れされています。大陸のどの国でも勇者に対する尊敬と憧れはありますが、この国ではそれが特別に強いのです。そうした誇りや気風は、最早それそのものが一つの文化とすら言えるかもしれません。


 女武芸者が多いのも、その勇者が女性であったのが大きな理由です。

 元々、貴族女性というのは幼少期から様々な習い事をするのが常ですが、ここ十年ほどは、その習い事の中に当たり前のように武術が含まれるようになり、しかも、その多くは強制されるのではなく自発的・積極的に習得に取り組んでいました。


 護身や健康増進、スタイル維持の為にも武芸の稽古は有用ですし、それに何より勇者に憧れる気持ちが多くの人々にあったからこそでしょう。ちょっと大きな街なら武術を学ぶ教室や道場はいくつもありますし、貴族の場合は名のある騎士や冒険者を家庭教師として雇用することもしばしば。技を競う試合や大会もよく開催されています。



 ……とはいえ、それこそ戦闘のプロである騎士や冒険者でもない貴族令嬢が、手の平がカチコチに硬くなるまで稽古に励むというのは流石に珍しい部類です。アンナリーゼ本人は謙遜していましたが、単なる興味本位や片手間の趣味ではこれほどの努力は続かないでしょう。

 ましてや、貴族令嬢ともなれば武芸以外の習い事や勉学も疎かにはできないのです。自由に使える時間には限りがあります。よほど強い気持ち、明確な目標がなければ、ここまで出来るものではありません。



「わたくし、お姉様をお守りできるくらい強くなりたいのです」


『レンリさん、想われてますねぇ』


『うん。そういえば、意外と友達も多いし人望があるみたいなの』


「ウル君、『意外と』は余計だよ。でも、まあ、悪い気はしないかな」



 その努力も全てはレンリの為。

 愛の力とは、かくも偉大なものなのです。



「それにしても、アンも変わったものだね」



 しかし、彼女も最初からこんな風だったわけではありません。



「変わった……って、いうと?」


「ああ、何て言うかな……私はほら、家がアレだし、昔っからこういう奴だったからさ。どうしても合わないっていうか、嫌ってくる人はいるわけだよ。で、その私を嫌ってる筆頭がアンだったのさ」


「ええ、お恥ずかしい限りですわ」



 非常に個性的なレンリの性格は、伝統と秩序を重んじる貴族社会では必ずしも好意的に受け止められるものではありません。いえ、この場合は、好意的に受け止められるものではなかった、と過去形で表現すべきでしょうか。


 まあ、少々変わった振る舞いをしても貴族社会の大人達からは「なるほど、あの家の子か……」と納得して受け入れられていたのですが、その子供達、まだそうした社交界のお約束や空気感を理解できていない貴族子女達にとっては、常に好き勝手にしているように見えるレンリは秩序を乱す許しがたい存在に、もっとはっきり言えば敵として映ったのでしょう。

 当時のレンリもレンリなりに人前では空気を読んでいたつもりだったのですが、とても彼女を敵視していた令嬢達の基準に適うようなものではありませんでした。


 もっとも、いくら敵意を向けようとも柳の葉を揺らす風の如し。

 当時のレンリは敵意を向けてくる彼女達に全く興味がなかったのでマトモに相手にせず、そんな態度が令嬢達の怒りに油を注ぐという悪循環になっていたのです。



「折角の機会だ。たまには昔話でもしてみようか」



 そんなレンリが、如何にしてアンナリーゼ嬢達の信頼と親愛を獲得するに至ったのか。そのキッカケとなった事件について、彼女は昔を懐かしみつつ語り始めました。



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